介護をめぐる家族・人間模様【第21話】

「母より先に死ねたらと思う」母親の年金で暮らす、引きこもりの四十代女性

2013/12/08 16:00
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Photo by MIKI Yoshihito Flickr

 赤ちゃん取り違え事件にはいろいろ考えさせられた。報道によると、当事者の男性は独身で、現在10歳年上の“兄”の介護をしているのに対して、裕福な家庭で育ったもう一方の男性は、父親の介護をめぐって“弟”たちと不仲になったという。それがきっかけで、“弟”たちは“兄”への違和感が決定的になり、“本当の兄”を探しはじめたらしい。やはり介護が絡むと人間の本性が現れるものだ。あるいは、貧しかったから家族の絆が強くなり、親の遺産があったから兄弟のいさかいが起きたのかもしれない。そんな分析している場合じゃないよな、当事者にとっては。どうか幸せに暮らしてほしい。

<登場人物プロフィール>
松永 由里(48) 北関東で母親と2人暮らし
松永 俊子(79) 由里さんの母親
足立 美紀(51) 由里さんの姉。東京で家族4人で暮らしている

■父親の遺族年金で母と暮らす

 親の年金で暮らしている子ども――といってもいい大人だが――は私たちが想像している以上に多いのかもしれない。松永さんもその1人だ。独身。結婚歴もない。

「父は5年前に亡くなり、今は母と2人暮らしです。父の遺族年金と、あとは父が多少残してくれた貯金を切り崩して生活しています。女2人、贅沢しなければ普通レベルの生活はできるかな。母も今のところ元気で、趣味と実益を兼ねて畑を借りて野菜を作ってくれています。不安なのは私の体調ですね」

 松永さんは20代の頃、東京で就職したが職場になじめず、仕事をやめてアパートにほぼ引きこもっていたのを、両親が実家に連れ帰ったという。

「ウツだったと思います。精神科に行くなんて世間体が悪いと思ったんでしょう。両親は私を実家に戻したものの、病院を受診させることもしなかったので、状態がよくなるどころかますますひどくなりました。5年ほどたってようやく病院を受診しましたが、よくなったり悪くなったりの繰り返し。調子が悪くなると入院することもあります。そんな状態だから、仕事もできない。調子のいい時にちょっとバイトするくらいですが、それも長くは続かないですね」

 父親は亡くなるまで松永さんのことを心配し続けていた。

「父の気持ちはわかるんだけど、もともと私がこうなったのは父のせいだという気持ちがずっとある。父は子どもの頃から、美人でいい子の姉ばかりかわいがっていましたから。職場になじめなかったのも、父に似た上司が私を嫌っていたから。父にはずっと謝ってほしかったのに、とうとう最期まで私への謝罪の言葉は口にしませんでした。死んでしまった父をまだ責めているんです」

 東京で家庭を持っている姉は、そんな妹と母親のことを心配しているようだ。母親が75歳過ぎた頃からは、たびたび実家に帰って、あれこれと用事を済ませてくれているという。

「いつまでも母や姉を頼りにする自分が情けないです。でも、姉もまだ子どもたちに学費がかかるので、パートで家計をやりくりしている状態。お金のことは相談できません。母は時々、姉のところに泊りがけで遊びに行っています、毎日私と2人で顔を突き合わせているのが息苦しいんだろうとは思います。年を取った母には心配のかけ通しで申し訳ないとは思うけど、自分じゃどうしようもない」

■「由里もこのお墓に入っていいからね」

 最近、母親はお墓を買った。後継ぎのいない人のための永代供養付きの墓だ。

「父のお骨も納骨できないでいたので、お墓をどうするかがずっと母の気がかりだったんでしょう。姉の家の近くに永代供養してくれるお墓が見つかったんです。先日、父の遺骨を納めてきました。ようやく落ち着いて眠れる場所ができて、父もホッとしたと思いますが、母が一番安心したと思います。母もいずれそこに入るわけだから、自分の目で見て決めることができたし、姉の家の近くだから、姉の子どもの代くらいまではお墓参りもしてもらえるでしょう」

 姉からは冗談めかして、「由里もここに入っていいからね」と言われたと苦笑する。

「よく気が回る、いい子の姉らしい言葉ですよね。でも母も姉もそんなことまで考えていたんだと思って、ちょっと引きました。だって私は今生きていくことだけで精いっぱい。明日どうなるかもわからないのに、死んだ後のことなんてはっきり言ってどうでもいい。そもそも母が死んだら、私はどうやって食べていけばいいんですか? 姉だって私のお墓のことなんて心配してないで、私の明日のことを心配してくれたらいいのにと思う」

 思わず本音が出てしまったのだろう。松永さんは、打ち消すように言葉を続けた。

「よくやってくれている姉なのに、私が身勝手だとはわかっています。でも私みたいになってみないとわかりませんよ。この20年くらいずっとそうなんだから。母はまだいいです。父の遺族年金もあるし、姉もいる。でも母がいなくなったら、年金もなくなる。姉だって、母のことほど私のことなんて気にかけてくれなくなるでしょう」

 そう言えば、数年前に100歳以上の行方不明高齢者が問題になったことがあった。死亡届を出さずに、子どもが年金を受け取り続けていたという事件。「まったく人ごとじゃない」と松永さんは言う。松永さんにとってこの20数年、時間はほとんど止まっていた。いや、止めていた。問題をずっと先送りして考えないようにしていたのに、母親と姉がお墓を買ったことで、否応なしに現実を突きつけられてしまったのだ。

「できるだけ母が長生きしてくれて、今の生活を続けられたらいいと思っています。正直、母より先に死ねたらいいと思う」

 そう一気に言うと松永さんは、「お墓もあることだし」と自虐的に付け足した。

最終更新:2019/05/21 16:07
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