[連載]まんが難民に捧ぐ、「女子まんが学入門」第31回

世にも濃密なショートショート『ひきだしにテラリウム』の傑出した表現力

2013/05/12 19:00
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『ひきだしにテラリウム』(イースト
・プレス)

――幼いころに夢中になって読んでいた少女まんが。一時期離れてしまったがゆえに、今さら読むべき作品すら分からないまんが難民たちに、女子まんが研究家・小田真琴が”正しき女子まんが道”を指南します!

<今回紹介する女子まんが>
九井諒子
『ひきだしにテラリウム』全一巻
イースト・プレス 798円

 ショートショート……この懐かしくて甘美な響き。書店にずらりと並んだ星新一先生の作品集に、かつて心ときめかせた方も多いことでしょう。その短さゆえに高度な技巧を必要とするショートショートは、少女マンガにおいてはかつて倉多江美先生の『一万十秒物語』シリーズ(白泉社・絶版)という傑作が生まれ、また秋田書店の『コミック星新一』シリーズでは渡辺ペコ先生や鈴木志保先生、志村貴子先生などが星新一作品のコミカライズに挑んでいたりしますが、作品数としてはほんとうに数えるほどしかありません。そこへ果敢に挑んだのが九井諒子先生でした。

 2年前に『竜の学校は山の上 九井諒子作品集』(イースト・プレス)で商業デビューした九井先生は、現在マンガ好きの間でも最も注目されている作家の1人です。昨年発売された『九井諒子作品集 竜のかわいい七つの子』(エンターブレイン)も、「フリースタイル」(フリースタイル)の「このマンガを読め!2013」で8位にランクインするなど人気を集めました。満を持しての第3作が、このショートショート集『ひきだしにテラリウム』です。

 例えばこんな一編。勤め先の社長の娘とお見合いを経てお付き合い中の男。共通の話題もなく、目を合わせてもらえることもなく、月2回のデートが苦痛で苦痛で仕方ないが、職場でのポジションを思うと結婚相手としてはベストだとも思う。そんな彼に友人が貸し与えたのが、将来自分がどんな女性と付き合うかがカタログ化されて送られて来るという、新発明の道具。果たしてそこには、さまざまな女性の姿が写し出されていたのだが……という「恋人カタログ」。

 作中に「大昔の漫画から拝借したアイデアでね」とあるとおり、これは『ドラえもん』(小学館)のひみつ道具「ガールフレンドカタログメーカー」を引用したものです。ほかにも児童文学の『かわいそうなぞう』(土家由岐雄、金の星社)かと思わせておいて、旧約聖書からの引用で締める「かわいそうな動物園」や、『新世紀エヴァンゲリオン』(テレビ東京系)と思わしき何かが登場する「未来面接」、はたまたエッセイコミックのパロディを効果的に用いた「えぐちみ代このスットコ訪問記」(この手法は前作『竜のかわいい~』所収の「狼はうそをつかない」でも採用されていました。別名義でエッセイコミックを描いているんじゃないかと疑うくらい巧い)、少女マンガのパロディ作品「すれ違わない」などなど、引用とパロディを自在に駆使しながら、無尽蔵のアイデアでまとめ上げたハイクオリティなショートショートを次々と繰り出してきます。その数全33作。どれも本当に面白い!

 この面白さを底支えしているのが九井先生の傑出した表現力であり、それは例えばフード表現の中に顕著に表れています。「記号を食べる」と題された一編は、「まる」「さんかく」「しかく」といった形をした「何か」を調理し、食べるまでを描いた作品です。こしょうで下味をつけた「まる」をバターでソテーして、葉野菜などと共に皿に乗せて「何か」の料理のできあがり。女はフォークとナイフでそれをいただくのですが、これがまたなんともおいしそうなのです。

 はたまた「すごい飯」。初めてフランス料理を食べた男がそのおいしさを口頭で力説するものの、どうも表現が噛み合いません。「石の上に乗ったゴムみたいな物にくるまれた何かに草が突き刺してあって」「外側の皮もはじめ噛んだらグニッとしてて、うわ! ゴムだ! 食べられない! って思うんだけど、続けて噛むとふわっと溶けるんだよ」……。おいしいはずなのに全然おいしそうでなくて、だけど一生懸命に語る彼の顔にはとてもおいしいものを食べたことの幸福感が溢れ出ているのです。

 ほかにも「龍の逆鱗」に登場する、龍の調理シーンの「生き物」としての生々しさと、それが「食べ物」へと変わっていくプロセスの鮮やかさ、「すごいお金持ち」で列挙される絶妙にまずそうな料理名(熊の孫の手、つばめの巣と卵と肉のマイホーム丼、トキのフォアグラ等)……。その巧みな絵とネームでもって、九井先生は読者へ与える印象を完全にコントロールしているのです。

 当たり前のように思われるかもしれませんが、マンガにおいてそれは本当に大変なことなのです。例えばスポーツものやダンスもののマンガにありがちなのが、解説者や観客によってそのプレーや演技の「凄さ」を解説させるというおなじみの手法。その手法自体を悪いことだとは思いませんが、コマやページを浪費してしまうというデメリットはあります。

 その点、九井先生は最小限の絵とネームでもってすべてを表現し得ます。だからこそショートショートという限られた紙幅の中で、猿が人間に見えたり(「TARABAGANI」)、逆に人間がペットに見えたり(「春陽」)、そのまた逆にペットが人間に見えたり(「秋月」)といった印象操作を自由自在にやってのけるのです。そして最も大切なのは、それらはすべて絵と文字が一体となったマンガだからこそできる表現であるということです。

 マンガ表現の王道を行き、かつその最先端を行く九井先生。本作の読後感は非常に軽やかではありますが、ひと皮むけばそこには高度な技法が惜しみなく詰め込まれています。星新一先生が死去してから15年余。世にも濃密な恐るべきショートショート集を、わたしたちは遂にいただくことができたのです。

小田真琴(おだ・まこと)
少女マンガ(特に『ガラスの仮面』)をこよなく愛する1977年生まれO型牡羊座。自宅の6畳間にはIKEAで購入した本棚14棹が所狭しと並び、その8割が少女マンガで埋め尽くされている(しかも作家名50音順に並べられている)。もっとも敬愛するマンガ家はくらもちふさこ先生。

最終更新:2014/04/01 11:20
『ひきだしにテラリウム』
この快楽はマンガでしか味わえない!
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