[サイジョの本棚]

「私にとって恐ろしき存在」江戸川乱歩と横溝正史、知られざる“少年漫画”的な友情

2018/01/07 21:00

 新年を迎えて、新たな世界を広げたい人へ、本がもっと楽しくなる「読書が捗る本」2冊を紹介したい。

『江戸川乱歩と横溝正史』(集英社/著:中川 右介)
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 『怪人二十面相』シリーズなどで知られる江戸川乱歩と、『八つ墓村』など「金田一」シリーズで知られる横溝正史。どちらも、戦前・戦後にかけて大衆から熱い支持を受けた探偵小説家だ。両氏の作品を読んだことはなくても、探偵役の主人公が「江戸川」「金田一」と名付けられているような漫画を知らない人はほぼいないだろう。小説に限らず、映画や漫画、アニメなど、日本のミステリージャンルには乱歩と横溝両氏が生み出した作品群の影響が、まだまだ色濃く残っている。

 日本の探偵小説界をけん引したこの2人が、友人であり、かつ編集者としてお互いの創作活動を支え、時に苦言も呈するライバルであり続けたことは、あまり多くの人に知られていない。『江戸川乱歩と横溝正史』は、そんな2人の濃密な交友関係に焦点を当て、出会いから最期までどのように影響し合ったか、当時の資料や書簡を丹念に追った評伝だ。

「横溝正史君は私にとって恐ろしき存在である。(略)誰の批評よりも彼の批評が、私には一番ギクンとこたえるのだ」(乱歩)
「『負けるもんか。負けるもんか』とよく言ってましたよ。髭を剃りながらでも顔を洗いながらでも、ご不浄いきながらでもね。しょっちゅう乱歩さん、乱歩さんでしたね」(横溝の妻・孝子の回想)

 通説では、晩年には不仲説もある2人の関係。しかし、本書の丁寧な研究と解説により、乱歩も横溝も、自らが「探偵小説」というジャンルのトップランナーである自負を持ちつつ、お互いを稀有な伴走者として認めていたことがうかがえる。同好の士であるだけに、互いの新作を誰よりも楽しみにしてサポートしながらも、作品に粗があれば指摘せずにはいられなかったのだろう。単純に外野か仲良し/不仲と決めつけるのは難しいが、「二人は互いに相手に読ませようと思って探偵小説をかいていたのではないか――という仮説を唱えたくなるくらい、濃密な関係」であることが垣間見える。

 本書は、両作家のファンでなくても、まるで少年漫画のような2人の関係性自体をエンタメとして、神様の采配の妙を感じつつ楽しむことができるユニークな評伝だ。さらに、乱歩と横溝を中心に据えながら、講談社、早川書房、角川書店(現KADOKAWA)などなど、戦前戦後に立ち上げられた出版社の興亡史であり群像劇にもなっている。作家・編集者ともに濃いキャラクターの面々が織りなす人間ドラマを堪能してしまえば、改めて両氏の名作群に手を伸ばしたくなってしまうだろう。

『洋子さんの本棚』(集英社文庫/著: 小川洋子・平松洋子)
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 岡山県出身、ほぼ同世代で長女として生まれ、18歳で上京して、文筆業を選んだ「洋子さん」2人。『洋子さんの本棚』は、さまざまな共通点のある小説家・小川洋子とエッセイスト・平松洋子が、愛する本を語りながら、人生を振り返る対談集だ。

 「少女時代」「思春期」「家を出た時」「出会い」「老いと死」というテーマに沿って、それぞれが影響を受けた本を持ち寄り、語り合う。子どもの頃に読んだ本や、変化を乗り切ったときに読んだ本についての会話は、自然とその人の考えをあらわにし、相手との距離を密にする。対談を通して、最初は探るような会話をしていた“2人の洋子さん”が徐々に親密になっていく過程を楽しみつつ、時に読者も、自身が忘れていたような本との出会いの記憶を掘り起こされることになるだろう。

 2人が振り返る、文学少女だった子ども時代、思春期に感じた母への違和感、自意識過剰だった思春期。多くの人が経験する普遍的な悩みに、両氏がどのように向き合い、昇華してきたのかが、ユーモアにまぶされた会話から緩く見えてくる。どの世代の女性が読んでも、人生に立ち止まってしまったとき、決して重たくはなく、そっと寄り添ってくれる本を提示してくれる。
(保田夏子)

 

 

最終更新:2018/01/07 21:00
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