格差社会ゆえに加熱する「お受験」。翻弄される母親たちの困惑と、子どもの幸せに対する切なる思い。/小説『ママたちの下剋上』深沢潮インタビュー

 女性が子どもを持つと周囲から自動的に母と見なされ、ひとりの人間を育てるのにふさわしいスキルと人間性を求められます。しかし母になることに最初から慣れている人などいません。現代の日本社会では誰もが迷い試行錯誤しながら、自ら母となっていくべく自己鍛錬をしなければならないのです。

 世の中に子育て指南の類いはあふれていますが、怪しい情報や時代錯誤な押しつけも多いもの。孤独な環境に陥りがちな母親が「何を信じたらよいのか分からない」という心情になるのも不思議ではありません。そのなかで、学歴という分かりやすい指標を信じて子育てに邁進する母親たちがいます。

 作家、深沢潮さんの新作『ママたちの下剋上』(小学館)は、中学受験に特化したクラスを持つ「聖アンジェラ学園初等部」が舞台。ひょんなことから同校の広報を務めることになった子どものいない主人公、香織の目を通して、受験に邁進する母と子の様子がリアルに描かれています。有名学校の付属校に入れるために幼稚園や小学校から子どもを受験させ、小学校受験で希望の有名校に入れなければ、中学受験専門のクラスがある小学校に入学させて次のチャンスに賭ける……。著者の深沢さんは、年々加熱する子どもの早期教育事情を、綿密な取材とご自身の体験を元に小説化したそうです。

◎無理をしてでも、有名校に。

――世の中の格差の問題が背景にありますね。昔はのんびりとしていても中間層にいられたのが、現代はもっと必死に上層部に食い込まないと生活が楽にならない。この小説のタイトルは「ママたちの下剋上」です。主人公・香織の姉がまさにそのタイプなのですが、経済的に無理をしてでも子どもを有名校に入れ、高い学歴をつけることで自分の人生も一発逆転させたい人も多いのでしょうか。

深沢「昔に比べて、全体的な小学受験者数は減っているといわれています。でも一部の人々の間では、『とりあえず入れておこう』という切迫感がむしろ高まっているのです。ですから、所得が追いつかないのに早期教育や受験に邁進している人も多いでしょう。ただ、無理して私立の学校に入れても、入ってからのママ友との付き合いが大変です。取材したなかで、子どもを私立の小学校に入学させてからマンションや車を買い替えたり、エルメスのバーキンを購入したりと背伸びしてしまう母親がいるといった話を聞きました」

――そこまでしないと、ママ友付き合いができないんですね。作中でも母親同士が、同じ塾の親子を格付けし合う会話が出てきます。本来世の中にはさまざまな経済状況の人がいて当たり前だと思うのですが、ことさらに異質な人を揶揄する姿に「子どもが同じ学校にいれば、母親同士も均質であるべき」という考えが垣間見えました。

深沢「知り合いから聞いた話ですが、子どもが超有名私立の中等部に入ってママ友のランチ会をそのクラスでやったら、欠席者がひとりもいなかったそうです。つまり欠席できない雰囲気がある。働いている母もいるはずですから、休んで来ているのでしょうね」

――働いているから忙しい、とは言えない雰囲気……。有名な小学校や中学校に子どもを通わせているあいだは、その女性が母になる以前に持っていた属性を、いったん脇に置かねば母親として務まらないのですね。

深沢「これは有名校や私立校にかぎった話ではありませんが、PTAの集まりが平日昼間にあるなど、学校には働く母親に優しくないシステムが少なからず残っています。私は自分自身が子どもを受験させてみて、周囲に専業主婦が多いことにびっくりしました。現代の社会においては専業主婦で子育てだけに専念できる人は、特権階級ですよね。でも有名な学校では、母の多くが専業主婦。実際子どもに付きっきりにならないと、超高学歴を得るようには育てられないのが現状です」

◎専業主婦家庭と、共働き家庭

――『「灘→東大理III」の3兄弟を育てた母の秀才の育て方』(KADOKAWA)の著書で有名な、“プロお受験ママ”佐藤亮子さんも専業主婦でした。

深沢「そうなんです。そこまで子どもの教育に手間をかける専業主婦が多いと、両親が働いている家庭の子どもは学習面でハンディができます。医者や弁護士、官僚、有名企業などの、世の中で“ハイスペック”だといわれている人が集まる世界に、なかなかアクセスできなくなってしまいますよね」

