[サイジョの本棚]

美少年、バッタ、童話作家――「偏愛」に生きる“賢くない”者たちによる魅力的な3冊

2017/07/02 16:00

「好きだから」という狂気を貫き通せた人々だけに見える世界

『バッタを倒しにアフリカへ』(前野ウルド浩太郎 (著) /光文社文庫)

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「なんということでしょう。生活のことをうっかり忘れていた。軽く取り返しのつかないところまで、私は人生を進めていた」

 好きなことだけやって生きたいけど、大抵の大人は、食べるために社会でお金を稼がなければならない。「やりたいこと」と「稼ぐこと」を天秤にかけ、どうバランスをとっていくか迷う人は多いだろう。『バッタを倒しにアフリカへ』は、そんな迷いと正面から向き合った昆虫学者による、ノンフィクションエッセイだ。

 バッタを愛し、「緑色の服を着て、全身でバッタと愛を語り合いたい」という情熱で昆虫学の博士号を取得したものの、バッタ研究では就職口が得られずに、いわゆる“ポスドク”状態になった前野氏。研究対象を需要のある昆虫に替えるという道もあったが、「それでもバッタを研究したい」という思いでアフリカ・モーリタリアに旅立ち、現地の研究者と共にバッタと向き合う日々が本書につづられている。

 金もコネもない、現地の言葉も十分にしゃべれない、あるのは熱意だけ、という状態からフィールドワークで成果を上げるのは、想像よりも一筋縄ではいかない。初っ端から入国拒否に遭い、その後も「60年に1度の干ばつでバッタが発生しない」「30万かけて作った飼育ケージがすぐ壊れる」「その後再び別の飼育ケージが壊れてバッタが熱死する」など次々とトラブルが起き、貯金も底を尽きかける。同世代の研究者が成果を上げていく中で、将来に何の保障もなく、不安と困難の多い道のりを歩むことになるが、前野氏はその荒れ道を非常に楽しそうに進んでいくため、深刻さがまったく見えてこないところが、本書の突出した魅力だろう。

 徐々に現地にも慣れ、臨機応変に研究地を替えながら研究の手応えを得ていく前野氏。研究資金のためにブログや著作活動を始め、自分の知名度を上げることで研究の重要性をプレゼンしていく。最終的には、研究実績を元に京都大学への就職が決めるという、まるでフィクションのような成功を見せるのだ。

 「好きなことに人生を賭け、夢を追って成功する」と言葉にすると、一見、子どもたちのお手本になるような、美しく正しいことのように捉えられるが、現実に実行した前野氏の行動は、大多数の人にとってはリスクが高く、狂気にすら見えるものだ。成功しているからといって、気軽に薦められる選択肢ではないだろう。しかし、成功・失敗にかかわらず、「好きだから」という狂気を貫き通せた人々だけに見える世界がある。安全で、賢い道を選択することだけが正しいと考えがちな私たちの視界を開き、気づかせてくれる一冊だ。

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