インタビュー【後編】

「韓国ヘイト」への批判は「表現の自由」を脅かすのか? 憲法学者・志田陽子氏の見解

2019/10/10 13:00
サイゾーウーマン編集部(@cyzowoman
志田陽子氏

 最近、世間で話題になる機会が増えた「表現の自由」とは何か――『「表現の自由」の明日へ 一人ひとりのために、共存社会のために』(大月書店)の著者である憲法学者・志田陽子氏へのインタビュー前編では、選挙演説における「ヤジ排除」は、「表現の自由の侵害にあたるのか」を中心に、話をお聞きした。後編では、「差別表現」への批判や規制に対しても指摘される「表現の自由の侵害」をどのように捉えるべきか、考えていく。

(前編はこちら)

「私が傷ついたから」という表現規制は危ない

――「表現の自由」の侵害が問題になるとき、決まって「公共の福祉に反する場合、表現の自由は制限される」と唱える人が出てきます。『表現の不自由展・その後』中止問題で、「表現の自由の侵害だ」と声が上がった際にも、自民党の杉田水脈衆院議員が、「憲法第21条で保障されている表現の自由は、『公共の福祉』による制限を受けます…」とツイートしていました。この公共の福祉とは、一般的に「社会全体の共通の利益」「人権同士が衝突するのを調整するための原理」と言われますが、現実において、どのように捉えるべきでしょうか。

志田陽子氏(以下、志田) 表現の自由に関する裁判において、必ず持ち出されるのが、この憲法第12条・13条に規定される「公共の福祉」です。昔の判例は、この言葉を用いて、表現の自由を含む「自由権」を簡単に制限できるような説明をしていましたが、今では「公共の福祉」の中身を、もっと具体的な言葉で説明する流れになってきています。表現の自由を制限してもやむを得ない理由が本当にあるのか、それはほかの人のどんな権利や利益を守るために必要なのか、説明できなくてはいけないのです。

――ヤジ排除問題で批判の声が上がった際も、柴山昌彦文部科学相(当時)が、「公共の福祉」をもって反論していました。

志田 本来は、「公共の福祉」が一般人の表現を上から押さえつけるための言葉として使われるのは間違いなのです。一般の人たちが、民主主義の社会を作り上げていく過程で、一人の意見に従うのではなく、大勢で意見を出し合いながら、それを聞き、集約していく……その社会の動き全体を「公共」と言い、その「公共」を大事にすることが「公共の福祉」なのです。公共の空間での「表現の自由」を守ることこそ、「公共の福祉」にかなうことであるはず。「公共の福祉」と「自由権」は本来、そのような形で、循環していくべきものです。しかし現実には、「表現の自由」に対して対立的に制約を課してくる法律もありますから、その時には、「公共の福祉」で終わらせず、「誰のどの権利を守るために表現を制約しなければならないのか」と問うことが必要ですね。

――最近では、差別表現など、誰かの心を傷つける可能性があるものに関しては、表現の自由が規制されるべきだという論調もあります。

志田 確かに最近、特に差別表現において、「誰かの言葉で傷ついた」というのが、法的な問題になりつつあります。ただ、どこかで線引きをしなければ、「私にとって不愉快だから、あなたの表現を塞いでもいい」という“傷ついたもん勝ち”の世界になってしまう危険性も。例えば、『白雪姫』には、自分がこの世で一番美しいと信じる魔女が登場し、自分より美しい容姿の白雪姫という存在にショックを受けて、彼女を殺そうとしますが、「私にとって不愉快だから、あなたの表現を塞いでもいい」がまかり通ると、この魔女の行為を認めることになります。美しい容姿を隠さず出すことも、自己表現の一つですから。意見の違うものや不快なものを見せつけられたときの“単なる苛立ち”は、それを排除する理由にはなりません。排除するためには、自分の「人格」に根差したものが、権利として傷つけられたことを示さなければいけないのです。

――具体的には、どのようなことなのでしょうか。

志田 例えば、騒音問題。Aさんが騒音を立て、隣の家のBさんが迷惑しているとします。その際、Bさんに健康被害が生じてなくても、平穏な生活を壊しているという事実があれば「Bさんの『人格』を侵害している」としてAさんの「表現の自由」は制限され、騒音を排除できるのです。

 しかし、見ないこと・聞かないことで自ら防ぐことのできる「表現」を、わざわざ追いかけて行って、「これは社会にとって不愉快だから」と排除する権利はありません。表現は常に誰かを不快にするリスクがある。誰かを不快にさせたから、その表現は社会に出てはいけないとすると、ありとあらゆる表現が成立しなくなってしまいます。

「表現の自由」の明日へ 一人ひとりのために、共存社会のために / 志田陽子
「自由の土俵」にのっているかに着目することを忘れないように
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