国家に都合の良い日本人を量産するための「家庭教育支援法案」は危険である

自民党が今国会で提出を目指す「家庭教育支援法案」の全容が明らかになりました。朝日新聞の報道によると、家庭教育の重要性を再認識し、公的に助けようという内容のもので、国や自治体が家庭教育支援の基本方針を定め、地域住民に国や自治体の施策への協力を求めることなどが柱とされているようです。

自民党は家庭教育支援法案の全文を一般公開していないので、具体的に何が書かれているのか、どのような議論の変遷があったのか、詳細はわかりません。しかし、公権力が家庭という私的領域にまで踏み込んでいくことは、個人や家庭の自由・尊厳を守るという視点では危険もあります。また本法案は、婚姻や家族と個人の尊厳を保証する憲法二十四条の改正も睨んでいると考えられます。

目指すところは一億総翼賛体制?

今回の家庭教育支援法案では、素案段階で「基本理念」に「子に国家及び社会の形成者として必要な資質が備わるようにする」という文言があったとされています。これは、自民党の憲法改正草案、またすでに改正された教育基本法とも照らし合わせると、自民党が教育を通じてどのような日本人をつくりたいのかが見えてきます。また、学校教育と家庭教育の間に「矛盾」が生じさせないよう、国家全体で足並みを揃えて「理想的な日本人を育てる」という目的に向けて子どもを育てていこう、という意図が透けて見えます。

自民党はどういう日本人を育てたいと思っているのでしょうか。まず、家庭教育支援法案のバックグラウンドとなっている、改正された教育基本法をみてみましょう。もともと教育基本法には家庭教育に関する規定はありませんでしたが、自民党による平成18年の改正で、家庭教育に関する条項(第十条)などが追加されました。

(家庭教育)
第十条
父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るよう努めるものとする。
2  国及び地方公共団体は、家庭教育の自主性を尊重しつつ、保護者に対する学習の機会及び情報の提供その他の家庭教育を支援するために必要な施策を講ずるよう努めなければならない。

(学校、家庭及び地域住民等の相互の連携協力)
第十三条  学校、家庭及び地域住民その他の関係者は、教育におけるそれぞれの役割と責任を自覚するとともに、相互の連携及び協力に努めるものとする。

こうした「家庭教育は国家が管轄すべき教育の一環である」という位置づけが新たに追加されたことにより、「家庭教育支援法案」のような、家庭教育に対して公権力が踏み込んでいく後ろ盾ができたのです。

さらに、改正教育基本法には、教育行政が教育基本法だけで成立するものではないということも追加されています(黒字強調は筆者)。

(教育行政)
第十六条  教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない。
2  国は、全国的な教育の機会均等と教育水準の維持向上を図るため、教育に関する施策を総合的に策定し、実施しなければならない。
3  地方公共団体は、その地域における教育の振興を図るため、その実情に応じた教育に関する施策を策定し、実施しなければならない。
4  国及び地方公共団体は、教育が円滑かつ継続的に実施されるよう、必要な財政上の措置を講じなければならない

家庭、地方自治体、国家機関の相互協力のもとに、教育に関する施策を策定、実施するということが明記されたわけです。旧来の教育基本法は、個人の自由や尊厳、そして個性を重視するという点が協調されていました。それは、戦時中の翼賛体制、全体主義下における学校教育が個人の尊厳や人権を踏みにじるものであったということに対する反省でもあったのです。

しかし教育基本法が上述のような形で改正され、次に家庭教育支援法案が成立した場合、家庭と国家が協力して国家にとって理想的日本人を育てるという体制が出来上がってしまいかねません。それでは「国家権力にとって都合のよい子ども」以外の多様な思想や信条を持つ日本人を育成する隙が無くなっていくことになります。一億総活躍ならぬ、一億総翼賛体制です。

戦後教育の歩みを無視

さて、自民党が家庭教育支援法の先に睨んでいるのが憲法改正です。

家庭や個人の尊厳と直接かかわるものは、憲法二十四条です。現行の憲法二十四条が規定しているのは、婚姻、夫婦の平等であって、家族とはどうあるべきかを規定するものではありません。しかし、これまでmessyでも様々言及されてきたように、自民党草案では、現行の憲法二十四条には無い「前文」が追加されています。

第二十四条
家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。
家族は、互いに助け合わなければならない。

これは一見すると「当たり前のこと」だと考える方もいるかもしれません。しかし「個人」ではなく「家族」を国家の基本単位とすることを強調するような、まるで戦前・戦時中の家制度への回帰とも取れるような内容となっています。個人よりも家族が優先される。家族のためであれば個人は犠牲になってもいい。そういう社会を理想としているのです。

憲法というものは国家権力を規定・制限するためのものであり、国民一人一人の自由や尊厳を規定・制限するためのものではありません。家族の形態が多様化している中で、人によって家族を優先するか個人を優先するか、それぞれ異なる考え方があります。それにもかかわらず、本来国家権力を制限するための憲法で、個人に対して「家族は助け合うべきだ」と押し付けようとしていることがそもそもおかしいのです。

戦後の教育基本法は、戦前の教育勅語に込められていた儒教的要素を徹底排除することから始まりました。それは、教育勅語の中にある日本型儒教思想が尊王攘夷思想の発露そのものだったからです。つまり絶対権力である天皇を父とする日本国の家族的形態の強化と、富国強兵を目途にして、儒教的世界観で精神論を謳いあげた教育勅語は、国家主義と外国排斥の思想に他ならなかったのです。

安倍首相は先日、園児に教育勅語や軍歌を歌わせることで話題になっている塚本幼稚園を運営する森友学園の園長について「思想を共有する方」と国会で答弁しました。安倍首相と自民党は、教育勅語の歴史的な意味、そしてそれに対する反省から始まった戦後教育の歩みを無視して、家庭教育や学校教育の在り方を根本的に変えようとしているようです。しかし、公権力が家族や家庭教育の領域に安易に踏み込むことを許してしまうと、個人や各々の家庭・家族の自由が奪われることになりかねません。これは私たちの生活に直結する問題です。今後の展開に十分に目を光らせなければなりません。



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