【messy】

二軍野球選手のカキタレを目指して奮闘した処女たちの話

2016/09/03 20:00

 今でこそ男児×2の子育てと、仕事と、セックスレス解消の策に奔走している私ですが、若い頃は夢中で追いかけているものがありました。

「昔、野球の二軍選手のおっかけをやっていたよ」

 人にこれを言うと、必ず「なんで?」と言われます。「なんで二軍?」。

 高校3年の夏、私はテレビで父親が見ていた巨人戦を、ぼんやりと見つめていました。そこで、「この選手いま、捻挫した。私も今日、捻挫したぞ。これは運命かもしれない。っていうか、野球選手なのに可愛い顔をしている」と恋に落ちたのが、のちに“山本モナとの9,800円五反田ラブホ不倫”でお馴染みになるスーパールーキー・二岡智宏選手でした(当時まだ23歳)。

 翌日、高校の近所にあるコンビニで、さっそく彼の活躍が掲載された日刊スポーツに手を伸ばすと、向こう側からも伸びる手が……。1年生のときに同じクラスで、ヴィジュアル系好きかつマリスミゼルを知る唯一の友として仲良くなり、hideのお別れには一緒に学校を早退し築地本願寺まで駆けつけたりしたAも、私と同じ目的で日刊スポーツを買おうとしていたのです。

 同志を得た人間は、とたんに強くなるもの。以来、巨人が勝った翌日は放課後の教室でAと勝利に酔いしれ、ふたりでスポーツ新聞(報知、日刊、スポニチ、サンスポ)を手分けして買いました。ですが、生観戦のハードルは高いものでした。

 インターネットはまだ一般人にはそれほど近いものではなく、情報収集といえば雑誌が中心。そこでわかったのが、私たちの他にも野球選手をアイドル視している女性が世の中に多いということでした。『ベースボールマガジン』(ベースボールマガジン社)は硬派な記事が多いものの、“野球界のMyojo”こと『プロ野球ai』(日刊スポーツ出版社)は、とんでもなかった。

 口元に特徴がある現メジャーリーガー上原浩投手も、“イケメンスーパールーキー”として、同期の二岡選手と笑顔で肩を組む写真で表紙になったり、イケメン選手がカジュアルな私服姿でリラックスしていたり、仲の良い2選手が頬杖ついて芝生に横たわりBLを想起させたり、野球関係ないプライベート語りもアリ、読者投票による「恋人にしたいランキング」は鉄板企画でした(今調べてみたら、まだあるんですねこの雑誌。最新号は楽天のオコエ瑠衣、松井裕樹、則本昂大が三代目JSBのような配置でビッとキメています)。

 欲求をぱんぱんに膨らませ、ついに生観戦したのが、宮崎での春季キャンプの練習試合。普通に東京ドームで初生観戦すれば、もっと健全だったはずなんですが……。そこは沼地の三丁目でした。一軍のスター選手でさえツーショット撮り放題、握手し放題の無法地帯。あの清原和博でさえ、そこら辺をうろついているレベル(すごい怖くて近寄れなかったけど)。距離感が狂った私たちは、練習後は選手が泊まるホテル周辺を張り込み、コンビニに出向く選手を遠くから盗撮したものでした。

 一軍選手でさえそんなありさま。試しに行ってみた二軍練習場は、地元の草野球レベルの開放感で、もはや野放し! ただ、この時点ではまだ二軍に興味はありませんでした。二岡にぞっこんだったし。

 そして開幕。大学生になり、自由になった私たちは東京ドームに通ううちに私設応援団に参加するようになりました。そこで出会ったIとも仲良くなり、一軍だけでは飽きたらず、3人で二軍の球場に通うようにもなりました。

 巨人の二軍本拠地は、よみうりランドにほど近い場所にあります。都心から電車で1時間半、駅からちょっとした登山レベルの階段を上がると、二軍のグラウンドが広がります。さらに山に分け入ると、独身選手の寮もあります。

 行くまでは、「私たちくらいしか来ないんじゃないの?」なんて自嘲気味に笑っていましたがとんでもない! そこは、魑魅魍魎が跋扈する伏魔殿だったのです。

 まずいらっしゃるのが、野球BOY。巨人帽にユニフォームを着て、首からカメラをぶら下げ、手にはコンプリートしたであろうプロ野球選手カードがびっしり入った分厚いファイル。選手が無防備になる、球場から駐車場へ向かうところを狙い、選手ひとりひとりにプロ野球カードへのサインをねだりにいきます。なお、BOYと言っても少年ではなく、BOYのまま大人になったBOYを指します。

