サークルクラッシャー列伝 その5~所有されない女、彼氏面する男

2016/11/16 20:00

◎サークルクラッシャーを「既読スルー」したら?

ライトノベル『サークルクラッシャーのあの娘、ぼくが既読スルー決めたらどんな顔するだろう』(著:秀章、イラスト:R_りんご、角川スニーカー文庫)が今月初めに発売され、話題になっている。当連載で、5回もサークルクラッシャーについて扱ってきた筆者としては、なんとしても一読せねばなるまいとの使命感から、さっそく手に入れてページを捲ってみた。

舞台は、「七氏族軍資」と呼ばれる伝説の秘宝を追い求める冒険者たちの時代。「軍資に一番近い」とされる旅団(サークル)のメンバーたちが、とあるダンジョンで巨大な結晶の封印を解いたところから、物語が始まる。結晶から現れたのは、金色の髪がなびく美少女・クリスティーナだった。クリスティーナは記憶喪失であり、その記憶を取り戻すため冒険をともにすることになる。しかし、彼女の存在によりメンバーの間に亀裂が入るようになり……。

最強の旅団と呼ばれ、屈強なモンスターでも容易く倒すメンバーたちも、サークルクラッシャー・クリスティーナの前では無力に等しかった。次第にメンバーたちの心はバラバラになっていってしまう。

こんな場面もある。自分への気持ちを確かめようとする白魔道士に対して、クリスティーナは優しさや読書家といった魅力をあげ、「それに……私のこと好きですよね? ですから、好きです」とあっけらかんと話すのだ。つまり、彼女からしてみれば、「旅団のメンバーが私のことを好きだから、私も好きになった」という理屈が成り立つ。これでは、どちらがサークルクラッシュの原因を作ったのかわからなくなってしまう。さんざん思わせぶりな態度を取っておいてそれはない、と思わないでもないが、彼女の言葉はサークルクラッシャーのある一面を浮かび上がらせている。

サークルクラッシャーを語る際は、「女=加害者」という側面だけに焦点を当てられがちである。しかし、ことが恋沙汰である以上、必ず「相手」の存在が必要不可欠だ。相手の存在なくしては、恋沙汰は発生しないため、サークルクラッシュは成り立たない。となれば、サークルクラッシュの原因を女側だけに求めるのはフェアでないし、検証としては不十分である。

サークルクラッシャー問題を扱うシリーズの一区切りとして、今回はこれまで注目してこなかった男側の問題を含め、サークルクラッシャーが発生してしまう構造について考えていく。

◎「自分のものにならないなら、あいつはビッチ!」というレッテル

これまで当連載では「承認欲求型」「狩猟型」のサークルクラッシャーを取り上げてきたが、前述のクリスティーナは、「無自覚型」のサークルクラッシャーだ。「無自覚型」は、男を引きつける美貌や媚態を備えており、簡単に言ってしまえば非常にモテる。モテるだけならいいのだが、すべての相手からの好意を受け入れ、自分も好意で応えようとしてしまう結果、男たちの間で「所有」を巡る争いが起き、サークルを崩壊させてしまうことになるのである。

しかし、その所有という発想が、そもそも「無自覚型」にはない。「誰かに所有されなければならない」という考え方は、すべての好意に応えようとする慈悲深い彼女たちだからこそ、ナンセンスなものに思えてしまう。「誰か一人に所有されるべきだ」と説教するのは簡単だ。しかし、それは男側の理屈であり、そういった価値観を持たない彼女たちに押し付けることが果たして可能なのだろうか。そして男側が強弁するほど、それは自明な理屈なのだろうか。

