摘出を控えた子宮にちんぽを届けたくて突っ走ってきた女性が、ついに実感できた“愛”

2017/10/13 20:00

 オーケイ、消灯だ。

*   *   *

 王子がたくさん褒めてくれたおかげで、夢子のアイデンティティ考察は頭からふっとんだ。

「あっ、ほんとに綺麗ですね~」
「可愛いですね~」
「お肌すべすべ~気持ちいい~」

 褒め称えてもらい、夢子はご機嫌だ。喜ぶ猫のように目を細めてゴロゴロ喉をならしている。王子はこうも言ってくれた

「おっぱい柔らかい~。これはいいおっぱい」

 一瞬、夢子は喜んだ。しかし王子の次の言葉にハッとした。

「みんなおっぱい硬いんですよねぇ」

(そういえば私も、昔はもっと硬かった。いつの間にか私のおっぱいには張りがなくなっていたのか。これが加齢!)

 せっかくの賞賛なのに、何でもかんでもネガティブに捉えてしまうのが夢子の悪いクセである。

◎美しい、ちんぽ。

 王子が誘う。

「僕のも見てくださいよ」

 我々は上体を起こした。よっこらしょ。

(はいはい、ちんぽ鑑賞timeね。私、男根は特に見たくないんだけど……はうあっ!?)

 夢子は目を疑った。

 そこに恥ずかし気に輝いていたものには、信じられないような素晴らしい「美」が宿っていたからだ。ヴァイオリンの弓のようにしなやかなそのフォルムは洗練され、あくまでもスタイリッシュ。だが草原を駆ける優美な獣のような野性味も兼ね備えている。ぴちぴちとした魚のようにつややかで、角度によって色が変わり、神秘性すらまとっていた。

「綺麗……」

 夢子の口からは、ちんぽを見た感想として一生言わないだろうと思っていた言葉が自然にこぼれていた。この弓は、私のG線上でどんなアリアを奏でるのかしら……。王子はそうでしょうとも言うように鷹揚に頷きながら答えた。

「よくいわれます」

◎痛みはない、けれど。

 だが期待に高揚する夢子の耳にアリアが聞こえることはなかった。

 それは奇妙な感覚だった。王子の身のこなしは徹底して優しく、慈愛に満ちている。まるで赤ちゃんの頬にキスするようにごく柔らかに体に触れる。しかし、自身のたぐいまれなるストラディバリウスを弾きこなすところまで王子のヴァイオリンレッスンは進んでいないのだろう。

 痛みはまったくない……というよりも、夢子は何も感じなかった。例えるなら、そよ風に肌を撫でられているような感覚である。

(すごい! 気持ち悪くない。痛くもない。だけど、気持ち良くもない!)

 今までは「気持ち悪い・痛い」イコール「気持ち良くない」だった。でも今は気持ち悪くないし、痛くもなく、相手のことも好きだ。夢中と言っても良い。なのに快楽がないとは! そういうこともこの世にはあるのか、勉強になった。

 しかし王子は「ああっ気持ちいい」と息を漏らしている。彼が楽しんでくれているようだったので安堵した。ガチャ君に「狭すぎる」と文句を言われた夢子のまんこに喜んでくれる者もいるのだ!

「これ痛い? 大丈夫ですか?」

 丁寧にひとつひとつ確認してくれる王子の心遣いが沁みる。

「痛くないよ。気持ちいい。幸せ」

 苦痛さえなければ夢子としては何も文句はない。それも含めてこの瞬間を味わいつくすのみだ。だが同時に彼と政略結婚するであろうどこかの姫君(夢子の中では決定事項)に思いを馳せずにはいられなかった。

(もし私が王子としか肌を合わせたことがなかったら「自分は不感症に違いない」と悩むだろうな。王子の結婚相手も、毎回これではさすがに欲求不満になるのでは)

「彼のことは大好きだけど、性的な満足が得られない。でも言えなくて……」という悩みはネットにもよく掲載されている。これまでは大好きな人と一緒で気持ち良くないなんて、あり得るのだろうか? と不思議だったが、今ならよくわかる。

◎どこに射精したらいい?

 気持ち良さがなかったわけではない。王子がぎゅっと抱きしめてくれたのは心地よかった。持病のせいで常に体が冷えている夢子には、彼の体温はうっとりするほどだった。

 王子がくり返す賞賛の言葉にも恩恵を受け、心を開きリラックスすることもできた。性的技術はさほどではなくても、それ以外の部分が優れていればぬくもりのある経験になるのだな、ということも夢子は同時に知ることとなった。

「気を抜いたらイキそう」

とのことで王子が尋ねた。

「どこに射精したらいいですか?」

 意味がよくわからないまま、夢子は答えた。

「ん? 普通に……」
「普通にゴムの中でいいですか? 『お腹にかけてー』とかご希望あれば言ってください」
「ええー? そんなこと言う子いるの?」
「はい、時々いますよ」

 王子は優しい目をして教えてくれる。

(それはさすがに女性がAVに影響されすぎなのでは?)

