【連載】ヤリマン女の性生活報告

「絶対にセックスの誘いを断らない」人生で浮気していない期間がない、ヤリマンの素顔とは?

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チアキさん

 “誰とでもセックスするヤリマン”と聞くと、我々は、受け身の人間性を想像してしまいがちである。確かに、一昔前に“サセ子”“公衆便所”と呼ばれていたようなヤリマン女性たちのイメージは、男の欲望に無条件に従う(どこか頭の弱い)女というものである。つまり、完全に他者の価値観、他者の欲望の中で生きているような女性像だ。

 しかし、昨年から“ヤリマン”を冠したトークライブを主催している筆者が会うような近年のヤリマン女性たちの多くは、驚くほど自己中心的で、自らの欲望を最優先する《捕食者》のメンタリティーなのだ。果たして、“ヤリマン”を自称する女性は、一般女性読者の目にはどう映るのだろうか?

第2回 OL チアキ(前編)

 今回紹介する女性は、筆者が初めて出会った「絶対にセックスの誘いを断らない」と公言する女性である。

「基本的には誰でもいい。“今日調子悪い”っていうとき以外はヤリます。だって、いくら愛してたって、足折れてる時にはヤラないでしょ? そういう場合以外は絶対断らないし、断る理由がない。会って、この人嫌だっていうのは……見るからに病気だろって人とか、風邪ひいてる人くらいかな」

 それでは、“健康状態が悪いとき以外はセックスを断らない女”こと、チアキが完成するまでを聞いていこう。

■11歳の時、母親の彼氏が相手だった

 チアキは現在愛知県で暮らしている、40代のOLだ。OLといっても見た目の派手さからわかるように、だいぶ緩やかな職場である。勤務先の社長は、彼女がヤリマンであることも知っているという。そんな“会社公認ヤリマン”のチアキが生まれたのは、大都会・東京の港区青山。

「物心がついた頃から母子家庭で育ってたけど、実際には、月に1回、父親と会ってたの。でもその人は親戚だって言われてた。子どもって、血縁とかよくわからないじゃない? 何者かわからないまま、私が中学生の時にお父さんは死んだんだけど、その葬式の席で死んだのはお父さんだったって、初めて知らされたの」

 そんなことが、現実にあるのだろうか?

「すごいでしょ(笑)。最初は“親戚の××さんが亡くなった”ってだけだったんだけど、葬式に行ったら、母が親戚に向かって“この子は娘なんで……”って! その瞬間“え~っ!? ちょっと待って!”って」

 実兄の存在も、その時に判明したという。だが、さらにさかのぼれば、祖父母の代にも……。

「私は子どもの頃、手先が器用で“おじいちゃんに似たんだね”なんて言われてた。そんな大好きだったおじいちゃんが死んだときに、私の母は“おばあちゃんがどこかよそで作った子だ”って言われてて……私、おじいちゃんの血を一滴も継いでないの(笑)」

 多くのヤリマン女性の人生が、いびつな家庭環境で始まっているように、チアキの人生も、いびつにすぎる、そして極めて都会的な環境で始まっていた。その親子関係の希薄さは、初体験の際のエピソードに、象徴的に表れている。

「小学生の時ですからね……11歳の時、母の彼氏が相手だったんです。今考えたらビックリするね(笑)」

 今考えなくてもビックリしてほしいレベルの話は続く。

「週末になると母に連れられて、その人の家に行って、ご飯食べたりしてたんです。その時に、母も小さい我が子が彼氏と仲良くするのはうれしいから、“一緒にお風呂入りなさい” って言ったり、私を彼氏の横に一緒に寝かせたりしてたのね。だから私も、すごいその人に懐いてたんだけど、その人、小学校教師だったんです。あっ、私の担任じゃないよ。

 千葉の人で、母より年下で当時30歳くらいの、若い兄ちゃんでしたね。母も安心してたから、一緒にお風呂入ったりしてて、ある日私が留守番しなきゃいけない時に、その人の家に預けられて、その日が最初のセックス」

事実は小説よりも奇なり

しぃちゃん

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