女子の鮮烈な欲望まみれだった少女漫画とレズビアン偏見の罪/椎名あゆみ『あなたとスキャンダル』

2016/12/04 20:00

 椎名あゆみの代表作といえば、大人っぽい小学6年美少女と長身中学生男子の恋を描いた『ベイビィ☆LOVE』(1995~1998年)であるが、今回はあえてその前作にあたる『あなたとスキャンダル』(1993~1995年)について取り上げたい。高校生バンドの世界を描いた『あなスキャ』は、タイトル通りスキャンダラスなエピソードが次から次へと巻き起こり、臨場感あふれるシーンも多く、いちいち興奮させられて目が離せなくて、また登場人物たちの性格や行動が比較的ストレートでわかりやすいので、小学校低学年の女児にも読みやすい作品だった。スピーディーな展開とドリーミーな設定が魅力の『あなスキャ』、個人的には『カノジョは嘘を愛しすぎてる』みたいに実写映画にすればよかったのに!と思ってしまう。いや、キャスティングがまず難しすぎるか……。

 主人公は、ミーハーな女子高生・高崎友香(たかさき・ともか)15歳。お嬢様学校として知られる星蘭女子高校に通う1年生だが、友香を含む生徒たちの実態は、言葉遣いも汚い“お下品なお嬢様たち”。となりには金持ちの子息が通う星条男子高校があり、両校は合同で高校生とは思えないリッチなパーティーを開くなど、交流が盛んだが、友香はそもそも男嫌いで、となりの男子高は「お高くとまった気取った奴らが多い」と、良い印象を持っていない。友香が恋い焦がれているのは週に一度、ピアノのレッスンに向かう電車の中で見かける名前も知らない長身美形の「王子様」で、隠し撮りのためにカメラを持っていこうと企んだりする。

 そんなある日、友香はとなりの男子高の2年生・宮沢新(みやざわ・あらた)と接点を持つ。友香は憶えていなかったが、新はかつて友香と同じピアノ教室に通っていた時期があり、友香のピアノの腕前を知っていた。バンドを結成したばかりの新は、ぜひとも友香にキーボードを担当してほしいと考え、友香のことを探していたのだった。新にチケットを渡され、女子高と男子高の合同パーティー(ものすごく立派なホテルが会場!)に出向いた友香は、バンド演奏のステージを見てびっくり! ボーカルの彼はなんと、友香が毎週電車で見かけていた例の王子様だったのだ。そしてこのあと、とんでもない展開が待っていた。演奏終了後、コーラに酔った勢いとどさくさに紛れて彼に抱きつく友香。そのまま眠りについて目を覚ましても酔いが醒めておらず、彼に「好きです」と告白! それに対する彼の答えは、「あたしそーいう趣味ないから」。友香同様、多くの読者もこの時「!」となったであろう。だが、信じられないことに、彼、ではなく彼女、結城芹香(ゆうき・せりか)は、正真正銘「女」だったのである。当然友香は大ショック、「信じない!」とややヒステリックに叫んで現実逃避。連載がはじまった頃の友香は、男に免疫のない夢見る女の子。しかも落ち着きがなく、思い込みが激しく、暴走気味で鈍くさい。りぼん読者が憧れるタイプでも共感できるタイプでもなかった。逆に言えば、りぼん読者にとって等身大のキャラクターではあったかもしれない。

 でも、友香のピアノの腕前は凄いらしい。パーティーの翌日、新以外のバンドメンバーも女子高の音楽室で友香の演奏を聴き圧倒される。うちのバンドでキーボードをやらないかと、この時友香は正式に誘われるのだが、昨日のショックが尾を引いている友香はそれどころじゃない。放課後は校門のところで芹香が友香を待っていた。女子高の友達は皆、芹香が男だとは気づいておらず、友香を羨ましがってくる。「こいつらに『実は女でした』なんてまぬけなこといえるか」、と友香は内心ひやひや。芹香は、バンド加入の話を真剣に考えてくれないかと話す一方、友香の一目惚れに対しては「幻想」「笑っちゃうよ」とあまり取り合う様子はない。カチンときた友香は「女だとわかった今でもその気持ちはこれっぽっちも変わっていないわよ!!」と反発、バンドの話を引き受ける。友香がバンドに加わって、物語は本格的に動き出す。プロデビューを目指すバンド活動と恋愛ドタバタが絡まり合って、ハイペースに進行していく。

