月経中に泳ぎたい女性にも、泳ぎたくない女性にも。元水泳選手でスポーツドクターの産婦人科医が伝えたいこと

2018/07/10 20:00

 毎年、夏が近づくと、元水泳選手であり、日本水泳連盟の連携組織「日本水泳ドクター会議」に所属するスポーツドクターでもある産婦人科医の私には、「生理中に泳いで大丈夫なの?」という質問が必ず寄せられます。

 「月経中のスポーツ、特に水泳の可否」については、日本産婦人科学会が1989(平成元)年、日本臨床スポーツ医学会は2010(平成22)年に指針を出しており、私はそれに基づき、一貫して「医学的には問題ないけれども、強制はすべきではない。水に入る前や上がった後の流血に配慮すべき」という見解を示してきました。

 ところが今年、インターネット上で初めて思いがけない意見が寄せられました。「医学的にいくら大丈夫と言われても、不衛生だし病気に感染しそう」、「タンポンを使わないなら気持ち悪いからやめてほしい」などというものです。

 そこで、女性とスポーツの歴史、学会の指針が出された経緯や背景について解説しながら、今回寄せられた意見への見解をまとめてみたいと思います。

「女性スポーツ史」の中での水泳と月経
 女性アスリートの活躍が当然のように毎日ニュースを賑わせている今となっては、知らない人や、忘れてしまった人も多いかもしれません。つい最近まで、女性がスポーツに参加できる機会はかなり制限されていました。

 近代オリンピックも、第1回大会(1896年アテネ)は古代オリンピックに倣って女人禁制で開催されました。第2回からテニス、ゴルフが女子にも解禁されたものの参加者は12名のみ。水泳(競泳、飛込)は第5回(1912年ストックホルム)から、そして第9回(1928年アムステルダム)に陸上、体操が女性にも解禁され、ようやく全参加者の1割を超え、日本人も初めて1名だけ出場します(陸上・人見絹枝さん)。

 しかし、その後も長い間、「男性から女性らしいとみなされる競技」しか参加が認められませんでした。今では人気競技となったマラソンも第23回(1984年ロサンゼルス)から。特にハードルが高かったのは格闘技です。第25回(1992年バルセロナ)の柔道を皮切りに、第27回(2000年シドニー)にテコンドー、第28回(2004年アテネ)にレスリング、そして第30回(2012年ロンドン)にボクシングが正式種目になり、ようやくすべての競技への参加が認められるようになりました。

 こうしてスポーツ界への女性の進出が進む中、日本産科婦人科学会の小児・思春期問題委員会は、1989(平成元)年に「月経期間中のスポーツ活動に関する指針」を出しました。

 これは、昭和の時代までは当然とされていた「月経中の体育、特に水泳は見学」という風潮は、医学的に根拠がなく、スポーツ好きの少女たちの権利を奪っているのではないかという懸念から生まれたものでした。私自身が水泳部に入ったのは中学2年生からですが、子供の頃から体を動かすのが大好きで、月経中も他の体育の授業と同様に見学したくなかったのです。でも「生理中に泳いだら体も冷えるし、将来子どもが産めなくなるよ」とか、「そんなに生理痛がひどいのは、水泳やりすぎなんじゃないの?」など、今思えば非科学的な、いわゆる「呪い」の言葉がかけられることは少なくありませんでした。そう言われると本当に大丈夫なのか不安になるものですが、大学生になって学会から出た指針に書かれていた以下の文章を読み、救われた気持ちになったことをよく覚えています。

 「基本的には、本人の自由意志が大切であり、とくに禁止する必要はないと考えられる。本人の自由意志で行われる場合には問題は少ないが、画一的に強制して行わせることには問題がある。また逆に、自由意志を尊重しすぎて、ただ月経期間中であるという理由のみで絶対に行わないということにも問題があり、健康管理の面(月経痛対策など)からも、ある程度のスポーツ活動を月経期間中であっても、むしろ行うことが望ましいと思われる」

 その後20年を経て、女性を取り巻く社会・スポーツ環境の大きな変化を踏まえ、日本臨床スポーツ医学会産婦人科部会が「月経期間中のスポーツ活動に関する指針」を出しました(日本臨床スポーツ医学会誌:Vol.18 No.1, 148 -152,2010)。これは、「今後、月経中の水泳についての科学的根拠を含む事実が体育教員に正しく指導され、学校施設が充実し、月経が水泳授業の阻害要因とならぬよう、児童・生徒が自己判断できる材料提示がなされる必要がある」という言葉で締めくくられています。

 私は、中学校や高校の性教育に外部講師として招かれることが多いのですが、そこでは、これらの指針を踏まえ、下のスライドを使って説明しています。

 すると、感想文にこう書いてくる生徒が必ず何人かいるのです。「水泳のときに生理になると必ず見学をしないといけないと思いましたが、生理でも泳いでいいと知り驚きました」。残念ながら、今でも一律に禁止している学校もあるのでしょう。

