【特集】「慰安婦」問題を考える第2回

なぜ兵士は慰安所に並んだのか、なぜ男性は「慰安婦」問題に過剰反応をするのか――戦前から現代まで男性を縛る“有害な男らしさ”

2019/08/09 19:30
小島かほり

レイプや慰安所の利用の根底にある、徴兵制度と作られた「男らしさ」

――2点目は?

平井氏 慰安所の利用やレイプは、弱者(女性)への攻撃を通じて連帯する「戦士兄弟たちの儀式」「男同士の絆の確認」ということです。「ホモソーシャルな同調意識」というべきでしょうか。実際に戦地に行った故・曽根一夫さんという方が『続私記南京虐殺―戦史にのらない戦争の話』(彩流社)という本で、初めて強姦したときのことを書いています。自分では強姦することに躊躇してるんだけれども、周りの兵士から「まだようせんのか?」と言われたので、「男としての虚勢を張り」強姦をしたのだと。慰安所に行かなかったりレイプに参加しなかったりすると、「腰抜け」「男じゃない」というレッテルを貼られる。明治以降、徴兵制度が敷かれる中で、男性たちは徴兵検査によりランキングされてきました。その中で「戦闘の力の強い男ほど、優秀な男」と、「男らしさ」を内面化していく。軍において、「腰抜け」は最大の恥辱になります。

 これが軍隊が作る性暴力のメカニズムで、近代的な軍隊の指揮者たちは兵士の性的欲求を戦闘行為に誘導し、利用してきたのです。新兵は、訓練を通して、戦闘能力と「男らしさ」を身につけ、精神的・身体的にタフで攻撃的であるかを競わされ、それにより出世する。このような「男らしさ」と性暴力が結び付けられている構造を理解しないと、「個人の性欲」に矮小化されてしまう。

――各国共通に戦時下の性暴力メカニズムがあることは理解できましたが、日本軍による慰安所設置やレイプの規模の大きさはほかに類を見ません。日本軍の固有の問題は?

平井氏 アジア太平洋戦争が無謀な侵略戦争であり、それがゆえに兵士が人権的観点から見てものすごく軽く扱われているということです。戦況が厳しくなるにつれて、食料や物資などの補給路がなくなるので、「現地自活」と言われる。「現地自活」と聞こえはいいですが、要は中国など戦地国の民衆から略奪しろということで、そこには女性の略奪まで含まれる。

――総力戦になるにつれ、「馬よりも兵士の命の扱いが軽くなっていった」という指摘もありますね。

平井氏 そうです。通常、軍隊には物資を運んでくれる輜重(しちょう)部隊がいるのですが、日本軍の場合は自分たちで体重の半分ほどの荷物を持って延々と行軍させられる。一度召集されると、そのまま戦地で何年も留め置かれる。米軍だと、半年招集されると、半年は後方部隊に回してもらったり国に帰してもらったりする。特別サービス班が同行して、レクリエーションとかスポーツを企画し、精神的に休憩させます。それに対し、日本軍は常に前線を転戦し、休暇がない。たまに慰問団が来るぐらいで、そんな中、「殺伐たる気風を和らげるため」に設けられたのが慰安所なんです。アジア太平洋戦争は、兵士にとって大義名分が理解できない戦争。「東洋平和のため」「聖戦」と言われてましたけど、前述の曽根さんは「やっていることは略奪行為」と書いていました。戦争の目的が示されないままに理不尽な命令をされ、前線に張り付かされている。戦争への疑問がムクムクと湧き、上官への不満も募る。そんな兵士たちに唯一与えられたガス抜きが「慰安所」だった。

――本来は現地での強姦事件を抑止するために設置された「慰安所」ですが、まったく強姦が減らなかったという事実にも驚きました。

平井氏 「慰安婦」に対価を払う慰安所が設置されたことで、兵士たちは「軍が買春を公認した」と思い、それなら「タダでやれる買春」(レイプ)もやっていいだろうと、かえってレイプ事件が増加したと言われています。慰安所は、強姦の歯止めにはならなかった。

――南京事件では、強姦のみならず、猟奇的な性暴力や殺害も見られたといわれていますが、そこまで暴力性が増した原因なんだったと思われますか?

平井氏 猟奇的な性暴力は南京だけでなく、三光作戦などを通じて中国全土で恒常的に行われました。『戦争における「人殺し」の心理学』(筑摩書房)という本を書いたデーヴ・グロスマンは、殺人とセックスの結びつきやすさについて、「性器(ペニス)を犠牲者の体内に深く突き通すことと、武器(銃剣やナイフ)を犠牲者の体内に深く突き通すこと」は、「征服行為」であり「象徴的な破壊行為」であると言っています。

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