[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

韓国映画『アシュラ』、公開から5年で突如話題に!? 物語とそっくりの疑惑が浮上した、韓国政治のいま

2021/10/08 19:00
崔盛旭(チェ・ソンウク)

 近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし、作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『アシュラ』

『アシュラ』/ポニーキャニオン

 現在韓国では、2022年3月に控えた大統領選挙をめぐって、与野党が擁立する候補者選びの真っ最中だ。軍事政権時代、権力の長期化がもたらした政治腐敗への反省から、任期5年、再選不可というシステムになっている韓国大統領制だが、それでも在任中は大統領に強大な権力が集中することから、時には欲に負けて本人や家族が罪を犯し、時には疑惑をかけられて、その後不幸な末路を迎えた大統領経験者も少なくない。

 野党・保守政党は、親友で占い師でもあった女性に政権の舵取りを頼っていたパク・クネ前大統領の記憶の払拭に躍起になり、与党・革新政党は珍しくクリーンなイメージを維持し続けたムン・ジェイン現大統領の成果作りと、保守寄りのメディアが野党と組んで仕掛けてくるネガティブキャンペーン(韓国では「黒色宣伝」という)をかいくぐるのに必死である。

 そんな中、最近メディアやインターネット上で「역주행」(ヨクチュヘン、逆走行)という言葉が多く見られるようになった。本来は日本語の「逆走」の意味にあたる言葉だが、音楽やドラマ、映画などで「最初の反応はイマイチだったが、時間がたってから何らかの理由により社会的に大きく注目される現象」として、ここ数年使われるようになったものだ。

 そして、この大統領選挙をめぐって、1本の映画がまさに「逆走行」的に大きな話題を呼んでいる。権力の横暴を極端な暴力にデフォルメして象徴的に描いた『アシュラ』(キム・ソンス監督、16)だ。

 二枚目俳優として高い人気を誇り、これまでは「善い人」役を演じることの多かったチョン・ウソンが、権力と癒着した腐れ刑事に挑戦し、目を覆うほどの悪態ぶりを発揮した意欲作だったが、公開当時の観客の反応はあまり好意的ではなかった。

 誰一人として善い人間が登場せず、ファン・ジョンミンやクァク・ドウォンといった実力派俳優たちが喜々として悪を演じているが、「最高級食材を使ったまずいビビンパ」といった冷笑的なレビューが多かったのだ。それなのに公開から5年もたって、本作は突如「逆走行」を巻き起こし、韓国のNetflixでは人気ランキング第2位にまでのし上がった(10月1日付)。

 今回のコラムでは、この『アシュラ』と大統領選挙がどのように絡み合い、映画の「逆走行」をもたらしたのか、そして映画のテーマでもある「政経癒着」が韓国の現代史をいかに覆い、この国の暗部を形成してきたかについて紹介することにしよう。

<物語> 

 再開発を控える韓国の地方都市・アンナム。刑事のハン・ドギョン(チョン・ウソン)は、権力と利権のためなら手段を選ばない市長のパク・ソンベ(ファン・ジョンミン)の悪行の後始末を行い、カネをもらっている。末期がんを患うハン刑事の妻は市長の妹でもあり、2人は義理の兄弟関係であった。妻の治療費が必要なハン刑事は、市長の不正を暴露しようとする動きを暴力で潰すなど、パク市長の言いなりになっていた。一方、市長を内密に捜査している検事のキム・チャイン(クァク・ドウォン)は、ハンの弱みを握り、市長の悪事の決定的な証拠を手に入れるスパイとして利用しようと画策。市長と検事の間で板挟みになっていくハン刑事は、ついに両者を直接対峙させ、事態は修羅場と化していく……。

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「これが現実だったら怖いな〜」と思った5年前……
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