「女は身体を売ることで傷つき苦しみ罪を背負う」と思い込みたい世間/中村うさぎ×二村ヒトシ×枡野浩一

2016/12/15 20:00

自分が他人からどう思われているか、でも自分自身はどう思っているか、について語る3人。“人は誰しも、自分の思うようにしか他者を解釈しない”という流れになりつつも、そこでうさぎさんが自身の「デリヘル体験」を話し出し、二村さんはAV業界が直面する問題を提唱し……。偽悪とセックス・妄想とノンフィクション・人権と価値観――が錯綜する第3回です。

◎「実際の自分より素敵に思われるのが嫌」(枡野)

中村 私ね、フィクションかフィクションじゃないかについては物凄くこだわりがあって。たとえば私のエッセイを「これって私小説ですよね?」とか言われて、激怒したことがあるの。私は私小説がまず嫌い。つまり、私小説はズルいと思うの。だって事実と嘘を織りまぜて書いてさ、そんなの自分に都合よく書けんじゃん。

枡野 そうなんですよ!

中村 それで「これ嘘じゃん」って言われたら、「でもこれ小説ですから」って言えるじゃない。そういうエクスキューズをいつも残してるから、私は私小説が嫌い、大嫌い。読まないし。なんかその上で、自分の書いたことが私的には全部本当のことなのに「これは私小説ですね」って……。しかもさ、エッセイより小説のほうが格が上だと思ってる人が世の中にはいっぱいいて、褒め言葉のつもりで「私小説ですよね、こうなったら」なんて。もう「違うよッ!」ってひとりで頑固オヤジみたいにぷんぷん怒っちゃってさ(笑)。わかってもらえないんだけど。ただ私は本当のことを書いてるから、これ(『あとは死ぬだけ』)は小説じゃないと思っています。

枡野 そっちのほうが価値があると思ってらっしゃるわけですね?

中村 価値があるというか……

枡野 自分にとっては真実?

中村 いや、これを「私小説」と言ったら、半分嘘かもしれないと思われるのが嫌なの。

二村 この原稿においては本当のことしか私は書いてないっていう……

中村 そう。書いてないから。私小説として出したらさ、「自分に都合よく嘘も書いてんだろうな」とか思われるのがもう癪にさわって癪にさわってしょうがないのさ。

二村 そこだよね。「自分に都合のいいこと」ってのがつまり“フィクション”と言っても“嘘”と言ってもいいけど……

枡野 そこは僕も、実際の自分より素敵に思われるのが嫌なんですよ。穂村さんは実際より素敵に思われてもいい人なんですよ。

二村 や、僕もそうなんですよ。

枡野 僕は「そんな素敵じゃないですよ」って言いたくなっちゃうの。「あなたは枡野を素敵に思いすぎてるから、違うよ」っていうのが僕の気持ちよさだから。そこはね、だからうさぎさんの側にどちらかというと近い。

中村 でも私ね、自分がこうである以上に自分を良く思われるのも気持ち悪いんだけど、なんていうのかな、たとえばさ、私が「悪ぶってる」と思ってる人もいるわけじゃん。それも凄い腹が立つのね! 「偽悪ですよね」とか言われたら! だって本当にこんなにドロドロしてるのに、それをなんで嘘だと思うのかって思うわけ。なぜみんな私に対して「嘘ついてますよね?」みたいに痛くもない腹を探ってくるのかがわからない。

枡野 ほんとにねえ……。でもたぶん、(嘘ついてますよねと言ってくる人は僕やうさぎさんが)自分とあまりに違うから、理解しようと思ってそう言ってくるのかもしれませんね。こんなこと人は言うはずがないから偽悪なんだろう……とか解釈しちゃうんじゃないですか、無理やりにでも。

中村 私は「買い物依存症」だった頃でも、どれだけ買い物したか、金額も含めてぜーんぶ本当のこと書いてるのに、「いやいや、あれは、そこまでやるはずはないから、大袈裟に書いてるんだろう」とかさ。