たとえば、こんなパターンもある。新入社員のAさんは、3つ上の先輩B(男性)から業務の指導を受けていた。教え方が丁寧なBを信頼したAさんは、業務以外にも将来のキャリアプランや人間関係の悩みなども相談するようになった。それはあくまで職場の上司として信頼を寄せたにすぎない。だが、BはAさんに個人的な好意を持つようになり、Aさんを食事に誘うようになる。Aさんには彼氏がいたため、はじめはやんわりかわしていたのだが、何度も誘ってくるため断りづらくなって、プライベートの飲みに何度か付き合うことになった。

Aさんに声を掛けてくるのは、Bだけではなかった。Bの上司にあたるCもAさんに好意を持っており、何度も執拗に飲みに誘ってきた。何度も断ると角が立つと思ったのと、会社や仕事のことをもっと知りたいという純粋な向上心から、こちらも何度か付き合うことにした。

しかし、BともCとも二人きりで飲みに行き、かつ彼氏と同棲するために準備していることが知られると、「あいつは、サークルクラッシャーだ」と周囲から呼ばれるようになった。BとCが吹聴したことは明白である。「自分のものにならないなら、あいつはビッチ!」といったレッテル貼りの常套句に、「サークルクラッシャー」という言葉が使われてしまったのだ。Aさんからしてみれば、ただただ迷惑な話でしかない。

◎「誰か一人に所有されるべきだ。特に女はな」

同じようなパターンは、ある大学の音楽サークルでも起こっている。大学1年の時に複数の先輩から言い寄られ、いつの間にかサークルクラッシャー扱いされていたDさんは、こう憤る。

「男側からすると、『お前が思わせぶりな態度をした』ということになるのかもしれませんが、とんだ濡れ衣ですよ。これからサークルに馴染んでいこうとする1年生としては、先輩から食事に誘われれば断れないし、音楽の話も聞いてみたい。なのに、『俺以外の男とも、ご飯を食べに言っている』と、勝手に彼氏面(づら)されても……。ご飯を食べに行ったくらいで舞い上がった挙句、人をサークルクラッシャー扱いするなんて幼稚にもほどがあります」

彼氏面については、筆者が以前、ダイヤモンド・オンラインに書いた記事を参照してほしい。交際していないのに、あたかも自分が彼氏のように振舞う彼氏面男子たちが、「所有」を断念せざるを得なくなった時の便利な捨て台詞として、「サークルクラッシャー」という言葉が使われることもある。「悪いのは、思わせぶりな態度をとったあいつ。俺はむしろ被害者だ」と。

サークルクラッシャーに「無自覚型」があるならば、無自覚にサークルクラッシャー認定されてしまうこともある。勝手にサークルクラッシャー呼ばわりされた彼女たちがそうだ。いずれにしても、彼女たちにサークルクラッシャーの烙印を押すのは、男たちである。それが正しいにしろ正しくないにしろ、そこには「誰か一人に所有されるべき」という価値観が歴然としてあり、その禁を犯した者には「サークルクラッシャー」という烙印が刻まれるのだ。

そして、同じことを男がしてもサークルクラッシャーとは呼ばれないという非対称性が、問題の背後に横たわっている。仮に複数の男と肉体関係を持った女がいたとしよう。確かに彼女たちは、サークルクラッシャーと呼ばれてもしかたない側面があるかもしれない。しかし、逆を考えてみるとどうだろうか。男が同じことをしても、ただの「遊び人」や「ヤリチン」といった言葉で片付けられることが多い。下手すると、浮名を馳せた男の武勇伝として語られることさえある。はっきり言ってしまえば、「誰か一人に所有されるべきだ。特に女はな」ということになる。男にとってサークルクラッシャーという言葉は使い勝手がいい。

この非対称性を無視して議論を進めてしまうと、サークルクラッシャー問題が「女性個人の資質」(ビッチやメンヘラといった)に矮小化されて語られることになってしまうのである。

