[短期集中連載]オンナ1人で訴訟できるかな第3回

「ヤリ手弁護士、出てこいや!」賃貸トラブルが、ついに裁判へ!

2012/10/17 21:00

いつ誰の身に降りかかってもおかしくない、賃貸トラブル。とんでもない修繕費用を吹っかけられ、泣く泣く応じた人もいるのではないだろうか? 今回、そんな憂き目に遭ったライターが、一念発起。「こんな修繕費用は払わねぇ!」と、女1人、訴訟に乗り出した……!

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■予想の斜め上を行く返答が……

 内容証明を送った後、管理会社から届いた1通の葉書……いったい何を知らせてきたの? 「どうもすみませんでした、ご指定の金額振り込みました」かな? それとも「こっちの請求は正当ですよ」って証明? ヤリ手弁護士からの宣戦布告……? 

 しかしその内容は、またもや予想の斜め上を行っていたのである。

「お預かりしている敷金14万から、修繕費9万を差し引いた5万円を振り込みましたのでお知らせします。ありがとうございました」

 わあ、ありがとう! でもさあ、9万差し引いたって、もともとあなたたちが請求してきた金額だよね、これ。さてはヤリ手弁護士の作戦? それとも、ねえ、大家さんはヤギさんなの? せっかく内容証明で送ったお手紙、食べちゃったの?

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 あの内容証明には、「敷金全額(5,000円引いた額でいいよ!)返してね、さもなければ訴訟だよ」と書いた。それをヤギさん並みに堂々とスルーしてきて、「ありがとうございました」と勝手に終了の挨拶を述べている。いったいどうしたんだ、このヤギさんたちの自信は。ヤリ手弁護士に一体いくらつぎこんでるんだろう。

■いざ、簡易裁判所で提起!

 まあともかく、内容証明でもこちらの要求が通らなかった訳で、これで少額訴訟への段取りは整った。早速簡易裁判所へ少額訴訟を提起しに行こうではないですか(少額訴訟には「提起する」という動詞を使うんだって。法テラスの弁護士様が教えてくれました。勉強になるね!)。

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あまりに場違いだった、霞ヶ関……
(photo by ykanazawa1999 Flickr)

 元の住所も管理会社も神奈川だけど、筆者の現住所は23区なので霞ヶ関にある簡易裁判所へ向かった。神奈川の簡易裁判所でもいいらしいけど、自分ちに近い方で申し込んでやるよ、フン。来いよ神奈川のヤリ手弁護士!

 とはいうものの霞ヶ関に着いてみると、そこらを歩く人たちはみな眼鏡とスーツと黒髪で出来ていた。もしポロリとここで下ネタとかアニメの話なんかしてしまったら、真っ先に警報が鳴りそうだ。とことん自分には縁のなさそうなムードの地域であった。

 少額訴訟を提起するには、まず書記官さんたちが相談に乗ってくれるのだが、彼らがまた法テラスの弁護士様なみに親切なの。こちらの話を丁寧に聞いてくれるし、「9万ごときで訴訟を起こすの?」とか余計なことは言わないし、一生懸命こちらのやりたいことを叶えてくれようとする。そもそも少額訴訟は弁護士を雇わず素人が自分でやるための訴訟だから、アホな子相手でも、懇切丁寧に教えてくれるのだ。なんだか自分がいたいけな少女にでもなった気分である。少額訴訟についてせっせと調べてくる必要なんか全然なかったよ。

■固唾を飲んで審理を待つ

 こうして、賃貸借契約書、内容証明のコピー、今までのやりとりを書いた準備書面、シャッターの故障かというくらい無闇に撮りまくった証拠写真などを添えて、裁判所に提出した。これらは訴訟相手である大家と裁判所、自分と三者で共有する。

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これが裁判所に提出した書類。入居時の契約書
から証拠写真、請求書まで思いつくものは全部
入れといた。

 内容証明を送った時には、謎の泥処分代くらいは譲歩しないといけないのかなと思い、それを差し引いた金額を請求したのだが、ここまで来たからには、そんなわけのわからん項目、払いませんよ。そして敷金は引き渡しが完了した時点で支払い義務が生じるらしいので、遅延金もつけちゃえ。無事受付を済ませ、決戦の日である審理は約1カ月後である。

 ……審理では、いったいどんなバトルが裁判官の前で繰り広げられるんだろう。自分の証拠は足りているか? 裁判官の心証を損ねる書き方はしていないか? 理論武装は足りているか? ヤリ手弁護士はどう出てくるのか? ああ、武者震い。訴訟準備のために2回目の法テラスに行ったら、審理の前に「準備書面」というのを出すといいと言われたので、追加で作ってみた。要は「あたし、あんたの言い分はおかしいと思うんだよね」という理由をしたためた書類である。さあヤリ手弁護士、来てみろよ!

 ちなみに訴訟を受付した時に出し忘れた書面があった場合には、追加で送るとそれも採用されるらしい。今回作った準備書面も追加で送ることにした。逆に相手からも書面が送られてくることもあるようだ。こうしてそれぞれの言い分が整ったら少額訴訟は審理の日を迎える。そしてその日のうちに結審する。つまり少額訴訟の場合、裁判所に行くのは申し込みと裁判の日の2回だけなのである。

■いよいよ裁判の結果が出た!

 申し込みをしてから10日ほどして、裁判所から手紙が届いた。

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だいたい裁判所からはこういう封筒で送られてくる。いかにも堅気な感じ!