 バンド名はスパイラル(SPIRAL)で、メンバーは5人。キーボード担当の友香以外の4人をここで紹介する。ボーカル担当の結城芹香、16歳。女性でありながら、ビジュアルは至って男性的で背も高く、友香のみならず多くの女性がハマるような“イケメン”で、クォーターゆえ髪色は明るく、人目を惹きつける容姿が相まって、黙っていても存在感があって目立つタイプ。高校には通っておらず、5匹の猫とアパートで暮らし、バンド練習以外はバイトに明け暮れているのだが、何やらワケありの模様だ。 実は元華族の由緒正しい家で生まれ育った芹香だが、さまざまな背景から居心地の悪い思いをしていた。28歳の製薬会社専務と見合いをさせられたことでついに父親にぶち切れ、家出していた。後半、この婚約者に一流ホテルのスイートルームに監禁されるくだりもある。

 ギター担当の小椋武巳(おぐら・たけみ)、16歳、通称タケ。星条男子高の2年生だが、髪を腰まで伸ばすなど男子高校生らしからぬ風貌、すぐに女の子を口説きはじめる性癖があり、となりの女子高では「星条1のサイテー男」と呼ばれている。イケメン設定だが音痴でもあり、ギターを鳴らして歌うのは長渕剛だったりもする。読者には通じないよな……。このタケにマジ惚れしているのが友香の同級生で生粋のお嬢様女子なのだが、このコも相当良いキャラだった。

 ベース担当の中川保(なかがわ・たもつ)、15歳、星条男子高の1年生。ツリ目が特徴的で性格もクールで不愛想だが、バンドに対する意識や情熱は高い。年上の彼女アリ。登場人物の中では一番地味な役回りだったかもしれない。そして最後に、友香をキーボードに推薦した宮沢新、16歳はドラム担当。両親は既に他界し肉親は祖母のみだが、祖母(かなりパワフル!)は下宿屋(時代を感じる!)を営んでおり、にぎやかな環境で暮らしている。明るく社交的な性格の新はバンドのムードメーカーだ。嘘をつくのはヘタクソだが、実は冷静沈着で頭の回転も速かったりして頼りがいもある。新自身は友香に好意を抱いているのだが、芹香に対する気持ちの整理がつかないままの友香のことを励ましたり慰めたり。しかし友香の心は芹香でいっぱいで、歯がゆい思いをする。このもどかしい恋愛と、バンドのサクセスストーリーの両軸で物語は展開していく。

愛情表現だけじゃない、性的欲求としてのキス

 芹香はクールに見えてお人好しな性格もあり友香を拒み切れず、なんだかんだで友香と芹香は距離を縮めていくが、その関係性は“同性愛”ではなく、“姉妹”か“友達”。友香自身も、芹香に対する独占欲は強くても、結局のところノンケだし、レズビアンを「変態」扱いしているし(それは同作の登場人物全員がそうなのだが)性的な意味での欲求はない。もしほんとうに同性恋愛が展開されていけば、りぼん作品としては異例だっただろうが、友香の初恋は「ときめいた相手が実は女だった」にとどまっている。

 スパイラルの合宿中、自分の気持ちをごまかせなくなった新は勢いで友香に告白。友香は新を恋愛対象として意識したことがなかった(と、新にはっきり言ってしまう!)。いつも元気で明るくて自分のよき理解者であると思っていた新からの告白に友香は戸惑い、そんな友香に、新は「絶対こっちむかせる」と宣言。何かと友香を気にかけていた新と、そんな新を信頼していた友香は、傍から見ると結構いいムードだったりもする。大体友香は芹香に思いを寄せながらも、新がドラム練習しているところに出くわした時は彼の演奏に「すごい かっこいい」とか言っていて、深い意味もなくただ思ったことを口にしただけなのだろうけど、新にしてみればふたりだけの場所でそんなこと言われたらうれしいに決まっているし、友香に対する思いが募っていくに決まっているのだ。うーん、友香って残酷! 自分の見ているもの以外目に入らないという、10代特有の残酷さと純粋さを十二分に持ち合わせている友香だったが、新の告白を機にどことなく新のことを意識するようになり、「新くんがあたし以外の人にやさしいのはイヤだ」と思っている自分に気づいていく。

