ジタバタする本木雅弘に、自分自身の「清さ」を問いたくなる『永い言い訳』

映画や舞台には、その作品のことをいつまででも話していられるものと、ちょっと感想を言い合ったら他の話題にすぐ移ってしまうものがあります。今回取り上げる『永い言い訳』はまさに前者で、見終わって何日経っても、ふとこの映画のことを思い出して考えている自分がいました。今年もたくさんの映画を見てきましたが、その中でも今年一番の映画と言える『永い言い訳』。映画は映画で完結していて、その世界を受け取った上で、あとからいろんなことを考えてしまうという意味でも、余韻の残る良い作品だと思います。

ストーリーは、人気小説家の津村啓こと衣笠幸夫(本木雅弘)の妻・夏子(深津絵里)がスキーに向かう途中にバス事故で亡くなるところからスタートします。一報を聞いたとき、愛人といた幸夫は妻の死を悲しむことができませんでした。ところが、ひょんなきっかけから、幸夫は同じ事故で亡くなった妻の友人である大宮ゆき(堀内敬子)の夫・陽一(竹原ピストル)や、その子供たちと出会い、少しずつ変わっていくのです。

まず私が惹かれたのは、冒頭の、夏子が幸夫の髪を切っているシーンでした。このシーンだけで、幸夫が現状に何らかの不満を抱えており、妻につまらないことで当たってしまったり、他人を信頼できていない感じがじわじわと伝わってきて、「幸夫ってダメなやつだな」ということを共有できます。そんな幸夫を困ったように、しかももう諦めたように見ている夏子の表情には、二人の関係を、ものの数分でわからせる力がありました。

幸夫は、妻が亡くなっても泣けない。それなのに、妻が亡くなったという事実にはしばらく縛られたまま生きていきます。そんなときに出会ったのが、陽一くんの家族でした。

陽一くんは幸夫とは正反対で、泣きたいときには泣き、怒りたいときには怒る人物です。そんな陽一に幸夫は引き気味なのですが、なぜか陽一の息子・真平にはシンパシーを感じます。

事故で母親が亡くなり、妹の面倒を見るために中学受験を断念する真平に勉強を続けさせようと、幸夫は大宮家で妹と留守番をすることになります。そのときに幸夫は、陽一に向かって、悲しいときこそ真平くんから勉強をとりあげるのはよくないということで「やりきれないでしょ、よりどころがないと」と言いますが、これは真平のことを説明しているようでいて、自分自身に言っているようなセリフでもありました。幸夫にとっては、大宮家に行くことが「よりどころ」になるのです。幸夫と真平が同じタイプの人間であるということはこのシーン以降、随所で感じられます。

複雑な自意識を持つためにかわいげのないように見える幸夫ですが、実は、何かあるとすぐに表情や言葉に出るし、周囲から見るとわかりやすく、愛らしさがあります。そのため冒頭の夏子の困ったような、かといって見捨てられないような表情の理由が、見ている私にも共有できてしまうのです。

それは、この映画のパンフレットについているDVDをみて確信に変わりました。このDVDでは、本木さんが幸夫になりきってインタビューを受けているのですが、その目的は、実は幸夫を演じる本木さんの本音を引きだそうというものでもあり、本木さんはインタビューの中で、幸夫について「私のなかでは、衣笠幸夫のほうが、本木雅弘より清いんですよ」と語っています。

本木さんがそう思った理由は、妻の携帯に残った自分への未送信メールを見て憤慨している幸夫が、直後に撮影されたドキュメンタリーで、その気持ちをストレートに出してしまうからということでした。もしも自分が幸夫ならば、そのドキュメンタリーでこそ、「みるもなめらかに、なんの気持ちもかき乱されることなく、体裁を整えた愛ある言葉をたくさん語っていたと思う」と本木さんは言います。これは、常に自分以外の人を演じて生きている俳優ならではの視点でしょう。

