[不定期連載]同じアホなら、見るだけで。

胴上げ禁止!? しめやかに執り行われる、京都大学の合格発表

2011/03/14 11:45

――「踊る阿呆に見る阿呆、同じアホなら踊らにゃ損々」と言うけれど、どうせ同じなら「見るだけ」の方がだんぜん楽でしょ! ということで、日本中、いえ世界中の「変な大会」をナナメ切り。参加者、観客まで余すことなくウォッチング。

 総決算の日がやってきた。詰めに詰め込んだ知識を放出し、目指す肩書きを手に入れるための努力が報われるかどうかが判明する日。3月10日は、受験生にとってそんな日である。

 不本意にも、受験のまっただ中に注目を集めることになってしまった京都大学。茂木健一郎にケンシロウ(『北斗の拳』)のごとく「お前は死んだ!」と言われても、東大と並び、受験生憧れの大学のひとつだ。掲示板を見て泣き出す人、ガックリ肩を落とす人、思わず胴上げしちゃう仲間たち。そんな悲喜こもごもな人生模様が見られるに違いない。これは是非ナマで見てみたい。熱い期待を胸に、合格者が掲示される正午すぎ、キャンパスへと向かった。

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 仕事の関係で京大のキャンパスにはよく来るのだが、今まで経験したことのない人出だ。しかしその割には物静か。その人だかりの正面、学部の掲示板に、番号が羅列された紙が貼ってある。

 人混みを見渡すと、その7割はウィンドブレーカーを着て、チラシを手にしている。部活やサークルの勧誘だ。それから某通信教育サービスの人々(合格者のコメントをもらうのだそうな)、下宿の世話をしてくれる不動産屋。番号を必死に書き留める進学塾関係者、各種メディア、そして肝心の受験生は……。ほんっと見あたらない。要は人混みの9割は受験生に何らかの理由(取材か勧誘か)で取り入ろうというハイエナたちなのだ。

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 この中に、受験生はたったの3名(野鳥の会的な大ざっぱなカウント)

 しかしようやく、ハイエナたちをかき分け、おぼこな受験生が登場した。ハイエナの視線は、一斉に彼に集中する。受験生は掲示板を見つめながら近づいていく。ハイエナたちが、息を呑む。受験生は自分の番号があるらしいあたりを凝視している。……番号は見つかったのか? 見つからないのか? 番号を発見したなら、ぐっとガッツポーズを取ったり、思わず顔がほころんだりするはず……なのだが、わからない。彼らは一様に、掲示板を見つめて、表情ひとつ変えないのである。

 この日のために必死に机に向かった、その努力が報われるか否かを左右する掲示を見て、みなロボットのように無表情。雅な古都京都だけに、万歳はしてはいけないとか、感情はグッと噛みしめ公家マナー、みたいな決まりでもあるのか。

 しばらく観察していると、どうやら掲示板を見つめ、携帯を取り出して掲示板を写メしたら合格していた、ということのようだ。そしてそれを合図に、どっと周りのハイエナたちが受験生を取り囲む。両手に次々とチラシがつまれていき、個別の勧誘へと連れて行かれる。その後ろには、勧誘待ちする先輩たちが列をなしている。無表情だった受験生は、先輩たちからの厚い歓迎を聞くうちに、だんだんと表情がほころんでくる。えっ、今? 掲示板を見た時はスルーなの?

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合格者は、サークル勧誘の後にメディアの取材と仕事がいっぱい

 それにしても、このしめやかな雰囲気で行われる合格発表は、いったいなんなんだろう。とても、長い努力に見合った感情表現をしているとは思えない。

 それにはいくつか理由があった。まず、同日の同時間に、大学サイトで合格者の発表がある。遠方に住んでいたり、結果に自信のない受験生は、自宅でチェックをするようだ。よって実際に足を運ぶ受験生の絶対数がグッと少ない。

 それから、熱い受験生たちは開示の瞬間を待ち、和久井が到着した12時10分にはとうに喜びのガッツポーズを終えて勧誘の輪につかまっているか、さっさと帰路についてしまっていたらしいのだ。

 つまり時間に遅れて掲示を見に来るような受験生は、合格のに自信があり、到着時間にも余裕を見せ、あらゆる意味で余裕ぶっこいてて、「受かってるようですが、それがなにか?」という感じなのだ。

 ひと組の親子が掲示板に近づいてきた。受験生が「あ、番号がない」と瞬時に見極めたにもかかわらず、母親は諦めきれずに掲示板を凝視していて、受験生に腕を引っ張られている。受かっても落ちても、とことん受験生たちはクールなのだ。

 むしろ受験生よりもカラフルなのは勧誘する方。数少ない受験生を取り合い、「俺たちが先に声かけたんで」などとライバル勧誘を押しのけたり、金髪ギャルたちがキャーキャーと受験生をチヤホヤと持てなしてチラシを渡し、「よろしくお願いしまーっす♪」などと言って別れた直後に、「なんか、勉強ばっかりしてきましたーって感じで、チョーキモーい」などと態度を一変させて黒い顔になったり、受験生の気を引こうと記念写真を撮る手伝いをしたり、「高校どこ? へー、頭いいね!」などとおべっかを言ったり、テンションが高く色鮮やかなのである。

 かと思えば、正門前にタクシーで乗り込み、母親に連れられて振り袖着てやってくる謎の受験生の姿も。なぜ今日、振り袖? 公家社会だから? 到着時刻は、14時前。12時からのネット発表を見て、マッハで着付けてやって来たのか? なんのために? 喜びの表現は、もっと他にあるんじゃないのか?

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もしかして、卒業式帰り?

 聞いてみると京大は「静かに合格発表を噛みしめる」校風で胴上げも禁止だとか。しかし、悲しいことにこの日が人生最高、頂点の日になってしまう受験生も多いだろう。社会に出れば、評価の項目は多様化し、「ただ勉強をしていれば褒められる」ことはなくなってしまうからだ。だったら、この日くらいは、公家のマナーも古都のしきたりも一切忘れて、思う存分体中で喜びを表現したらいいのに、と思うのだけれど。

和久井香菜子(わくい・かなこ)
ライター・イラストレーター。少女向けのコラムやエッセイを得意とする一方で、ネットゲーム『養殖中華屋さん』の企画をはじめ、就職系やテニス雑誌、ビジネス本まで、幅広いジャンルで活躍中。 『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』(カンゼン)が好評発売中。

『京都大学合格の秘訣―トップ合格者たちのメッセージ』

やっぱ喜ばないもの?

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最終更新:2011/03/14 11:45
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