[官能小説レビュー]

恋愛小説が描くセックスの醍醐味――ベッドシーンが作品の全てを物語る『ナラタージュ』

2018/03/27 18:55
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『ナラタージュ』(角川書店)

 数ある恋愛小説の中にもセックスは描かれているが、官能小説と異なるのは「セックスを描くことが目的」ではなく、「恋愛を描くことが目的」だという点である。しかし、恋愛を語る上でセックスはもっとも重要な通過点のひとつであり、セックスを描くことによって物語の本筋である恋愛が色濃く浮き彫りになる。今回ご紹介する『ナラタージュ』(角川書店)のセックス描写は、その代表的な例だ。

 昨年映画化されて話題になった本作は、大学2年生の泉が母校の教師である葉山へ抱く、切ない思いを描いた恋愛小説である。

 高校在学中は演劇部に在籍していた泉の元に、葉山から連絡が入る。顧問である葉山から「演劇部の公演に参加してほしい」と頼まれるのだ。当時、いじめにあっていた泉を助けてくれた葉山は、彼女にとって唯一の拠り所であり、卒業式の日に2人はキスをしたが、関係が発展することはなく、それきりとなっていた。泉が母校に行くと、同じ卒業生である親友の志緒や彼女の恋人の黒川、そして黒川の友人の小野も演劇部の公演に参加することになる。

 葉山と再会し、再び定期的に会うようになった泉の心には、高校生時代に抱いた葉山への思いが蘇る。泉は卒業する前、葉山から結婚していて、妻が精神的に病んでしまったことを打ち明けられていた。当時は泉のことを失いたくない一心で離婚をしたと嘘をついた葉山であったが、実はまだ別れていなかったのだ。再会後に嘘をつかれていたことを知って動揺した泉と、彼女を深く傷つけてしまった葉山は、互いに「もう2人きりで会うことはやめよう」と決意する。そして泉は、演劇部の手伝いをしている小野との距離が縮まり、付き合うことになるのだが――。

 この物語のキーとなるのが、映画化された際に話題にもなった、葉山と泉のベッドシーンである。物語の後半では、やはり互いの思いを断ち切ることができなかった2人が、たった一夜だけ肌を重ねることになる。強く惹かれあう彼らが「別れ」のために行うセックスの様子が淡々と丁寧に描写されている。

 決してストレートな表現をしているわけではないのに2人の息遣いまで聞こえてきそうなほどににいやらしく、切ない思いが凝縮されている数ページは、この物語の集大成であり、この作品の全てを物語るにふさわしいものとなっている。本作は、セックスが恋愛の延長上に成立しているということを痛感させてくれる作品である。
(いしいのりえ)

最終更新:2018/03/27 18:55
ナラタージュ (角川文庫)
ストレートでない表現が想像力をかきたてる
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