 ではバンド活動はどうなっているのかというと、恋愛ドタバタの最中でもこちらは順調に進んでいた。スパイラルの目標はずばりプロデビュー。彼らの音楽に対する姿勢は大真面目でストイックだ。放課後の部活動のノリでスタジオに通っているわけじゃないのだ。最初こそ芹香目当てでバンドに入った友香も、「毎日がドキドキの連続」で、バンドに入ってよかったと思う。漫画なので音源は存在しないが、スパイラルのメンバーたちはみんな実力派で素人離れしている。ボーカル担当の芹香に至っては、タケが「今の日本でおまえ(芹香)ほどうたえる奴はいないぜ」と絶賛し、友香も「あの才能のためならなんでもしてあげたい」と賛同しプロデビューを目指すことに異論はない。15~16歳の高校生が主体的に集まったバンドが結成して間もなく実力派って……どえらい話である。また、スパイラルのチームワークと信頼関係がとんでもなく強靭だということが物語の中盤以降、読めば読むほど伝わってくる。

 高校生バンドが対象のコンテストがあり、グランプリを獲得すればCDデビューができる。スパイラルは難関のテープ審査を見事通過、関東大会の出場が決まる。このステージがきっかけで、スパイラルはレコード会社の女社長からデビューの話を持ち掛けられるが、コンテストの裏事情(実は出来レースだった)を聞かされて憤慨、女社長相手に遠慮なく文句をぶつけ「おばちゃん」呼ばわり……。スパイラルは怖いもの知らず、ピュア過ぎる。しかし女社長は「あなたたちがうちと契約してくれるなら、借金はチャラにしようと思ったんだけど」。例のコンテストでひと悶着あり、スパイラルが暴れまくったせいであらゆる機材が故障したのだ(証拠VTRあり)。その負債額、高校生にはいかんともしがたい600万円。ひぇー。

 ここから、芹香の謎めいた生い立ちや実家との確執、婚約者問題、そして失踪、タケから芹香への告白などなど、ほとんど芹香が主人公のような展開が続くが(人気キャラだったんだろうなあ)、他方、友香と新の関係もまた、小学生読者には刺激的な進展が描かれる。帰省中の芹香に会いにみんなで旅行しようと友香が提案、当日タケと保があえてドタキャン、友香と新ふたりきりで行くことに。旅館で過ごす夜、物音に怯えて新に抱きつく友香。浴衣姿ということも相まって、なかなかエロい。新の理性、自制心、平常心はガラガラと崩れ落ちていく。ものすごく露骨にセックスを連想させられる、きわどいシーンだ。しかし読者の期待とは裏腹に、その瞬間までセックスの予感など微塵も抱いていなかった友香は、拒絶して部屋を飛び出す。追いかけて「好きな女抱きしめたいと思て何が悪いねや!!」と叫ぶ新。「キスしたい」じゃなくて「抱きしめたい」かぁ! さらに「ゆかた1枚で抱きつかれた俺の身にもなれえや!」とも。「新くんがそおゆう人だとは思わなかった!!」と友香。高校生のセックスに対する認識の、男女間のズレがむき出しに……。この10ページ余りに渡る一連の展開に、小学生読者の頭はギンギンだっただろう。『りぼん』のラブシーンって大抵はキスに重点を置いていて、だからキスシーンはたくさん出てくるのだが、「性的欲求」というより「愛情表現」の意味合いを強調したものが多かった。その点で、絵にしろ台詞にしろ『あなスキャ』のラブシーンは、際どいラインまで突っ込んでいたといえる。男3人と旅行に行くという友香に対して星蘭女子の友達が言う「危ないじゃないの! 普段いい人でもいつ豹変するかわかんないんだよ!?」とか、芹香がホテルに監禁された時のタケの「男が女を監禁してやることといったらひとつだろーが!」とか、エロを連想させる台詞は多い。

