『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』著者・巣内尚子さんインタビュー(前編)

『奴隷労働』著者・巣内尚子氏に聞く、ベトナム技能実習生の現実(前編)――奴隷生む闇の“産業”

2019/10/31 15:00
サイゾーウーマン編集部(@cyzowoman
巣内尚子さん

 4月1日の出入国管理法改定から半年。日本では外国人労働者の受け入れが拡大しているが、国内では依然として技能実習生をはじめとする外国人労働者の処遇をめぐる問題が深刻だ。今年6月、ドキュメンタリー番組『ノーナレ』(NHK)がベトナム人技能実習生の労働条件や居住環境を映し出し、その凄惨な実態が明らかになると大きな反響を呼んだ。そうした企業での酷使や暴力などの実態は、多くのメディアが報じているが、巣内尚子さんの著書『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社)は、受け入れ国である日本だけではなく、送り出し国のベトナムの現状についても取材し、問題点をえぐり出している。外国人技能実習生問題の背景に広がる、深い闇の構造ついて聞いた。

ベトナム政府は労働者の送り出しを「労働力輸出」政策として推奨

――本書は、「反貧困ネットワーク」(代表世話人・宇都宮健児弁護士)が決定する「貧困ジャーナリズム賞2019」を受賞されました。おめでとうございます。

巣内尚子さん(以下、巣内) ありがとうございます。とても光栄なことです。私は国際社会学と移住現象のジェンダー分析を専攻しており、以前からアジアや日本国内で、海外就労経験のあるベトナム人や、外国人労働者の支援者に聞き取りをしてきました。私には人を支援する力はありません。いつも誰かの話を聞きに行き、その人たちの声を伝えることだけしかできなかったのですが、今回の賞は日本で働く外国の方とその支援者の皆さんに贈られたと思っています。この場をお借りして、本書の取材にご協力いただいたベトナム人技能実習生の皆さん、カンボジアと中国の技能実習生、フィリピンの労働者の皆さん、外国人を支援されている皆さんに感謝を申し上げます。

――今回の受賞は、技能実習制度が日本だけでなくベトナムにおいても「もうかるビジネス」として機能していること、それによって搾取による貧困や暴力など、重大な人権侵害が繰り返されていることが明らかにされた点が評価されたそうですね。

巣内 はい。現在、日本の外国人技能実習生の半数近くがベトナム国籍ですが、ベトナム人技能実習生は、来日するためにベトナム側の送り出し機関に高額の渡航前費用を支払っています。この渡航前費用のために、技能実習生が莫大な借金を背負っていることが問題だと思います。

 日本の技能実習制度では、技能実習生の送り出しを担う国の組織を「送り出し機関」と呼びます。ベトナムの送り出し機関は同国政府から事業免許を付与された機関なのですが、現地では「仲介会社」「労働力輸出会社」と呼ばれています。またベトナム政府は、日本や台湾、韓国など海外への労働者の送り出しを「労働力輸出」政策として位置付け、推奨しています。「労働力輸出」という言葉はぎょっとされる方もいるかもしれませんが、ベトナムでは政府はこの言葉を普通に使っており、外貨獲得、貧困削減、失業対策のための施策として位置付けています。この政策の下、送り出し機関は営利目的のビジネスを展開しているわけです。

 ベトナムからは技能実習生としてだけではなく、留学生として来日する人も少なくありません。ジャーナリストの出井康博さんが、仲介会社に多額の費用を払い、借金をした上で来日する留学生の問題を指摘されています。私も、やはり多額の渡航前費用を借金により工面して来日してきたベトナム人留学生に聞き取りをしました。留学というルートでの送り出しもまた、仲介会社にとってはビジネスの対象なのです。

――渡航前費用はいくらぐらいするのですか?

巣内 技能実習生が送り出し機関に支払う渡航前費用はその内容が明確ではなく、ブラックボックス化しています。中には、日本の監理団体や受け入れ企業への接待費用やキックバックなどが、この手数料に上乗せされるケースもあるといわれています。ジャーナリストの安田浩一さんが2007年に発表された『外国人研修生殺人事件』(七つ森書館)では、中国の方たちが送り出し機関に高額の渡航前費用を支払い、来日していることが指摘されました。私がベトナム人技能実習生への聞き取りをする中で、中国からの送り出しと同様の渡航前費用の問題があることがわかり、国を超えて問題が繰り返されていることに驚いたんです。

 そして、技能実習生の賃金はそう高くない上、賃金から社会保険料、税金、寮費などが引かれると、手取りは10万円に届かないこともあります。聞き取りした技能実習生の中で賞与をもらっている人はいませんでしたので、年間の手取りは100万円を切ることもあります。少ない手取りから渡航前費用の借金を返すわけです。技能実習生をめぐっては、労働問題が指摘されてきたわけですが、賃金の低さと渡航前費用の借金に起因する貧困状態もまた問題なのです。

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