感染リスクは「正しく恐れる」
 「エイズはお風呂やプールでうつりません」というコピーは有名ですね。でも「ただし、月経中の女性は除く」とはどこにも書いていません。血液や体液によって感染するウイルスはHIV(ヒト免疫不全ウイルス;いわゆるAIDSの原因となるウイルス)以外にB型、C型肝炎ウイルスが知られていますが、残念ながら予防接種(ワクチン)で予防できるのは現時点ではB型肝炎ウイルスくらい。ですが、空気感染する麻疹(はしか)などのウイルスと違い「血液・体液に直接触れないこと」で感染から身を守ることが可能で、さらに目に見えやすい血液に直接触れないようにすることは、それほど難しいことではないはずです。それを踏まえ、学会の指針では、月経中の水泳による感染リスクについては「大丈夫」とされています。

 もちろん、水中やプールサイドに月経血がまったく漏れない、1滴も落ちないということはありません。日本産科婦人科学会は正常月経を「持続日数は3~7日、出血量は20~140ml」と定義しています。それを考えると、プールで過ごす数時間での経血量は数mlにすぎないはずです。それがプールのような大量の水の中に流れても他者への感染力はないと考えられています。もし月経血が感染源になる恐れがあるのなら、「帯下(おりもの)」だって問題視されなくてはいけません。でも、「おりものが多い日は泳ぐな」とは言いませんよね。

 「プールサイドではみんな裸足だから危険」という声もありました。しかし、裸で入るお風呂とは違って、プールでは水着の股の部分から大腿を伝って足元に流れることがほとんどです。多くは地面に到達するまでに気づきます。日頃から血液らしきものに直接触れない、踏まないという教育を徹底することは重要です。もしもプールサイドに血液が滴ったら、幸いプールサイドでは大量の水で洗い流すことが可能です。教室で鼻血が出たときより対処しやすいとも考えられます。

タンポンは必須とは言えない
 問題になる「流血」ですが、膣内で経血の流出を食い止めてくれるタンポンの他、最近はシリコン製の月経血カップも出てきました。それらが使えればほぼ問題ありません。しかし、ローティーンはもちろん大人の女性でも、性交経験があろうがなかろうが膣内に物を入れることに抵抗を感じる人は少なくありません。そういう人だって、月経中に泳ぐ権利はあるはずです。泳いでいる最中は、水圧の関係で膣からの流血は起こりにくいとされ、股間をまじまじと見続けることがない限り、月経中だと気づかれることはないでしょう。

 また、水着がフィルターの役目を果たすこともあり、血液以外のもの(子宮内膜など)が出てしまうということは非現実的です。それでもやはり水に入る前、水から出た後の「流血騒動」は避けたいもの。スイミングスクールや水泳部では、女性コーチや先輩から知恵や工夫が伝承、共有され、お互いにカバーしあって練習していることが多いようです。初経がきた時点でタンポンを使えるように母親と練習したという人もいるようですが、多くはプールに入る直前までナプキンをつけておいて入水の直前にトイレで外し、水からあがったら濃い色のバスタオルをかけたり、ジャージを穿いたりしてすぐにトイレに向かうなどの対応をしています。飛び込み練習では最後に飛ぶなど、もしも経血が流れても人目につかないように工夫、サポートしあうのです。

問題なのは多様性を認めない管理
 そもそも、現代の学校の水泳の授業で、どんなに暑かろうが寒かろうがプールサイドで座ったまま長い時間待たされる、タオルやジャージなどを自由に使えない、トイレに自由に行けないことのほうが大きな問題でしょう。プールの近くに更衣室がない、トイレがないなどは、もってのほかです。

 最近は体操服もブルマではなく短パンが主流になっているように、競泳界ではスパッツ型水着が主流になってきています。スクール水着もスパッツ型が定着するといいですね。もちろん、紺や黒など血液が目立たない色がよいでしょう。

 一方で、今回インターネット上で話題になったのは、学校で「月経だからといって休む理由にはならない」と泳ぐことを強制されたり、そのためにタンポンの使用を強制されたり、泳がなかった場合に「罰」のようなものが課されたりするという「児童・生徒の人権に関わる指導」が行われている現状でした。そのような指導が行われれば、「月経中に泳いでもいい」と言われても反発する人がでてきても不思議ではありません。いかに学会の指針が現場に届いていないか、それどころか「強制」の根拠にされている恐れもあることに愕然としました。今後関係学会で実態調査を行い、事実なら改善を求めるよう提言しなくてはいけないと考えています。