本木さんはインタビューの中で、「どんなどうしようのなさを持っている人間でも、『世の中の見方を変えれば人間って変われるよ』と言ってあげたと思うけど、私の中の本音は、『そうそう人間って変わらないよ』というのが動かないし、どこかで、そんなことで変わったふりをしてやるけど、ほんとには変わらないという自分がいる」と語っていました。

もちろん、この映画は、大宮一家と出会ったことで幸夫が順調に再生していく、といった単純な作品にはなっていません。子供と過ごすことで、徐々に幸夫の心が澄んでいき、このまま再生するのでは……と思いきや、幸夫の「清くなさ」が顔を出し、すんなりと成長はさせてもらえないのです。こうした描写があることはフィクションとして信頼できますし、その後、もう一度再生するチャンスが訪れるのもフィクションらしい良いところだと思います。

しかし、純粋無垢な陽一くんであれば、妻への思いを断ち切った後に新たに愛する人が現れても、私たちは彼の新しい門出を祝福できるのに、自意識が強く卑屈な幸夫に同じことがあっても簡単には祝福できません。本当に幸夫のような人がいたとき、妻の死に向き合い変化しつつも、しばらくしたら、また同じような人生を繰り返すんじゃないか、と私自身も考えてしまいました。その疑念は、本木さんと同じく「自分よりも幸夫のほうが清い」という気持ちも芽生えさせます。物語のように、世の中はすっきりといかないという気持ちがあるから、自分は複雑で清くはないと思ってしまうのです。

本木さんは別のインタビューで、「こんな自分は、西川監督には使ってもらえないと思っていた」と語っていました。それは、本木さん自身が、自分の複雑さは、西川作品に要求されるような類ではないと考えていたし、本木さんのこうした複雑さをちゃんと見抜いて使った人がこれまでにはいなかったということでしょう。そして、本木さんもそこに対してのあきらめがあったということなのかもしれません(それは、海外で評価される映画に出たとしても、本木さんにとってはずっと気になっている部分であったでしょう)。そんな本木さんのキャラクターを存分に生かした点についても、この映画は価値があります(かといって、今後そんな役の依頼が本木さんに来まくったとしたら失笑ですが)。

またこの映画は、男と女の別れと、そこからの再生のことをきちんと書いているのに、「男だから」とか「女だから」という目線でこちらが見ることはありませんでした。男女問わず、誰にも幸夫のようなところもあり、陽一のようなところもあるのだと思える、私にとって、とても珍しく不思議な映画でした。

そこには、本木さんの性質もひと役買っているのではなかと思います。本木さんは、常に逡巡していて、これでいいのかと迷っているようなところがあり、どのインタビューを見ても、いい意味でまとまりがなく、ジタバタしまくっているのが伝わってきます。でも、そのことで、いつもここで取り上げる「男らしさ」(逡巡せず迷わずまとまりのある答えを持っていてジタバタしないほうがいいとされるような)、に本木さんが縛られていない感じがするし、そこが幸夫からもにじみ出てきていたのかもしれません。

そして、西川監督は、そこを引き出すために、かなり本木さんにプレッシャーもかけたことでしょう。50歳になって、こんなにジタバタできる人は本木さん以外にはいないだろうし、複雑といいつつも、それをすべてさらけ出してしまう(本人は、その奥にもまた自意識の層があり、今出しているジタバタはすべてではないと思っていたとしても)ことは、とてもチャーミングであり、なかなかできることではなく、そういう「清い」彼がいなければ、この作品は成立していないのではないかと思うのです。

パンフレットの付録のDVDの中で、本木さんは監督から、常に揺さぶられていました。あの姿を見ていると、妻の夏子の残した携帯のメールも、幸夫をいつまでも揺さぶるための置き土産みたいだなとも思えてきました。あんなメール、ほかの夫婦の間で出てきたらもっと悲劇になりそうなものなのに、どこかコミカルな印象を残すのもまた、本木さんのキャラクターがあってのことなのかもしれません。
(西森路代)

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