 そしてメイン層は、球場のフェンスに牽制するかのように一定の距離感を保ちつつ点在する、1人ないしは2人組の女性たち。ギャル風、地味風、お姉さん風、年生齢不詳……世代もジャンルも異なる女性たちが、フェンス越しにジトッと選手を見つめています。

 この女性たちは家が近いから観戦しにきた家族連れのように、ホームランを打ったら「わー!」と喜んだりしませんし、野球BOYのようにサインをねだりません。ただただ、頬杖をついて物憂げにグラウンドを見つめ、動くのは選手が近くを通るとき。しかもテンションがおかしい。「よっ。ど? チョーシは」なんて軽く手を上げ、上杉達也への南ちゃん的テンションといいますか、本当は超他人のくせに距離感の近さを演出して選手に近づき、ほがらかに会話しようと試みます。なんと選手も自然な笑顔で答えます。

 それを見た瞬間、私たちの方向性が定まりました。二軍なら、野球選手だけど付き合えるかもしれないのだ、と――。

 処女の考えることは、げに恐ろしきかな。まわりはヤベェ感じのおばさんも多いし、若くてまあブスではない私たちはイケるんじゃないか? と、本気でそう思っていたんです。私たちに鉄の掟ができました。

 ・写真を撮らないサインを貰わない。
 ・近くを通っても嬉しそうにしない。
 ・話しかけるときは野球の話はしない。

 いやもう、なんのこっちゃって話ですが、要はそれをやってしまったら“ファン”じゃないですか。私たちが目指していたのは“彼女”です。家族連れの人に「あの選手が好きなの? 一緒に写真撮ってあげるからカメラ貸しなよ」と好意を申し出られても、「いや、大丈夫ッス。そういうんじゃないんで」ときっぱりと断る始末。そういうんじゃないってなんだよ……。

 誕生日やクリスマスは、少ないバイト代でジッポやネクタイ(主にコムサデモード)を買い、球場帰りや寮から一瞬出てくるとき、または階段トレーニング中に渡しました。今思えばトレーニング中に渡すなんてすごい迷惑ですが、そんなことは念頭にありません。

 なかでも能力に長けた(と当時思っていた)Iの鉄板テクをご紹介しましょう。まず、球場から出て駐車場に向かう選手の横に、さりげなく並んで歩きます。そしてポカリとお茶を差し出し、「どっちがいい?」と一言。ポイントはタメ口なんだそう(敬語はファンだと思われるから)。選手が好きなほうを手に取り、「あついねー」なんて世間話をしてくれようものならチャンス! 「ミスチルの新譜、買った?」(事前に車中を覗き、ミスチルの新譜があるのを確認済み)と、野球に関係のない話題を振り、「買ったよ」となれば、「えー、貸してよー」とおねだり。その辺で、後ろから新たな刺客が近づいていますから、持ち時間終了。だけど成果はありました。ミスチルの新譜を貸してもらう約束が出来たんですから!(出来たのか?)

I「さっき、どうだった? 彼。緊張して全然顔見てなくて」

私「Iのこと好きでしょあの顔は。めっちゃニヤついてたよ。今日の夜あたり、電話かかってくるんじゃない!? てか、後ろにいたあのババア、Iに勝てると思ってるのかな。ださいワンピ着てさー」

I「有屋町はさ、もうちょっとがんばりなよ。あのやり方じゃ覚えてもらうだけで彼女にはなれないと思うよ」

私「そっかー。やっぱり、もっとお姉さんぽい格好して、Iみたいに会話しなくちゃだよね」

 覚えたてのアイシャドウとルージュをひいた私たちは、お互い、励ましたり陥れようとしていたのではなく、本気でそう言っていたんです。

 通いつめていると、横のつながりも出来てゆきます。なかでもよく話していたのが、いつもムームー(スーパー銭湯の館内着のような服)を着ていた年齢不詳のベテラン・K子さんです。K子さんはフェンス越しに、お気に入りの選手にいつも話しかけていました。

