「ベランダから見る世界 映画の中の団地」トークショーレポート

エロスのアイコン“団地妻”は「普遍的な女性像」――ロマンポルノ映画は女をどう描いたのか

2016/03/06 17:00

 安藤氏から本作について、「日活ロマンポルノの最初の作品として、団地、さらには団地妻がアイコン化されたのはなぜか?」と問われると、中川氏は、当時のスタッフのほとんどが団地に住み、団地妻が身近な存在であったことを理由に挙げ、「彼らが普段目にしている団地に住む女性や、リアルな体験からくるアイデアを採用した」と説明。そしてその脚本は、「団地という狭い空間の中で、そこに住む女性のフラストレーションや欲望をどう描くか」(中川氏)という点に心を砕いたという。

 60年代には団地、そしてそこに住む“団地妻”という女性はあこがれの的であったため、そのように描く映画もたくさん作られた。しかし、70年代に入ると、団地妻は実際のところ、忙しい夫、狭い空間、堅苦しい暮らしと、あこがれとは違うさまざまなフラストレーションを抱えていることもわかってきたのだという。

 こうした団地妻の抱えるフラストレーションには、当時日本が経済成長期だったことが深く関わっているようだ。団地とはすなわち「夫婦を一挙に郊外に住まわせ、サラリーマンを効率良く働かせて、彼らを迎える奥さんをシステムキッチンや家電などによって効率よく家事に勤しませる」(中川氏)装置であり、人間や家族をパターン化させる原因にもなっていた。こうした社会における団地の役割や意味を考えると、団地妻が日常生活にフラストレーションを溜めていったというのも想像に難くなく、中川氏の「日本における女性史の中で、拭い去ることができない存在が“団地妻”である」との言葉も響いてくる。

■映画が予期していた、団地内での事件

 映画人たちは、人々を“歯車”化しようとする社会に「抵抗した」(中川氏)という。スタッフは皆、女性論や人間論を学び、社会へ反発する意識のもと、その後も団地妻シリーズを作ったそうだ。「本作も、当時の世相を別の目線から見るということで、団地における家族の崩壊を予感させるものを描いた」(中川氏)と、単なるエロスではなく、社会構造から“いかにはみ出すか”という制作陣の意欲が投影されたものだと語った。

 実際に74年には神奈川県平塚市の団地において、近隣住民の騒音トラブルが原因で母子3人が殺された「ピアノ騒音殺人事件」が起こっていると中川氏は指摘する。団地が、かつての表層的な “あこがれ”だけではなくなることを、本作が3年前に悲劇的に“団地妻”を描くことで予期していたのは非常に興味深い。

 イベント終盤に来場客から「日活ロマンポルノ全盛期と今とで、映画において描かれる女性像は変わったと思うか?」という質問に対し、中川氏は「今のママ友ドラマと当時の団地妻シリーズにおける団地妻たちは、構造や会話の内容など変わっていない。女性の日常、価値観は普遍的なものではないだろうか」と締めくくった。

 経済成長目まぐるしく、右肩上がりだった当時の日本において、“団地妻”という切り口で、社会構造の闇をえぐった本作。そしてその団地妻をエロスとして表現し、一般に概念として定着するまでにイメージを作り上げた日活ロマンポルノの功績は、再活用によって団地の歴史が変わりつつある今だからこそ、再注目するに値するのかもしれない。果たして今後、“団地に暮らす女”は、社会のどの一場面を象徴する存在となっていくのだろうか。
(石狩ジュンコ)

最終更新:2016/03/06 17:00
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