枡野 言うよねえ~。

中村 本当にさ、大袈裟でもなんでもなくてさ、預金通帳見せてやりたいよみたいな話よ。毎月どんだけ引き落とされるか。私にしてみたらさ。

枡野 僕も、もっとエッセイっぽい本で『淋しいのはお前だけじゃな』[注]というのがあるんですが、それもエピソードは全部実話なのに、読む人にとっては「現実はこんなにドラマチックじゃないから嘘でしょ?」って言うんですよ。もう逆に「あなたの人生つまらないですね」って言いたくなっちゃう。僕、記憶力がないんで時間軸は間違えてるかもしれないんですけど、全部ほんとのことだし、意図的な嘘は一切ないんですよ。そこはもうみんな、自分の好きなようにしか解釈しない。たとえば僕がスキンヘッドだったときがあって、それをみんなが「なんで(スキンヘッド)なんですか?」って聞くの。ひとつは手術をして(髪の毛を切ったから)で、ひとつは似合うからだったの。でもそう言っても信じてくれなくてみんな。「浮気したんでしょ~?」「仕事で失敗したんでしょ~?」って。

二村 なにかの謝罪のために頭を丸めたと。

枡野 それは僕から言わせると、「浮気したんでしょ」という人は浮気性の人、「仕事で失敗したんでしょ」という人は仕事の人。っていうふうに、みんな自分の中で理解できるようにしか納得しないんです。どんなに僕が「似合うからしてる」って言ってもわかってくんないの。「そんなの嘘でしょ」って。そういうことをテーマにした小説が今度の芥川賞を獲った『コンビニ人間』(村田沙耶香・著)という小説で、主人公はコンビニで働いてコンビニと同化することで初めて人間として普通にふるまえることがわかってつつましく生きてるんだけど、周りの人たちが「なぜ三十過ぎなのにコンビニで働いてるんだろう」って勝手に推測していく様がすっごく面白く描かれてるんだけど。みんなが勝手に「事情があるんだろう」って言って来たりとか、「男ができたのか」とか詮索してきたりとか……。それ読むと、主人公の方がまっとうで、勝手に解釈してくる人の方がなんておかしんだろうと思うんだけど……。

二村 僕ね、『コンビニ人間』買って、まだ読んでないんだけど、作者の村田沙耶香さんとは一度だけ会ったことがあって、本当にコンビニの店員さんなんだよね。「ドーナツが売れないんですよ~」って(笑)。芥川賞を獲る人の言うことじゃない……って思っちゃうのがこっちなんだよね。こっちが勝手にそう思ってるだけで、村田さん、本当に面白い小説を書くんだけど本物のコンビニの店員さんなんだよねえ。

枡野 その小説の中盤なんだけど、主人公がある男性と交流があると臭わせただけで、その日はコンビニで大事なフェアがあったのに、店員も店長もみんなが男性に興味持っちゃって、「本来ならコンビニのフェアを気に掛けないといけないのに、なんで私の事になんか興味持つんだろう」って不思議がるの。その様がすっごい面白いんです。ほんとに人間って自分の中の量り・物差しでしか解釈しないんだなって。人にすべてを理解してもらおうと期待してるわけではないんですけどね。

中村 他人の勝手な解釈によってどんどん虚像が作られていくみたいなところってあるじゃん。まぁ、私たちの仕事だとどうしてもさ。

◎「『叶恭子でーす❤』とか言ってるのはちょっと楽しかった」 (中村)

二村 人の解釈を押し付けられることがすごく嫌ですか、うさぎさんは?

中村 うん。イラッとくる。

枡野 ほんとはね、そういう誤解をはらむことをまるごと引き受けたりすると、人間は穂村さんみたいになれるんだよね。

二村 誰かが誰かを解釈してるのもイラッとします?

中村 それが知ってる人じゃなかったら、私は「へえ~」って思うだけ。でもたとえば二村さんとか枡野さんのことを誰かが知ったかぶってさ、「こういう奴だ」って書いてたら、「違うだろ!」って言いたくなるよね。そんなもんじゃないの、みんな。あんまり自分のことをどういうふうに解釈されてるとかは気にしない。

二村 いいほうに解釈されてれば……、いやどうなのかな、確かにいいほうに解釈されてると居心地が悪くなる感じはありますよ。ただそれもなんか、うさぎさんなんかが潔癖に「そうでもないんだよ!」と真っすぐやってるのと比べて、僕が謙遜してるときって露悪というよりは、ただセックスしたいだけなんです。ほんとの自分がよくわかんなくなってるのかもしれないね。

中村 ああ……。セックスしたいだけなのか……

枡野 それは欲望が強いとそうなるんですかね? セックスしたくてしょうがないから、すべてそっちに転がっていく?