スポーツが女性の体に及ぼす影響
 女性がスポーツに進出する上で、月経中に限らず、スポーツが女性の体に悪影響を及ぼさないかどうかは常に懸案事項でした。しかし、少しずつエビデンスが積み重ねられ、現在では医学的な問題点は以下の2点にまとめられるようになりました。日本産科婦人科学会理事長を代表とする研究グループが「若年女性のスポーツ障害に関する研究」としてまとめ、研究成果は以下のHPからダウンロードして読むことができます。

http://femaleathletes.jp/pdf/180315_HMFAver3.pdf

1)過度なトレーニングによる弊害

激しいトレーニングによって月経が止まることは以前から知られていましたが、最近になって「利用可能エネルギー不足」が最大の原因であることがわかってきました。これは運動による<消費エネルギー>に見合ったエネルギーを食事から摂取できていないということ。「利用可能エネルギー不足」は、男女を問わず免疫、発育、精神面など様々な弊害を起こしますが、さらに女性の場合は女性ホルモンの分泌不足による「無月経」や「骨粗しょう症」に陥りやすく、この3つが「女性アスリートの三主徴」と呼ばれています。体重が軽い方が有利とされる競技(陸上長距離、体操・新体操など)に起こりやすく、体格指数(BMI(Body mass index)が17.5を下回るとリスクが高いこともわかってきました。

2)月経随伴症状によるパフォーマンスの低下

月経が順調にきている場合、一般女性と同様に月経痛やPMS(月経前症候群)がパフォーマンスに悪影響を及ぼします。高校や大学を卒業すると競技を引退するのが普通だった昔に比べ、30代以降も現役という選手は男女ともに増え、選手寿命が長くなるとともに、一般女性と同様に妊娠を希望する年齢も高くなっています。その間、強い月経痛を我慢して子宮内膜症などの婦人科疾患に悩む選手も少なくないこともわかってきました。

 これらはいずれも月経中にトレーニングをしたか、しないかでは変わりません。今では余程体調が悪いとき以外、月経を理由にトレーニングを休む人はいないでしょう。これは一般女性でも同じで、月経中でも体を動かすことを制限する理由はないし、体を動かすことは気分転換につながることもあり、「月経中だから大人しく過ごしている必要はない」というのは、もう常識になってきています。実際、この原稿を書くに当たって、女性とスポーツに関連する教科書や本を過去のものも遡って調べてみましたが、「月経中にスポーツをしていいか」については当然問題ないものとされ、先ほどご紹介した研究のまとめも含め、最近は記載さえも見られなくなっています。

目指すべきは「月経のノーマライゼーション」
 月経痛が強かったり、経血量が多く血が流れ出てしまうことへの不安があったりして、本人が「月経中はプールに入らない」という選択をすることは当然の権利です。しかし、反対に「月経中だって泳ぎたい」という権利も尊重する必要があります。だいたい、生理のたびに休まねばならないなら、月のうちの1/4程度は泳げないことになるのです。自分の意思で体調や経血量を考えてどうするか決めることが重要で、その決定をサポートする、その決定を阻害するような偏見をなくすよう周囲にも伝える、それこそが本来あるべき「性の健康教育としての性教育」ではないでしょうか。

 生理用品の改良が進み、低用量ピルなどを使って月経痛を軽く、経血量を少なくする治療や、出血が起こる日を調整することもできるようになった現代。月経血が洋服にしみ出す経験をする人も少なくなったのかもしれません。そうして月経が「見えなくなる」のは、女性にとっては嬉しいことです。しかし、そのことは必要以上に「粗相」に怯えることにつながってはいないでしょうか。

 月経血が人目にさらされるのは、水泳選手であろうがなかろうが、思春期だろうが大人だろうが、恥ずかしい気持ちにはなるのは変わらないでしょう。月経周期が乱れがちな10代では特に、予想外に月経が始まってしまうことはプールの中に限らずいつだってありえます。そのことが「立ち直れないような経験」になるかどうかは、周囲の人に思いやりがあるかどうか、周囲の大人がいかに配慮、指導できるかが大きな鍵になるのではないかと思います。

 本来、月経は決して忌むものでも、隠すべきものでもないはずです。反対に神聖視するのも、何か違うと思うのです。私が目指したいのは「月経のノーマライゼーション」。次の時代を生きる女性たちに、そして自分では月経を経験することのない男性たちに、もっと「普通のものとして」認識してもらえるよう、何ができるかをこれからも考え続けていきたいと思っています。

江夏亜希子 えなつ・あきこ
日本産科婦人科学会認定産婦人科専門医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター。
鳥取大学医学部附属病院、公立八鹿病院(兵庫県)、国立米子病院(現・米子医療センター)等にての勤務を経て、2004年より上京。ウィミンズウェルネス銀座クリニック等にて女性外来での診療を経験する傍ら、東京大学大学院身体教育学研究科にてスポーツ医学を学び、2010年4月9日、四季レディースクリニック開院。

最終更新:2018/07/10 20:00
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