 旅館での件があったあとも、友香はなかなか新と向きあわない(読んでいてイライラ)が、帰ってきた芹香の後押しでようやく自分の恋愛感情が誰に向いているのかを自覚、ついに友香と新は両想いになる。バンド活動はというと、レコード会社の女社長が再び現れ、別途コンテストにスパイラルを推薦。以前メンバーたちと商品扱いしたことを詫び、1日も早く世に出て欲しいとエールを送る。コンテストに出場したスパイラルは、晴れてCDデビュー。友香は「あたしたち恋人にはなれなかったけど親友にはなれるよね…?」と芹香に語りかけ、この世でたった1人だけのあたしの王子様は新だと悟って、もうこれ以上ないくらいのハッピーエンドで物語は終わった。

レズビアン=変態、という前提

 90年代「りぼん」はヒット作を連発しているが、その多くは、恋愛だけを題材にするのではなく、家庭事情や社会問題といった「大人」の動向に重きを置き、大人に翻弄される「子ども」の成長を描いている。『あなスキャ』にもその傾向は見られるが、他作品と趣が違うのは「大人の影がとっても薄い」ことだ。そのぶん、超ドリーミー。スパイラルは、高校生が自分たちの勝手で作ったバンドであり、彼らは自分の信じる方向のみを見据え、とにかく自力で何でも解決しようとする。大人に失望しているわけじゃないけど、大人をあてにするつもりはない。芹香を除く4人は金持ちの通う学校に在籍する高校生だから、経済的に裕福な保護者に依存しているだろうけど、作中彼らの親はほとんど出てこなくて、“うざい親”の干渉を受けることなく好き勝手にドタバタやっている高校生たちの姿は読者から見るとやたら楽しそうで、理想郷ともいえる。金だけ出して一切干渉してこない親たち、最高過ぎる! 現実の高校生はもっと子どもだし大人に依存しているし、バンドのプロデビューだってこんなにトントン拍子に運ばないし、話せばわかる大人ばっかりじゃないことを高校生になって知ったけど、『あなスキャ』連載当時小学校低学年だった私から見たスパイラルの面々は「理想の高校生」で、ものすごくかっこよかった。小学生にとって高校生は死ぬほど大人だったということを、今回『あなスキャ』を読み返して思い出した。

 当初、主人公の友香は、ピアノはうまいけど鈍くさくて“ビミョーな感じ”の主人公だった。ところが物語が進むにつれ、自分の才能を発揮する場ができて、バンド仲間にも大事にされている友香のことがだんだん羨ましくなった。駆け引きとか媚びとか、いわゆる“小悪魔ちゃん”を一切やらずして、つまり何の努力もなく地のまま「チーム男子の紅一点」というものすごく美味しいポジションにいられる友香。そんな友香を主人公とした『あなスキャ』は、女のいやらしい欲望存が分に詰まった作品ともいえる。作中、主人公の友香のみを中心に展開するのではなく、メインキャラ(友香、芹香、新)もサブキャラ(タケ、保)も含めたスパイラル5人全員に、それぞれの人間性や魅力が現れるような“見せ場”がしっかり用意されていたのもよかった。各キャラに、それなりにファンがついていただろうと思う。いわゆる“推しメン”的な感覚で、「タケ派」「新派」「保派」とかね。

 最後にひとつ特記しておくべきことがある。『あなスキャ』が連載されていたのは約20年前であり(ってことは、スパイラルはもうアラフォーなのか!)、当時の世相を反映させた結果ともいえるが、作中レズビアン、あるいは同性愛に対する差別が当たり前のように描かれていた。物語序盤の芹香が実は女だったという騒動は、「レズビアン=変態、気持ち悪い」という前提で成り立っている。レズビアンらしき女子生徒と接触すれば「気持ち悪~い」とハンカチで手をゴシゴシ、変態がうつると大変だから離れろ、とまで言う。『あなスキャ』の徹底的な同性愛否定描写は、レズビアンである女子読者を傷つけたり、大半のノンケ女子読者に「レズって変態」と偏見を植え付けていた側面は否定できない(2008年発売の文庫版では、「変態」「気持ち悪い」といった表現に修正がかかっている)。同性愛否定に疑問を投げかける登場人物は最後まで登場しなかった。高校生バンドがやりたい放題でスピーディーに展開する『あなスキャ』は、今読み返してもハラハラドキドキ、とても魅力が詰まった作品だが、それだけに同性愛否定描写が強かったことが残念事項でもある。

最終更新:2016/12/04 20:00
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