『女子と乳がん』著者・松さや香さんインタビュー

「乳がん闘病=お涙頂戴」ムードに違和感! 寛解した女性が世間に“異議”を唱える理由

2018/02/07 15:00

普通に生活していることを伝えたかった

 美しい愛の物語ほどわかりやすく、大衆に響くものはない――そのことを松さんが実感したのは、前著『彼女失格』制作中。ある編集者が放ったひと言だった。

「日本人ってかわいそうな話が大好きだから、生きている人の闘病記って売れないんだよね〜」

 松さんは当時を振り返り、「言いたいことはわかるけど、言い方ってもんがありますよね」と笑って話すが、これまでの治療をすべて否定されたようなショックを受けたという。

「たしかに、その言葉に対しては、『ほんとそうですね』としか言いようがないです。でも、マスコミ側にいる人ならば、“売れる”ことの先にある価値を社会に対して投げかける必要があるんじゃないかな、とも思っています」

 耳の痛い話だが、どうしても“わかりやすい展開”に持っていってしまう、根深い職業病がマスコミ側にはまん延している。実際に取材を受けることも多い松さんは、周囲から押し付けられる乳がん患者としてのイメージに、何度か首をひねった経験があるそう。

「麻央さんの訃報以降に受けた取材記事の中で『彼女の遺志を継いで活動している松さん』と書かれたことがあって。いやいや、遺志なんて継いでないし、なんなら私のほうが先に罹患してるよ!? と、思わずツッコんでしまいました(笑)。おそらく、読者に伝わりやすい方向にまとめた結果、“遺志を継ぐ”という表現になったんだろうけど、そこまでわかりやすく感動に持っていかなくても……とは思いますね」

 そうした世間の感覚とのズレや、小さな違和感の集大成が『女子と乳がん』につづられているのだ。

「この本は、私自身をはじめ、これまで乳がんに関わった人たちの“違和感”をまとめた、壮大な愚痴本なんです。この本で誰かの人生を変えられる、なんておこがましいことは思っていないので、読者の方には『あんないい加減な人でも生きていけるんだ』くらいの感想をいただけたら御の字ですね。あくまで、社会の一事例でありたいんです」

 「社会の一事例」となるために彼女が選んだのは、“普通に働くこと”だった。乳がんの罹患、著書の出版など、さまざまな経験を経た後も人生は続く。働かなければ、と奮起し、治療終了後の37歳から先日まで、国際線の客室乗務員として働いていた。

「『病気になったからこそ、自分にしかできないことをしたい』という方もいるのですが、私は病気になったからこそ、普通に働きたかったんです。自分にしかできないことよりも、『乳がんになっても、みんなと同じ普通の人間だよ』ということを伝えるほうが、意義があるように感じています」

 メディアも大衆も「美しい死が尊い」とされる風潮の中で、病後「普通に生きること」を貫く松さん。彼女がしたためた“壮大な愚痴本”は、世の中に違和感や立ち行かなさを感じている人々に、そっと寄り添う一冊となっている。
(真島加代/清談社)

松さや香(まつ・さやか)
東京都生まれ。日台ハーフ。29歳のとき若年性乳がんに罹患し、治療中に編集者、国際線客室乗務員を経験し、現在寛解。ブログやコラムを連載し、著書に『彼女失格 恋してるだとか、ガンだとか』(幻冬舎)、『女子と乳がん』(扶桑社)がある。

最終更新:2018/02/07 15:00
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