という気がしたが、今はそれを論じる時ではないと考え、夢子は黙った。

◎帰宅後、痛みに襲われる。

 無事に完遂した王子が息を切らしている。

「5分くらい休憩させてください」

 これは輝かしい成功だ! ぐったり横たわる王子の体温で暖をとりつつ、夢子は満悦しきって伸びをした。

(そんなに気持ち良くなれる男の人が羨ましい……)

ともちょっぴり思いながら。

 ホテルの支払いを済ませた王子に夢子はお礼をいった。

「どうもありがとうございます」

 王子は最後までパーフェクトなプリンスだった。

「いえいえ、お礼を言われるようなことは何もしてませんから」

 なんてスマートな返答だろう。男がホテル代を四の五の言わずに払ってくれる、それだけでもこのご時世、貴重だというのに。王子はひらりと白馬にまたがると、軽やかに去っていった(ように夢子には見えた)。

家に帰ってパソコン机に向かったら突然お腹が痛みだした。苦痛の波に合わせて「ギャッ、ギャッ!」という声が出る。夢子はつっ伏し、痛みを逃そうと机をドンドンとこぶしで叩いた。かろうじてトイレに辿り着き確認すると、出血していた。

 出血が始まると夢子のそれは容易には止まらない。これから入院まで、痛みにのたうち回るのかと思うと夢子は気が重かった。痛みと出血は、さっき圧迫された刺激で子宮内膜症である俺が収縮しているせいだ。すまんな夢子。痛いだろ?

「大丈夫……私と子宮が協同作業した結果だし、むしろこの痛みはスウィート・メモリーズ……」

 無理するな。痛み止め使ってくれ。で、夢子、どうだったんだ。お前としては、目標達成できたのか。

「王子が性的に興奮してくれたみたいだったから良かったよ! ホッとした! 普段みたいに家にひきこもってたら知らずにいたようなこともたくさん知れたし!」

 不況を実感したことのない若者や、クンニは嫌うのにお腹にかけて欲しがる女性がいる等の情報は、確かにパソコンに向かっているだけでは得られない。

◎子宮の力を試したかった!

 お前の性的興奮はなかったようだが、いいのか?

「性的興奮はなくても良い時間を過ごせたよ。今日は性愛というより博愛、人類愛を感じたなぁ。やっぱり大事なのは、セックスハウツーより人間性なのかねぇ。ずっとスマイルでいてくれて、こっちもモチベーションがあがったしね。私も見習わなくちゃ」

 夢子は慣れた様子で痛み止めを入れながら続けた。

「このプロジェクト、私は快楽を得るというところまではいかなかったし、ポルチオの検証もできなかった。だけど、これをやることで、私は病気や手術に呑まれるだけじゃなくて、こっちからも一矢報いたかったんだよね。病気に対して受け身で終わるんじゃなく、最後くらいは主体的に攻撃する側になりたかった。いままで子宮エリアの潜在的な力を引き出してあげられない人生だったじゃん? だからせめて最後くらい、子宮の力を試してみたかったんだ」

 もがいて、あがいて、みっともない姿をたくさん晒したし、このやり方が正しかったかもわからない。けど、自分の目標のために必死で自分の頭で考えて、100%の努力を注ぎ込んだっていう事実は、誰も私から奪えない。

 もうタイムアップだし、ここで一旦検証は終わるけど、最後に子宮との思い出を作れたことを、私は誇りに思える……それが良かったよ。この経験を活かして、ゆくゆくは、他の女性を助けてあげられるような人になれるよう頑張ろうと思う」

◎もうすぐ、お別れ。

 そういうことだ。

 これにて夢子と子宮である俺との“まんこにちんぽをジャストミート”の旅はおしまいだ。夢子は確定申告と入院・手術の準備をしなきゃならないし、俺だって忙しい。残されてゆく卵巣さんたちと膣さんが開いてくれるお別れパーティに出席しなきゃいけないからな。

 この旅のあらましを子宮生の最後に皆とシェアできたことを俺は光栄に思う。「子宮を摘出したらポルチオのあれこれはどうなるのか?」「子宮がなくてもイケるのか?」「摘出後、夢子の性欲はどうなるのか?」「子宮摘出しても夢子の心は女のままなのか?」「子宮を取ってよかったか?」など、数々の疑問は残されたままだが、それらの件については、また機会があったら話せるだろう。

 それまでの間、女性疾患を抱えたすべての女性たちが、心安らかに過ごすことを祈る。いつか笑顔で再会したいもんだな。それができたら上出来だ。

最終更新:2017/10/13 20:00
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