長期不倫ルポ「私たちってヘンですか?」

不倫20年で「妻バレ」して破局……出産・結婚もあきらめた女が苦悩する「私の存在意義」

2018/03/21 21:00

「Tの妻です」

 半年ほど前のある日の夜、携帯電話に知らない固定電話の番号から電話がかかってきた。出てみると、「Tの妻です」という女性の声。

「思わず黙り込んでしまうと、女性は『もしもし。リサコさんでしょ』と。今、あなたの家のすぐ近くにいるんだけどと言われ、窓の下を見ると女性がこちらを見ながら立っていました。逃げも隠れもできません。仕方く出て行って、近くの喫茶店で会いました」

 心の準備ができていなかった。T氏の妻はリサコさんと同世代だろうか、落ち着いた感じのきれいな人だった。

「どうしてこんなきれいな奥さんがいるのに、私と付き合っているんだろう。まず思ったのはそのことでした」

 妻は終始、冷静だったが、それが逆にリサコさんを追いつめた。

「ヒステリックに騒ぎ立ててくれれば対処のしようがあるんだけど、冷静に理詰めでくるんですよ。いつから付き合っているのか、最初から既婚だと知っていたのか、いけないことだと思わなかったのか……。全てを知っていて、確認をとるような口調でしたね。これはウソをついても意味がないと思ったんですが、いつから付き合っているかという質問に対しては、さすがに1年くらいと言いました。彼女はにやりと口の端を上げるように笑って、『へえ、そうですか……』って。怖かった。『私が知ってしまったからには、あなたに対して精神的な損害賠償を請求します』と言われました。あとで弁護士から話がいきますって。私はほとんど何も言えなかったんですが、奥さんに何か言いたいことはありますかと言われて、『すみません』とひと言だけ。奥さんは立ち上がって、『すみませんと思っているなら、最初からやらないほうがよかったですね』って。冷たい言い方でした。当然ですけど」

 妻が出て行った喫茶店で、彼女はしばらく呆然と座り込んでいた。ようやく立ち上がって店を出ようとしたとき、支払いが済んでいることを店員から伝えられた。自分の夫と関係をもった女の分まで支払う妻の心理を考えて、彼女はいても立ってもいらなくなったという。

「家までとぼとぼ歩いて帰る途中、彼から連絡が来ました。彼はまったく知らなかったんでしょうね。『今日は何かあった?』なんて、いつものメッセージ。なんていうのかなあ、悔しいとか悲しいとか、そういう感情ではなく、今まで感じたことのない『消えてなくなりたい気分』が押し寄せてきました。彼に言うのをやめようかとも思ったんですが、ノーテンキにしている彼にも腹が立ってきて、一部始終を伝えたんです。彼はそれから帰宅するはずだったのに飛んで来てくれました」

 彼の愛はまだ失ってはいない。そこで彼が帰宅するのか自分のほうに来てくれるのかは、リサコさんの立場では重要だ。彼の気持ちが自分にあるなら、貯金など失ってもいいと彼女は思った。

「ところが逆に考えれば、奥さんにとって、それがいちばん腹が立つことですよね。どうやら携帯にGPSがつけられていたようで、彼がその日、私のところに泊まったのがバレたんです」

 翌日夜、彼から公衆電話で電話がかかってきた。妻に携帯を壊された、と。明日、新たに買うから前の携帯には連絡しないようにということだった。

「それから不穏な状態が続いていたんですが、ついに彼の奥さんが自殺を図ってしまったんです。手首をちょっと切っただけらしいので、私は狂言自殺だと思ったけど、彼は自分が妻をそこまで追い込んだと取り乱して。1カ月ほどたったとき、彼が私の前で土下座しました。『もう無理だ』って。奥さんのご両親にも自分の親にも責められたようで、すっかりやつれた彼を見たらもう何も言えなかった。私としてはせめて、それでもほとぼりが冷めたら会えるようにするからという言葉がほしかったけど、彼はもう『オレが死んだと思ってほしい。今もリサコを好きだけど、オレはもう誰も愛さない』と泣いていました。今思えば、彼の一世一代の芝居だったかもしれませんけど、それに私も乗るしかなかったんですよね」

 急に1人になった。仕事の方も会社の業績悪化が原因で、契約社員が切られるというウワサも流れた。ここ数年、毎年誰かが切られているのだ。それが自分であってもおかしくないとリサコさんは感じた。

「さらにTさんの奥さんの弁護士からは100万円で示談にという話も来ました。今、100万円は厳しい。困り果てて、別れたTさんに相談しました。結局、彼が私に100万円くれて、それを払うことに。私も精神的な損害賠償を請求したいくらいですけど、もちろんそれは成立しない。夫の浮気を知ってしまった妻も、20年にわたる関係をぶったぎられた私も、精神的な傷という意味では変わりないような気がするんですけどね」

 正妻であれば訴えることができて、いわゆる愛人関係には何の保証もない。もちろん悪いのは自分だが、「恋愛は1人では成立しない」とリサコさんは言う。それも、またもっともな話である。

 40代半ばになって、リサコさんは不惑どころか戸惑いの連続だ。

「足元がぐらぐらどころか、もはや自分の存在意義さえ見いだせません」

 生きてさえいればいいことがあるよ、と軽々しくは言えない雰囲気が彼女にはあった。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
1960年東京生まれ。明治大学文学部卒。不倫、結婚、離婚、性をテーマに取材を続けるフリーライター。「All About恋愛・結婚」にて専門家として恋愛コラムを連載中。近著に『アラフォーの傷跡 女40歳の迷い道』(鹿砦社)『人はなぜ不倫をするのか』(SBクリエティブ)ほか、多数。

最終更新:2018/03/21 21:05
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