「ミノルー! 今日もあのパチンコ行くのお? 私もあとから行っていい?」

 ミノルは「ああ……」と返事。するとK子さんはこちらに向き直り、「よく一緒に打ってるの」と誇らしげにします。すごいなあ、自然体だなあ、一緒にパチンコする仲なのかあ、すごいなあ、とた感心する素振りを見せる一方で、同時に腑に落ちないところもありました。

『K子さん、いつもムームーだしヒゲもすね毛もボーボーで、肌も浅黒いし、40歳以上だって噂だし、本当は一方的な妄想なんじゃないだろうか』

 いやいや、そんなことを思ったらいけない、と葛藤している日々でそれは起こりました。ある日、K子さんが私たちに近づくと、嬉しそうに言いました。

「最近ミノル、冷たかったんだけど、やぁーっと電話くれたんだあ。ねえねえ、留守電聞いて?」

 K子さんの携帯を耳に当てると、「えーっと、電話されても困るんで」と一言、K子さんの弾む声とはギャップのある選手の冷たい声が流れました。反応に困った私は、「すごいですね」と言うほかありませんでした。

 ここで、ヤベェババアがいたもんだと一笑に付せません。なんたって、このままいったら私たちは同じ穴のムジナ。ヤバイヤバイ、どうにかしないと、早く二軍選手をモノにしないと……!! ですが時すでに遅し、K子現象はすぐそこまで迫っていたのです。

「最近やたらと非通知番号のワン切り電話がかかってくるんだ。これ、彼からのメッセージなんじゃないかと思うの。ほら、日付も時間も、試合後だったりオフの日だったりするでしょ? 私も彼の想いに応えないと! 私はここにいるよ、ちゃんと見てるよ、って!」

 Iがそんなことを言い出したのです! 1年以上の二軍通いで心身は蝕まれ、もうぼろぼろ……。雨の日も風の日も練習を見学し、雪の日は傘も差さずに寮の前に佇むなど、こんなに頑張っているのに、なぜ私たちは二軍選手と付き合えないのでしょうか。ううん、付き合えなくてもヤレるだけでもいいのに。すぐにヤラせてあげるのに!(処女ですが)

 そんなある日、大学で仲の良い(いつも『ノート、コピーさせて☆』と話しかけられたくらいの仲の良さ)赤文字系雑誌読者モデルのMが喋りかけてきました。

「有屋町ちゃんって野球好きなんだよね? あたしの友達、選手と付き合ってるみたいだよ」

 え!?!? 私たちがこれだけやっても、むしろやるほどに野球選手の彼女というポジションからは遠ざかっているような気もするのに、その子はどうやって付き合ったの!?

「Sって選手みたい。友達、日テレのコンパニオンやってて、食事会で知り合ったんだって」

 Sとは、何を隠そう、私の好きな選手の名でした。絶句しているとMは、「選手との合コン、セッティングしてあげよっか(笑)」と、実現させる気などサラサラない声色で言い捨て、去ってゆきました。

 昨今も、芸能人の熱愛報道に「お相手は一般人」と出ますが、そのほとんどが「キャバ嬢、コンパニオンなどのモデルやタレントの卵」だと、大人になった今なら認識できます。ですが当時の私たちにとって「一般人」は「私たち」のことだと思ったし、マジでイケると信じて疑いませんでした。

 以前、元東スポ記者で現人気AV女優の澁谷果歩さんに、「選手たちの夜のバットスイングを取材しまくった彼女が激白!『ちゃんとグローブ(コンドーム)もつけて☆』」といった内容のインタビューをしたことがあります。球場に取材に行ってはそのGカップで選手たちを虜にし、各球団に数人はセフレがおり、遠征先のホテルでは選手のおねだりに応えたり、と、魅力的な生活を送っていた彼女こそ、自他ともに認めるカキタレの鑑。いわく、「野球選手は性欲が強いわりに風俗は行きにくい環境だから、すぐヤレる」そうですが、その境地にたどり着くには私たちには容姿も色気も知恵も足りず、やり方も間違っていたんですね。

 こうして私は、カキタレにすらなれず、打率0.00のまま選手生活を終えたのでした。みなさんも、くれぐれもK子現象にだけはお気をつけて……。

最終更新:2016/09/03 20:00
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