二村 ただ枡野さんは違うけど、うさぎさんは欲望の強い方ですよね?

中村 強い強い。私は性欲以外の欲望が強い(笑)。

枡野 でもたとえばなにか自分の興味のある物を手に入れるために、偽るのは嫌なわけですよね?

中村 偽るとはどういう意味?

二村 たとえば買い物だったら、ブランド物だったらそのためにお金を稼ぐかもしれないけど、うさぎさんは恋愛もされるじゃないですか? 年下のホストの方に好かれたいとか。

中村 ああ、好かれたいとは思うよ。でも年齢ごかましたりとかさ、そういうのはバレたとき、あまりにもカッコ悪いから。

二村 整形はそれではないんですか? 整形は嘘ではない?

中村 整形は、黙ってたら嘘だけど、整形ですって申告してたら嘘ではないよ。だって誰もこの顔が素の顔だと思ってないわけじゃん。

枡野 この本(『あとは死ぬだけ』)読んで興味深かったのは、(うさぎさんが)デリヘルやってるときに「偽るのがツラくて……」っていうのが、僕はわかった。

中村 あっ、そう?(笑)

枡野 僕もねえ、一時期、男性とつきあっていたとき、「出会い系」とかで嘘のプロフィールを書くのが嫌で……

中村 嫌なんだよね!

枡野 そう!

中村 すんごい気持ち悪い。

枡野 「枡野」って検索するとすぐ出てくるから、違う名前で出会ったほうが良かったんだけど、やっぱり気持ち悪かったんです……。

中村 だけど「源氏名」みたいなのをつけるとさ、なんかコスプレ感みたいなのがあって最初は楽しかったの。「叶恭子さ~ん、ご指名で―す!」とか言われるとさ。

二村 グフフフフ(笑)。

中村 「は~い!」「叶恭子でーす❤」とか言ってるのはちょっと楽しかったんだけどさ。そりゃ、客のほうもどうせ源氏名だと思ってるし、本物の叶恭子なわけじゃないって見りゃわかるわけでさ。だから、ごっこ遊びみたいで楽しかったんだけど。ただ、自分を偽ってるのが苦しくなったのは、同僚たちに対してでね。おんなじデリヘル嬢の中で、みんないろいろ事情があってやってる中で、「エッセイ書きたいから」なんてのは私ひとりなワケじゃん。それを隠してさ、まぁべつに作り話もしなかったけど、うん……。でも「私、離婚して、子ども抱えてて、大変なんです」みたいな女の子もいるし、いろいろいる中で、自分の身の上話が一切できない状態? しなきゃいけない状況になったら、私はなんて言えばいいんだろうこの場合、とかさ。嘘……作り話はできないし、だからって「取材で来てます」って言ったら超嫌がられる、「なんだよコイツ!」って思われるだろうなって思ったら、もうなんかさ。だからカミングアウトしなきゃならなくなりそうになった時点で、辞めちゃったんだよね。ツラいから。嘘はつけない。

枡野 身体を売ることなんかよりも、嘘をつくことのほうがよっぽど……

中村 そっちのほうがヤだったよ!

枡野 はい。僕はそこがすごく腑に落ちましたけど、そう言われてもやっぱりそうは思わない人のほうが多いんだろうなっていうのも(うさぎさんの本を)読んでいて思いましたね。

中村 そうは思わないっていうのは?

枡野 だから、身体を売ることのほうが断固悪くて、嘘をつくことのほうが罪が軽いと思ってる。

中村 それはみんなそう思ってるんだろうけど。だけどなんでみんなそんな、身体売ることが悪いと思ってるのか。「なんでですか?」って結構聞いて歩いたんだけどさ。誰も明確に返事はできない。「それは自分を傷つける行為だから」。「いや、全然傷ついてませんけど」みたいなさ。本人が傷ついてないって言ってるのに、「でもそれは傷ついてるんだよ」みたいに言い張るんだよね。

◎「可哀想な女、いつか俺が抱いてやる―と男は思いたい」 (二村)

二村 そこはもうね、今まさにそれでAV業界が大変だったりするんです、大問題が起きてる。「AV女優さんの人権」を唱えている弁護士の方たちとの間でね。まず、我々AV監督とかプロダクション側とAV女優さんの間の出演契約に明らかに「嘘」があったら、それはもう犯罪なわけです。

