[サイジョの本棚]

田中カツやキュリー夫人ら“偉人”のイメージに隠れた、人間臭い真の魅力に迫る

2016/12/04 21:00

■『改訂 マリー・キュリーの挑戦 ―科学・ジェンダー・戦争』(川島慶子、トランスビュー)
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 “偉人伝”の中で定番として挙げられる女性の1人、日本でもなじみ深いキュリー夫人(マリー・キュリー)。田中カツや正造が生きた時代と、彼女がソルボンヌ大学(パリ大学)初の女性教授になり、史上初めて2度目のノーベル賞を受賞した時代は、ほぼ同時期だ。

 本書は、科学史研究者である川島慶子氏による、科学者“キュリー夫人”ではない、1人の「マリー・キュリー」という女性像を、さまざまな資料から探り、再解釈を試みる評伝。著者自身が、「子どものころは優等生のイメージがあるキュリー夫人より、自由なアインシュタインのほうに惹かれていた」と語る通り、キュリー夫人には、偉大な科学者でありながら妻としての役割も果たし、夫婦協力して科学の発展に努めた“優等生”のイメージが強い。しかし実際は、「優等生キュリー夫人 対 ユニークな天才アインシュタイン」という、一般的に広まるイメージこそすでにバイアスがかかっているものだと著者は分析する。

 さまざまな角度からマリー・キュリーのエピソードが語られる本書では、マリーの娘が執筆した「キュリー夫人伝」には書かれていない、夫の死後の恋愛についても触れられている。年下の既婚男性と不倫関係が疑われたことで、ゴシップ誌の格好の餌食になってしまったマリー・キュリー。男性は妻と別居し、離婚裁判中だったといわれるが、宗教や移民問題で外国人排斥の風潮が高まっていた当時のフランスで、彼女が「善良なフランス家庭を壊した外国人女」として、過剰なバッシングの対象になってしまった歴史的な背景も解説する。

 そして本書では、山田延男や湯浅年子といった、マリー・キュリーの下で研究を続けた日本人研究者の生涯や功績も詳しく語られている。異文化での研究生活に大きな刺激を受けた湯浅は、後に初めて戦後フランスで正式に職を得た日本人女性となり、その後も日仏をつなぐ役目を果たす。マリー・キュリーのような歴史上の偉人、遠い国の史実として触れていた人々の息吹が、時を超えて現代の日本にもつながっていることを感じさせてくれる。

■『マリー・アントワネットの嘘』(惣領冬実・ 塚田有那、講談社)

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 『マリー・アントワネットの嘘』は、ベルサイユ宮殿の総監修・フルサポートの下で作られた惣領冬実氏によるコミック『マリー・アントワネット』(同)出版と連動して作成された、フランス革命史実を再検証するノンフィクションだ。

 不細工で気弱な国王、欲求不満でフェルセンと密通した贅沢ざんまいの王妃……。当時のフランス市民の間でやゆされ、20世紀に世界的なベストセラーとなったツヴァイク版の小説でも定着した(さらに日本では池田理代子氏による漫画『ベルサイユのばら』でより広く定着した)フランス王・王妃のイメージは、どこまで信頼が置けるのか。これらの小説や漫画の出版後に明らかになった最新資料を踏まえ、徹底的に解説する。

「パンがなければ、お菓子を食べればいいじゃない」という王妃の発言や、国王と王妃との間に、長い間性交渉がなかったとされる定説を大胆に否定しながら、歴史が、時により市民の面白い方へ歪曲されてしまう仕組みも分析してくれる。

 2世紀以上の時代を経た今、本当の意味でどれだけ正しいのか確かめることは難しい。しかし、史実との矛盾点を解説し、虚像と資料のギャップを埋めていく経過を明らかにしてくれる本書は、漫画を読んでいなくても、痛快な歴史読み物として十分楽しむことができる。

 もちろん、惣領氏へのインタビューや萩尾望都氏との対談なども収録され、漫画のファンであればさらに深く読み込める一冊。惣領氏が描きだす、『ベルばら』とは異なる新しいマリー・アントワネット像が、今後は定着していくのかもしれない。
(保田夏子)

最終更新:2016/12/04 23:17
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