[連載]マンガ・日本メイ作劇場第4回

男はもう女を救わない、少女マンガとして夢を与えることを放棄した『こころ』

2011/01/31 21:30
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『こころ』(ももち麗子、講談社)

――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてきぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史に燦然と輝く「迷」作を、紐解いていきます。

 少女マンガというのはもともと、少女たちに夢や希望を与えるために作られた。だからお姫様の話だったり、立身出世してアイドルになったり(女の立身出世というのは、この手のものになるってことである)金持ちと結婚したりという話が多いのだ。

 もちろん今でもその傾向は強く残っており、少女マンガの基本は、愛と成長とたまーに金、である。しかしマンガ文化が発展するに従い、少女にもはや夢を与えない作品が登場するようになった。ももち麗子の描く作品はその筆頭である。

 そもそもタイトルが「問題提議作品集」。夢や希望どころか、問題を提議されちゃうのだから重そうだ。この「問題提議作品集」に共通するのは、次のような構成。何となく軽い気持ちで悪事を始める→調子に乗っちゃう→痛い目に遭う→主人公反省して更生、である。今回はその中でもスリルとスピード満点の『こころ』を取り上げたい。

 『こころ』は、がんばって入学したお洒落高校で、主人公の吉田めぐみ(ヨシダメ)が、自分のついた見栄っぱりウソがきっかけで万引きをするようになる話だ。学校では友達ができなかったのだが、万引きで仲間ができたことから、その世界にドップリとはまっていく。で、全4巻をひと言でまとめると、「ザ・万引きバトル!」である。

 最初はためらっていた万引きだが、ヨシダメはみるみる腕を上げていく。そうして万引きGメンと真っ向勝負だ。ヨシダメを見張るGメン、そしてその前で万引きをしようとするヨシダメ。ふたりの攻防戦は14ページにわたって繰り広げられる。そしてまんまとGメンを出し抜き、万引きを成功させた上に、Gメンには見抜かれることなく、えん罪を着せられたと土下座をさせるのだ。もー万引き最高! 絶好調! というシーンである。このあたりがバトル1である。

 しかしこれは「犯罪推奨作品集」ではなく「問題提議作品集」なので、万引きにより重たい事件が次々に起こる。少女マンガの主人公はいつだってよく反省し、よく更生するので、ヨシダメもついには「万引きはよくない」とか言い出す。ここからがバトル2である。次々と万引き犯とヨシダメとの攻防戦が繰り広げられ、今度は、ヨシダメが万引きを取り締まる側に立ち、次々と万引き犯を捕まえ出すのだ。自分がやっていたからこそ、店の穴が分かり、万引き犯の気持ちが読めるのだとか。

 そうしてすっかり万引きから足を洗ったヨシダメだが、それが面白くない元・万引き友達から強請を受けるようになる。「万引きしてたことをバラされたくなかったら言うことを聞け」と。これがバトル3である。つまりは因果応報、改心しただけでは罪は拭われないとな。結局、ヨシダメは自分の万引き経験を隠さずオープンにすることでその罪を引き受け、涙、涙で反省して話は終わる。

 ところでこれら「問題提議作品集」をはじめ、最近の少女マンガの新しい特徴がひとつある。それは「もはや男は女を救わない」ということ。ヨシダメには波多野くんという、1巻で登場してから2巻半ばまで読者に名前を紹介してもらえない、かわいそうな彼氏がいるのだが、ヨシダメの苦境を救う訳でもなく、ただのアウトサイダーないい人なのだ。リアルでは草食系男子が増えているなんて話があるけど、マンガでもそれはしっかり反映されているようだ。

 ヨシダメを救うのはむしろ万引き友達のアズである。クラスメイトに化粧品を持ってこいと言われた時も、万引で捕まりそうになった時も、クラスメイトにいじめの仕返しをしてくれたのも、悪者に追われた時も、いつだって助けてくれたのはアズだ。これらは本来、男の役割だったはずだ。問題を提議する作品は、こういうところまでリアルに、少女に夢を与えない。

 現実の情報として万引きを知るにはいい話だ。だけどこれら「問題提議作品集」で犯罪に手を染めていく少女たちは、揃って自分の居場所を求め、満たされない思いを抱えている。「安易に堕落しては痛い目に遭うよ」とは言っているけれど、じゃあその居場所や思いをどうすればいいのかは教えてくれない。犯罪に手を染める前に、どうすればこの満たされない思いが癒やされるのか、それを教えてくれなければ、本当の意味で犯罪へのブレーキにはならない。そう考えると、王子様が少女を守って救ってくれる、夢見る少女マンガは、ある一定の役割を果たしていそうだ。辛い現実は、少女マンガ画を読むことで一瞬であっても忘れられる。夢を持つというのは、力を与えてもらえるということだ。

 だけど、主人公には犯罪に手を染めてもらわないと、話がえらく地味になる。だからこれらの作品の主人公たちは、落ちるところまで落ちて、読者をスリルに巻き込むのだ。つまり『こころ』は、やっぱり「ザ・万引きバトル!」なのである。

■メイ作判定
名作:迷作=5:5
(文・イラスト=和久井香菜子)

和久井香菜子(わくい・かなこ)
ライター・イラストレーター。少女向けのコラムやエッセイを得意とする一方で、ネットゲーム『養殖中華屋さん』の企画をはじめ、就職系やテニス雑誌、ビジネス本まで、幅広いジャンルで活躍中。 『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』(カンゼン)が好評発売中。

『こころ』

みんな現実逃避したいのにね

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最終更新:2014/04/01 11:39
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