――今の社会では少数派である専業主婦家庭で、経済的にも余裕がある親の子どもが高学歴を得て社会を動かす地位に就く構造があるのですね。しかし同じような家庭の子どもしかいない均質化された世界で育った人が、異なる環境の人に対して優しい社会を作れるかというと、疑問が湧きます。

深沢「無理でしょうね。例えばそういった人が官僚になったとして、働く女性やシングルマザー、貧困家庭をサポートするのは難しい。子どもの頃から自分と同じような環境の人しか周りにいないわけですから、想像力が働かないんです」

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 小説に登場する主人公の夫がその典型。高学歴で母は専業主婦、加えて金持ち家庭に育ったお坊ちゃまでした。彼は悪い人間ではないけれど、単純に他者に対する理解がありません。妻の仕事を尊重せず、育児負担をすべて妻に押し付ける前提での子ども好き発言など、無神経な言動が多いのです。それは作中のキャラクターだけのことではなく、一般的に“ハイスペック”な男性は妻も自分の母と同じように専業主婦で教育に専念するよう求めるため、同じような環境で育つ“ハイスペック”人材が再生産されていく仕組みがありそうです。

日本の共働き率がどんどん上がっていくなかで、ハイスペック人材を育む世界が、現実と乖離している状況がうかがえました。

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――子どもたちのお受験事情には、社会の歪みが表れているように見受けられます。ただし深沢さんの小説は、そういった世界を外側から批判しているわけではないですね。主人公の香織は、はじめこそ冷ややかな目でお受験ママを見ていますが、「聖アンジェラ学園初等部」の仕事に打ち込むなかで、受験する子どもたちに寄り添い、合否に一喜一憂する親の気持ちに共感していきます。

深沢「母親は基本的にはわが子を思って勉強させていますし、子どもは懸命にその思いに応えようとしています。勉強はできないよりはできたほうがいいし、チャンスがあるなら偏差値が高い学校、就職に苦労しない学校に行ってほしいと思うのは不自然なことではありませんよね。問題なのは、一生懸命になっているうちに子どもの受験結果が自分のスペックのひとつになってきてしまうこと。子どもが親の思いについてこられるうちはよいのですが、それが苦しくて圧し潰されてしまう子もいます。教育は子どものためという名目があるので、外からは歯止めが効きにくいのです」

◎自分のことも家族のことも見失う前に…

――受験にかぎらず、母親業は“子どものため”と“自分のため”の境目が曖昧なところがありますね。親子の思惑がうまく噛み合っているうちは他人が口を出すことでもないのですが、結果として自分も子どもも追い詰めてしまっては元も子もありません。

深沢「そういう状況になってしまったら、立ち止まる勇気を持ってほしいですね。母親は子どものために全速力で走りつづけてしまうので、子どもの状況を直視せず、自分が見たいように見てしまう傾向があります。お受験という狭い世界にいると、そこから外れたらもう終わりだと思いがちです。でも実際は受験は子育てのひとつのステップに過ぎません。今のわが子にとって何が本当にベストなのかを、立ち止まって、人の意見も聞きながら考える余裕を持って欲しいですね」

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 小説のなかに「社会を変えるより、目の前の状況に合わせて生きていくほうがより現実的で、子ども個人の幸せに通じるのではないか」という、登場人物の言葉がありました。

 子どもに学歴を付けさせるためにお受験に懸命になる親は、自身も学歴のために努力したり、あるいは学歴によって差別されたりといった経験があるように見えます。学歴社会を身をもって生きてきたからこそ、子どもによい学歴を得てほしいと願うのです。

『ママたちの下剋上』を読むと、母親が「目の前の現実」である学歴社会を強烈に意識し、お受験に邁進するのも仕方がないことのように思えます。家族関係や他者への思いやりなどの、生きる上で大切なものすら見失いそうになる母たちの姿は、学歴社会に一度は翻弄されたことのある人であれば、他人事とは思えないのではないでしょうか。

(蜂谷智子)



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