◎環境が生んだ怪物〜誰が彼女たちを作ったか

もう一つ、女を“姫”として祭り上げてしまう集団の問題点がある。当連載でも工学部といった、男が圧倒的に多い集団で起こったサークルクラッシャー事件について取り上げたが、とりわけ男が多く、女の存在が貴重な集団においては、必要以上に“姫”としてチヤホヤしてしまう例がたくさん報告されている。そうした環境のなか、自己肯定感が低い女が承認欲求を肥大化させてしまったり、男を操るのに喜びを覚えてしまったりした場合に、サークルクラッシャーの問題が起こりやすい。ここでもやはり、男側のいびつさが浮き彫りになる。

一人の女が、サークルクラッシャーに身をやつした過程が垣間見られる証言を紹介しよう。

入社5年目の女性Eさんは、男が多い部署でチヤホヤされる存在。若い女性社員がBさんのほかにおらず、男からの視線と愛想を独り占めする“お姫様状態”を心地よく思っていた。

しかし、自分よりも若くて可愛い新入社員が配属されてからは、その状況が一変する。新入社員に男の視線が集まり、自分は「何を言っても許される、いじられキャラに降格してしまった」(Eさん)という。実はEさんは、同じ部署の上司(40代)と不倫関係にあったのだが、その上司まで新入社員に鼻の下を伸ばした態度を取っていることが、やけに癇に障った。

新入社員のFacebookには、週末に彼氏と相手とデートした写真がアップされている。一方で、自分は上司と不倫関係にあり、とても幸せな恋愛をしているとは言えなかった。自分がすべての面において劣っていると感じてしまうような、惨めさを抱くようになっていった。

きっかけは、偶然のトラブルだった。名前で検索してこっそり見ていた新入社員のFacebookの投稿に、誤って「いいね!」を押してしまったのである。それに気がついた新入社員は、「先輩、あんまり私のFacebookをチェックしないでくださいよ~(笑)」と冗談めかして、Eさんに声をかけてきた。その瞬間、Eさんの中で、なにかのスイッチが押されたという。

Eさんが標的にしたのは、新入社員に言い寄っている30代の男性社員。部署内でもイケメンで通っている彼からのアプローチに、新入社員もまんざらではない様子だった。彼を「仕事の悩みを相談したい」と飲み誘ってから男女の関係になるのに、時間は掛からなかったという。「私もまだ若くて、新入社員よりモテるということを証明できた気がした」(Eさん)

しかし、以前から不倫の相談をしていた20代の男性社員とも関係を持ったのがいけなかった。この男性社員がEさんに本気になってしまい、上司に不倫関係を解消するように直談判する騒ぎを起こしてしまったのだ。さらに、新入社員にアプローチしていた男との関係も、この男性社員によってバラされてしまった。不倫相手の上司が大人の対応で事態を収拾したため大きな問題にはならなかったが、今でも同じ部署で働く4人はギクシャクしたままだ。

Eさんは、集団の中で特定の女を“姫”として祭り上げる男の視線を内在化し、それに固執するがあまりにサークルクラッシャーと化してしまった。孤独な無人島生活にサークルクラッシャーがいないように、集団がないところにサークルクラッシャーは存在しない。集団が抱える問題が、サークルクラッシャーという「現象」に顕在化しただけだとも考えられる。

いずれにしても、サークルクラッシャーの問題を語る際には、サークルクラッシャー個人の資質や性格だけではなく、サークルクラッシャーを発生させる構造や環境にまで踏み込んで考えなければ本質は見えてこない。ある一面では、サークルクラッシャーは「環境が生んだ怪物」だと表現することも可能だからだ。さらに言えば、個人の資質と構造的な問題が相互に影響しあって、「サークルクラッシャー」という現象を生んでいると分析することもできる。

世に男と女の集団がある限り、サークルクラッシャーの種は尽きない。今日も、どこかでサークルが崩壊しているかもしれないのである。当連載でサークルクラッシャーを扱うのはこれで一区切りとするが、新たな情報や知見が獲得できた際には、再び筆をとりたいと思う。
(宮崎智之)

最終更新:2016/11/16 22:09
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