[官能小説レビュー]

自意識過剰な男とのセックス後に読みたくなる、川端康成『眠れる美女』が描く老いらくの性

nemurerubizyo
『眠れる美女』(新潮社)

 これまで出会った男性の中で、自分を“大きな男”に見せようと、嘘の自分を装う人はいなかっただろうか。それは、セックスの場面で、非常に顕著に現れる。

 男性にとってセックスは、いかに自分が優れた男であるかを示す行為でもあるがゆえに、女性が求めるものと相違が生じてしまう。例えば、今まで何人もの女性と体を重ね、ある程度自分のセックスに対して自信を持つ男性は、女性に対してマウントポジションを取ろうとする。その愛撫や体位が、女性にとって実はがっかりするものである場合は、少なくないはずだ。一方で、経験の浅い男性には、その逆も言えるだろう。セックスの場で、過剰なほど卑下して、女性を戸惑わせることもよくある。

 そんな男性と出会って辟易としてしまったとき、小説の中の素直で可愛らしい男性に救いを求めたくなる。長く受け継がれている川端康成の名作『眠れる美女』(新潮社)も、その1作品だと私は考えている。

 初老の主人公・江口は、とある知人の紹介で“眠れる美女”の館を訪れる。館には、その名のごとく美女が眠りについており、そこを訪れた人々は、美女の体を鑑賞したり、肌に触ることが許されている。しかし本番行為は決して行ってはいけない。

 この館に入れる男性は、男性機能が衰えた老人であること、そしてこの館の存在を口外しないことを厳守できる者だけ。現在は孫を持ち、つい最近まで浮気をしていた江口は、最初はこの館のことを斜めに見ていたが、ひとたびカーテンの向こうの美女を目の当たりにした途端、強く心が躍った。

 美女の乳房にそっと手を乗せてみると、それまで半ば人生を諦めていた江口の胸は、少年時代のように高鳴り、体の中にもう1人の自分がいるのかと錯覚するほど、純粋に興奮してしまう。

 半月後にこの館を訪れた江口は、目の前で眠っている美女を「若い妖婦」と比喩するが、彼女は、自分から何をすることもなく、ただ目の前で眠りについているだけ。彼女に触れると、江口はこれまでの女たちを振り返り、さらには母の腕の中までをも回想してしまうのだ。

 ただただ受動的な美女を目の前にした江口からあふれ出る“性”。そこにあるのは決して、私たち女が実体験で知ることのできない本来の男たちの姿。老いらくを感じた川端康成だからこそ表現できた、自意識の取り払われたリアルな男の本能ではないだろうか。

 本作のような男のストレートな性が描かれた話を読むと、オブラートに包んだやりとりが繰り広げられる実体験の恋愛など、なんとちっぽけなものだろうかと感じてしまう。男も女も、むき出しの自分の性は墓場まで持っていくもの。だからこそ、この作品は名作といわれているのではないだろうか。
(いしいのりえ)

可愛い老人になるか、厄介な老人になるかは紙一重

しぃちゃん

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