『幸色のワンルーム』が『Mother』とは違う理由

2018/06/20 20:00

 テレビ朝日が、7月放送開始予定の連続ドラマ『幸色(さちいろ)のワンルーム』の放送中止を決定した。はくりによる同名漫画の実写ドラマとなる『幸色のワンルーム』は朝日放送テレビ(ABC)が制作し、テレビ朝日は関東地区で7月7日より土曜深夜に放送する予定だった。関東地区での放送中止の理由は明らかにされていないが、原作漫画には埼玉県朝霞市で誘拐された少女が2年の監禁生活を経て2016年3月に保護された事件をモチーフにしたものではないかと見る向きがあり、実写ドラマ化が決定した際にも批判の声が出ていた。

 今回のテレビ朝日(関東地区)での放送中止に対しても、ネット上では賛否の声が挙がっており、センシティブな内容であるがゆえ中止は妥当だと見なす声もあれば、放送中止に異を唱える声も大きい。虐待被害に遭っている子供を救済すべく誘拐するという展開の作品はこれまでにも発表されており、2010年放送のドラマ『Mother』(日本テレビ系)や先日カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した映画『万引き家族』も該当することを挙げ、『Mother』や『万引き家族』はよくて、なぜ『幸色のワンルーム』はいけないのかという疑問も多く目にする。

 しかし忘れてはならないのが、2016年3月に朝霞の事件が発覚した当時、誘拐犯と被害者の関係を「相思相愛の同棲」「女子中学生の家出」と決めつけるネットユーザーが少なくなかったことだ。SNSで被害者の女性を「嘘つき」と非難する投稿や、事件の概要をまとめ「事実は報道と違う」とデマをまきちらすwebページも複数作られていた。『幸色のワンルーム』はそうした説を補強する点からも、コンテンツとして批判を受けた。『Mother』にそうした背景はないだろう。

 原作『幸色のワンルーム』は当初、原作者のはくりが2016年9月より『世の中には色んな人がいる』というタイトルでTwitterに投稿していた作品で、2017年2月からは漫画サイト「pixivコミック」で不定期連載が開始した。また、コミックス版も現時点で1~4巻まで発売されている。

 あらすじは、家庭では親からの虐待を受け、学校ではいじめに遭いさらに教師から性暴力被害にも遭っている14歳の少女が、自分にストーカーをしていた青年に誘拐され心を通わせていく、というもの。孤独な者同士が惹かれ合い身を寄せ合う設定は、エンタメ作品において珍しくないだろう。

 少女は青年を「お兄さん」と呼んで懐き、警察と両親から逃げ切れたら結婚しよう、逃げ切れなければ一緒に死のうと提案する。また自分の新しい名前を付けてほしいとも求め、「幸(さち)」という名をもらう。ちなみに幸は虐待の影響で痛覚が鈍い、成績優秀だが普通の家庭生活を送ってこなかったため相当に無知で買い物の方法も卵の割り方も知らない、誘拐生活を「こんなに幸せでいいんだろうか」と感じるなど、これでもかというくらいにどこまでも哀れで孤独で無垢な美少女として設定されている。

 また「お兄さん」は、幸のストーカーだったけれど、幸を誘拐するつもりもなければ救済するつもりもなかったという設定だ。「お兄さん」は、外でたまたま見かけた人生に行き詰っている様子の幸に自分自身を重ね、幸のストーカーとなったのだが(当初は幸に嫌悪感を抱き、そんな自分にも嫌悪感、という描写があった)、ある日、家出した幸が自殺する気でいるのだと知り、「お兄さん」は幸を尾行して「僕は君のストーカーだ」「死なれるくらいなら君を誘拐しよう」と告げた。

 すると幸はぱあっと顔を輝かせ「本当ですか」「じゃあ私のこと助けてくれるんですね」「誘拐は犯罪です 見つかれば捕まるのはあなたです でもそんな大きなリスクを背負ってあなた自身の人生を狂わせても 私自身が捨てようとした人生を拾ってくれるんですよね? うれしいに決まっています」と喜んだため、「お兄さん」は幸を自室に連れて帰った。

 幸を、少女を性的搾取したい男性にとって都合のいいキャラクターと読む向きもあるが、それを言うなら「お兄さん」は、孤独を抱える少女にとって都合のいいキャラクターである。

 さて『幸色のワンルーム』は上記のような作品だが、テレビ朝日広報部に放送中止の理由について問い合わせたところ、「6月に入りドラマの詳細が分かってきたことから改めて精査した結果、総合的な判断として放送を見送ることにいたしました」「なお、放送見送りの決定は発表したわけではなく、朝日新聞の取材に回答したものです」とのことだった。制作は大阪の朝日放送であり、すでにオールアップ。朝日放送では予定通り、7月8日から放送する。

最終更新:2018/06/20 20:00
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