[連載]安彦麻理絵のブスと女と人生と

「アイ・アム・クズ」意識に呪われた己を慰める、一杯の味噌汁の“リハビリ効果”

2014/07/20 21:00

 そんな風に「アイ・アム・クズ」という、頑固な黄ばみ状の劣等感をぬぐい切れずにいた私だが。最近、そんな黄ばみにカビキラーでもぶっかけたような気分になる出来事があった。それは……「味噌汁事件」である。昔、歴史の教科書に「生麦事件」とかいうのがあったが、わたくし史上「味噌汁事件」が、大きな人生の変換となったのである……その時、歴史は動いた。

 その日、味噌汁を作ろうとしたら、いつも常備していた「顆粒だし」が、あいにくカラになっていた。そうしたらおもむろに夫が「煮干しがあるからこれを煮出してみよう」と言い始め、頭やハラワタを取る事もせず、そのままお湯にぶっ込んで、コトコト煮込み始めたのである。通常私は、わざわざダシ取るなんてめんどくさいから顆粒だし派なのだが、二日酔いだったこともあり(……クズ)、この時は夫に味噌汁を丸投げにした。そうして。夫が作った味噌汁を飲んで、心底たまげた。

「……何、このスッキリとした旨味!!」
「……顆粒だし入れなくても何故か味噌汁になったねぇ……」

 夫も何やらビックリしている。なにしろ、適当に煮出しただけなのに、お椀の中に入っていたのは、普段よりも随分と上等な味わいの味噌汁……雑味がないとはこのことか。二日酔いの五臓六腑に染み渡るニッポンの味……(ちなみに夫は、料理なんてロクにできない男である)。この出来事がキッカケで、私は、味噌汁を作る時に、顆粒だしを使うのをやめたのである。

 そんなわけで、さっそくスーパーで鰹節やら煮干しや昆布を買い占め、日々、どんな味に仕上がるかドキドキしながらダシを取り始めたのだが。不思議な事に「ダシ取り」をやるようになってから、何故か、自分の事を「クズ」と、あまり責めなくなったのである。夫に対して「アンタあたしのことクズって思ってんだろ……!!??」という、脅迫めいた被害妄想を持つ事も少なくなってきたのだ。自分に対してどんな事で自信が持てるかは人それぞれだが、何故か私の場合、「味噌汁を作る時にちゃんとダシを取る」ということが、それにつながったようなのである。ああ、思い起こせば若い頃は「体重が45キロになったから、アタシはもうクズじゃない」とか、そういう事で「己がクズじゃないことの確認」をしていたもんだった。それが今は「ダシ取り」だ。「味噌汁作る時にダシを取ってる私はクズじゃない」、そんなふうに変わったのだから、思えば遠くへ来たもんだ。

「私はもうクズじゃない、そんなふうに自分の事責めなくていいから、クズじゃないクズじゃない……」

 そんな思いが込められた、私の味噌汁……「自我」や「自責」が具沢山の「心のリハビリ汁」……。ところで、ダシを取った後の余った出し殻はどうしてるかというと。昆布は刻んで煮物に入れて食っちまう。鰹節は醤油少々とあえて納豆に混ぜて食っちまう。煮干しも犬と一緒にムシャムシャ食っちまうのである。犬、大活躍。鰹節もエサに混ぜるとモリモリと食う。

 こうして最後まで全部食い切ると、さらに「私、クズじゃないじゃん、ちゃんとしてるじゃん!!」という気分に浸れるのであった(しかし、うちの夫からすれば、ダシどうこうよりも「酒の量減らせばいいだけの話なんじゃないのか」と、言いたいようであるが……。

最終更新:2019/05/21 16:23
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