中村 そりゃそうだ。

二村 だから僕らは、契約とかはきちんと明確にしたいと思っているんです。だけど、「こういうふうにしたらAVを許してやるよ」って弁護士の方々や人権派の方々が言ってきてる中に“本番セックスは無しにすること”とあって……。いやぁ、それ言われたらなぁって……。けれども警察や法律作る側に「AVにおける本番セックス禁止」と言われちゃったら、今までそこは曖昧にされてきた部分なので、そうなってしまう可能性もある。

枡野 う~ん……。

二村 ただそうなったらそうなったでね、法律でそう決められちゃったら、今度は僕らは本番セックス無しで撮れるエグい映像を考えるんです。モザイクがあることと同じだから。モザイクがあるからこそ発明したことが僕たちにはたくさんあるので。ただね、本番セックスをするから女優さんたちは苦しんでるわけではないんですよ。そこはうさぎさんが言われるのと同じで。

中村 うん。

二村 だから、もう価値観が違うというか……。(弁護士の方や人権派の方の主張は)「そもそも女性は仕事でセックスすることを望んでいない」っていう固定観念なんです。だから(AV女優は)それゆえに泣いていて、心が歪んでいっていると思い込んでいて、揺るがないんですね。

中村 それは男の人のファンタジーじゃないかなぁって思うんだよね。女だって本当はさ……。

二村 苦しんでいてほしいんでしょ。身体を売ることで傷つくように。

中村 不特定多数の男に抱かれることなんかを女が――

二村 望んでいるわけがない、本当は俺とだけしたいはずなのに…って。

中村 そうそうそう!

二村 なのにおまえは苦界に堕ちて、いろんな男に抱かれて、可哀想な女だ、いつか俺が抱いてやる――と思いたいんだよね、男は。

中村 そう。

二村 馬鹿だねえ、男はねえ。

枡野 はぁ……。とても賢者な気持ちになりました、僕は。

【第3回注釈】

■『淋しいのはお前だけじゃな』(集英社文庫)
枡野浩一・著、オオキトモユキ・絵による短歌&エッセイ。オオキトモユキとはかつてのロックバンド『カステラ』のトモ、現・ソロミュージシャンTOMOVSKYの本名である。また本のタイトルの元ネタは市川森一:脚本、西田敏行:主演による名作ドラマ『淋しいのはお前だけじゃない』である。

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■中村うさぎさん
作家・エッセイスト。1958年生まれ。雑誌ライーター・ゲームライターを経て、『ゴクドーくん漫遊記』シリーズで人気ライトノベル作家となる。その後、自らの「買い物依存症」を描きつくしたエッセイ『ショッピングの女王』でエッセイストとしても大人気となる。その後もさらに「美容整形」「ホストとの恋愛」「借金と税金」「デリヘル風俗」など自らの実経験・実体験を通じての赤裸々なエッセイを発表し続けている。2013年に100万人に1人ともいわれる難病「スティッフパーソン症候群」を発症、現在も治療を続けている。最新著作は「形見分けの書」とも表明しているエッセイ『あとは死ぬだけ』。メールマガジン『中村うさぎの死ぬまでに伝えたい話』も発行している。

■二村ヒトシ監督
AV監督。1964年生まれ。慶應義塾大学在学中より劇団『パノラマ歓喜団』を主宰する一方、AV男優としてもデビュー、多数のAVに出演する。劇団解散後はAV監督となり、女が男を攻める「痴女モノ」や美少年が女装する「女装子モノ」の第一人者といわれるなど、現在に至るまでAV業界の第一線で活躍している。男女の恋愛と自意識をテーマにした著書『すべてはモテるためである』『あなたはなぜ「愛してくれない人」を好きになるのか』がベストセラーとなり、セックスと恋愛をめぐる論客として注目を集める。さらには、男性のアナルを開発する器具『プロステート・ギア』のプロデュースも手掛けている。AVの代表作に『美しい痴女の接吻とセックス』など。最近の著作は対談や鼎談が多く、『オトコのカラダはキモチいい』(金田淳子・岡田育との共著/KADOKAWA)、『日本人はもうセックスしなくなるのかもしれない』(湯山玲子との共著/幻冬舎)、『モテと非モテの境界線 AV監督と女社長の恋愛相談』(川崎貴子との共著/講談社)、最新刊に『秘技伝授 男ノ作法』(田淵正浩との共著/徳間書店)などがある。

(構成:藤井良樹)

最終更新:2016/12/15 20:15
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