 いったい何の通知なのかな。ヤギさんたちからの反論? ヤリ手弁護士からの挑戦状? ドキドキして開けてみる。

「裁判所より:大家さんが残金+遅延金をあなたの口座に振り込んだので、裁判はもうしなくてもいいよね?」

 マジッスか! ここまで来て審理を体験できないとか、なんのいやがらせなの? っていうか、管理会社の内容証明までのあの強気は、勝算があったからじゃないの? ヤリ手の弁護士は? ヤギさんはどこ?

■ヤリ手弁護士は幻だったの?

 大いなる失望感を抱えて、裁判の担当書記官さんに聞いてみると、裁判に至らず、その前に相手が引いちゃうこともままあるらしい。こうして、引っ越しから始まった敷金全額返還バトルは、敷金全額に加えて数百円の遅延金を獲得して突然に終了した。……もしかして、ヤリ手弁護士というのは架空の人物だったのね……?

 完全勝利の結果を持って振り返ってみると、わかったことがいくつかある。大家や管理会社は、特に何の根拠もなく(ヤリ手弁護士も雇わず)、ただ「どうせ面倒くさがって払うだろ」「裁判なんかしないだろう」程度のノリで、過大な請求をしてきていたということだ。ガイドラインに則って説明しろとか言ったところで、できる訳がないのである。相手が壮大な戦略を練っているに違いないと思いこんでいたのは、実に『デスノート』(原作:大場つぐみ・作画:小畑健、集英社)の読み過ぎであった。

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 ちなみに相手が降りずに審理になった場合、裁判官が「こんなとこでどうですかね」と落としどころを提案してくるらしいが、ガイドラインに載っている判例からすると、大家の請求がまるまる認められる可能性はかなり低そう。借り主の請求が認められたにも関わらず相手が支払わない場合は、差し押さえの手続きが取れるらしい。これも心配していたんだけど、借り主は家主の振込先口座を知っている訳だし、あまり困難ではないみたい。

■オンナ1人で訴訟、総括!

 ものすごく気負ったにも関わらず、ヤリ手弁護士の姿は雲散霧消し、結果はあっけないものだった。「戦えば、勝てる」という言い伝えは本当だったのだ。内容証明、少額訴訟、審理、判決という流れの途中で解決することも多く、「やって損をした」結果になることはまずなさそうだ。内容証明、少額訴訟と、たった数日の稼働で9万円のプラスなら、労力に十分見合っていたと思う。何より、時代遅れの横暴な請求を許して、また新たな被害者を出してはいけない。被害に遭ったとき「世の中こういうものだ」「不運だった」で済ませてはいけないのだ。繰り返すけれど、「戦えば、勝てる」のである。

 そして最後にもうひとつオマケ。訴訟の片がついた後、裁判所からは申込時に払った切手(3,910円)の残額が返却されるはずだが、取り下げして1カ月ほどたっても送られてこなかった。電話してみたら「一応調べてみますけど……とっくにお送りしてますよ」とのこと。ポスト投函後に誰かに盗まれちゃったのかしらと思っていたら数日後、「送ったと思ってたのは勘違いだったよ」と、ごめんのひと言もなく切手が送られてきた。なんか一言あってもいいんじゃねえの? おまけに使われた切手代の明細もないので、何にいくら使われたのかもわからない。訴訟を受付してくれた書記官さんの素敵な対応は、見事にマイナスの思い出へと上塗りされました。

 賃貸のトラブルに関して、「戦えば、勝てる」のほかに、もうひとつわかったことがある。相談窓口、ガイドブック、そして最後の最後に裁判所までが、頼りにならなかった。「戦えば勝てる」けど、「自分の身を守れるのは、自分だけ」ってことも、よーくわかりましたとさ。

<おわり>

【オンナ1人で賃貸トラブル訴訟のポイント】
◆賃貸は業者の無法地帯
 修繕費用や敷金返還問題がこれだけ身近な賃貸トラブルであるにも関わらず、こういった問題に関して大家や仲介業者を取り締まる法律はないのだそうだ。だからトラブルが起こっても、警察や知事に報告してその業者を指導してもらう、なんてことができない。役に立たないガイドブックがボロボロと出版され、相談窓口ばかりがやたら沢山あるのは、そういうわけなのだ。

◆「戦えば、勝てる」は本当だった!
 契約書に書いてある特約事項も、裁判になればたいてい無効になるという。当たり前のように取られてる「クリーニング代」も実は根拠がなくて、もちろんこれも戦えば借り主が勝つらしい。つまりよほど部屋を使い物にならなくしない限りは、敷金は全額戻ってくるのである。でもそういうことは、相談窓口も、弁護士も、誰も教えてくれなかった。

◆更新料も実は……
 これまた当たり前に取られている更新料、そもそもは、年々ものの値段が上がっていったインフレ時代、更新日までに値上がっていただろう家賃の分を補填する意味で支払っていたものだとか。ということは、このデフレ時代、更新料を支払う意味が失われ、大家へのご褒美に成り下がっているのである。最近は礼金や更新料のない物件も増えているけれど、さてこの更新料、みなさんはどうします?

和久井香菜子(わくい・かなこ)
ライター・イラストレーター。女性向けのコラムやエッセイを得意とする一方で、ネットゲーム『養殖中華屋さん』の企画をはじめ、就職系やテニス雑誌、ビジネス本まで、幅広いジャンルで活躍中。 『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』(カンゼン)が好評発売中。

最終更新:2012/10/17 21:31
『DEATH NOTE デスノート(1)』
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