[サイジョの本棚]

転職先としての非営利業界・海外移住。「脱出」の先に待っているものとは?

2017/03/05 16:00

■『N女の研究』

njonokenkyu

 「非営利業界で働く人々」と聞いて、どのようなイメージを描くだろうか。『N女の研究』(中村安希/フィルムアート社)は、非営利業界(NGO/NPO)で働く20代後半~30代の女性10人の半生、仕事内容、賃金ややりがいなどについて、団体を立ち上げた創立メンバーではなく、あえて、「就職先として選んだ女性(=N女)」に取材したノンフィクションだ。

 本作には、転職先に非営利業界を選んだ女性も多く登場する。飲料メーカーから難民支援事業へ、広告代理店から保育事業へ、学童職員から若者の就職支援へ――彼女たちの事情や背景はさまざまだが、N女たちに向けられる、漠然とした“優しそう”“意識高そう”というイメージは本作であっさりと覆される。

 若者の就労支援を手掛ける女性の一人は、「就労支援は甘やかしではないか」と見る意見に、「若者がかわいそうだから助けたいのではなく、納税者を増やしたいからやっている。今解決しないと、私たちの世代やその次の世代にまで負担がのしかかる」と、はっきり答える。

 彼女たちの多くは、きれいごとやイメージではなく、目の前の課題を具体的に解決するための1つの手段として、非営利団体を選んでいる。一般企業では、結婚や出産・育児などライフスタイルの変容をきっかけに、勤務形態を変えざるを得ず、昇進を選ばない女性も多い。そんな中、フラットな組織として意見が出し合えて、任される裁量も大きい非営利団体が選択肢に入るのは自然なことだろう。

 非営利業界を支援するNPO法人に勤める職員は、この傾向を「ライフイベントに合わせて柔軟に働ける、自分らしく働ける職場環境、もう1つ別の路線」として、非営利業界が「女性の第3のキャリアパス」となる可能性を示す。

 しかし一方で著者は、非営利業界で働くことの問題点もえぐり出す。彼女らのほとんどは収入が低く、理解ある家族・配偶者の収入に支えられるケースが多い。さらに団体の質も一定ではなく、成果を重視しない団体、生産性の低い団体も現実的には存在する。そして、やる気のある職員ほど私生活を犠牲にし、疲弊して離職する傾向にもある。

 収入は低く、周りに支援者が必要で、団体の仕事の質にも大きな差がある――。非営利業界は、「社会貢献したい女性が輝ける」ときれいにまとめるには、あまりに不安定で、前途洋々とはいえない。しかし、本書に取り上げられたN女たちに悲壮感はなく、むしろその状況を積極的に受け止めているように見える。それは、N女の活動を通して見える現代社会のひずみを受け止めれば、どちらにしても、今の30代以下の世代のほとんどの未来は前途多難だからだ。

 本書では、30代を「逃げ切れない世代」と呼ぶ人もいる。30代以下は、かつての「大手企業に正社員として勤め(る夫を持て)れば安心」という時代が取りこぼしてきた負の面と、近い将来向き合わざるを得ない。「逃げ切れる世代」が仕切る変革を待っていては間に合いそうにないから、「どうせ向き合うなら早いうちから」と行動を起こしているのが、「N女」であると著者は分析する。

 結婚してもしていなくても、子どもがいてもいなくても、N女でも、N女でなくても、問題山積の未来が私たちを待っている。両手を広げて困難を受け止めるには、本書に取材されたN女たちのしなやかな考え方、問題への向き合い方は、きっと参考になるはずだ。

(保田夏子)

最終更新:2017/03/05 16:00
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