[サイジョの本棚]

『噛み合わない会話と、ある過去について』で描かれた、「“普通の人”が持つ“無意識の悪意”」の罪深さ

――本屋にあまた並ぶ新刊の中から、サイゾーウーマン読者の本棚に入れたい書籍・コミックを紹介します。

■『噛み合わない会話と、ある過去について』(辻村深月、講談社)

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■概要

 4月に『かがみの孤城』(ポプラ社)で『本屋大賞』を受賞した辻村深月の最新刊。20~30代の女性視点で描かれた、タイトル通り“噛み合わない会話と過去”を巡る短編集となっている。学生時代の男友達がどこか“おかしい”婚約者に縛られていく「ナベちゃんのヨメ」、同僚の成人式の振袖についての奇譚「ママ・母」など、誰もが自身の記憶を探りたくなるような4編が収録されている。

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 人は“スカッとする話”が大好きだ。悪人が懲らしめられる話、ひどいことをした人に復讐する話、絶対に失敗しない話、倍返ししてくれる話――。人気作家・辻村深月氏による新刊短編集『噛み合わない会話と、ある過去について』は、過去への復讐を取り上げているが、どれも圧倒的に“スカッとしない”話ばかりだ。しかし、先の読めない展開で読者をひきつけ、幽霊も殺人鬼も出てこないのに、へたなホラーより怖い、えたいの知れないなにかに背後から肩をつかまれるような不穏な後味を残す1冊になっている。

 特にその味わいが濃い短編は、「パッとしない子」「早穂とゆかり」の2編。どちらも、過去の知り合いが今は有名人になっている30代女性が主人公に据えられている。「パッとしない子」の主人公は小学校教師で、おとなしかったかつての教え子・高輪佑が、テレビで見ない日はないほどの国民的な人気アイドルになった。地方情報誌のライターを務める女性の視点で語られる「早穂とゆかり」も、小学生時代の同級生が、都会で教育者として成功し、文化人として持ち上げられている。

 どちらの短編の主人公も、その相手とは特別親しかったわけではないが、ちょっとした思い出がある。有名人となった知人の意外な過去を知っていることが、主人公を少しだけ特別にしている。しかし、当の相手と再会を果たした時、相手が覚え続け、自分が忘れてきた「過去」を唐突に押し付けられる――。

 友人や同僚と自然な会話を交わす穏やかな幕開けから一転、「普通の人」が持つ無意識の悪意や、人を傷つけた過去を思い出す過程を容赦なく描く2編。再会前は“ちょっと特別な思い出”だったはずの記憶が真っ黒に塗りつぶされ、自身の存在を全否定されるような痛みを一生抱え続けることになる。その絶望や無力感は、主人公があからさまに悪人であれば痛快だったかもしれない。しかし、本作の主人公は、完全な悪役ではなく、至って「普通の人」なのだ。

 読めば溜飲を下げるような復讐譚にならないのは、作中に「善人」「悪人」の2種類の人間がいるわけではなく、誰もがその両面を持ち合わせているからだろう。皆、他人の記憶違いには敏感な割りに自分の記憶には甘く、その自覚もない。お互い「相手の記憶の中の自分は理不尽だ」と思い合ったまま、苦々しくすれ違うまでが、ここでは精細に描かれている。

 多くの人が、自分の中に「大切な記憶」を持っている。派手ではなくても、自分なりの「スカッとする話」や「ちょっといい話」が、飲み会の鉄板ネタだったり、生きる上で自尊心を守る小さな優越感だったりする。しかしその思い出は、立場を変えてみれば、その場の勢いを借りて調子に乗って、誰かを傷つけてきた思い出なのかもしれない。本作は、そんな多くの人に覚えのある怖さと滑稽さを、緻密な展開で客観視させてくれる。読んだ人はきっと誰もが、自分の大切な過去の記憶の淵に沈めている、「大切じゃないほうの過去」から復讐される可能性にゾクッとしてしまうだろう。
(保田夏子)

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