[官能小説レビュー]

体を売ることで少年は男になる? 石田衣良『娼年』、“成長”を描く性描写の妙

2016/08/29 19:45
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『娼年』(集英社)

 ランニングをして体に負荷をかけることが快感だと思う人もいれば、「ただの苦痛でしかない」という人もいるように、セックスを愛する相手と快感を求め合う行為ではなく、“性欲の処理”とだけ捉えている人もいるのではないだろうか。若者がセックス離れしているといわれる昨今、特定の恋人はいるけれど、性欲は自慰で解消する……という人も少なくないという。

 確かにセックスは日々蓄積する性欲の解消、そして子を作るための行為ではある。しかし、人と人とが、一糸まとわぬ姿で獣のように“欲求を満たす”という摩訶不思議な行為には「この人の彼氏になりたい」「この人のことをもっと知りたい」など、言葉では説明できない思いが錯綜している。それに気付くと、セックスという行為は何にも代え難い、稀有で魅力的なコミュニケーションになるのだ。

 今回ご紹介する『娼年』(集英社)は、セックスはもちろん、学生生活にも恋愛にも魅力を感じない、無気力な日々を過ごす青年・リョウが主人公だ。

 リョウは、ルックスも勉強も平均点以上を取れる人物。退屈な大学生活に背を向けて、バーテンダーのアルバイトしていたところ、目の前に現れたのが、御堂静香と名乗る女性であった。

 母親と同じくらいの年齢と見受ける静香は、ギムレットを片手に、リョウに話しかける。次第に話題がセックスの話になると、突然「あなたのセックスに値段をつけてあげる」と提案する。彼女は、会員制の男性クラブのオーナーだったのだ。

 アルバイトを終えた深夜、リョウは静香とレストランで食事をし、彼女の部屋へと導かれる。自身のセックスを「退屈」というリョウを査定したのは、産まれた頃から盲目である若い女性・咲良だった。躊躇しながらも、普段通りにセックスをこなすリョウだが、咲良の中に入ると数秒もたたないうちに果ててしまう。これを静香は、“情熱”の試験だと言った。

 クラブで働くことになったリョウは、さまざまな女たちと、時間と体を重ねる。その度に、これまで抱いてきた、退屈でしかないセックスのイメージが覆されてゆく。

 ある日、大学の同級生であるメグミがクラブを訪れる。リョウは、彼女に好意を抱かれていることには気づいていたが、日頃から正義感を振りかざすタイプのメグミに対して、友情以上の気持ちはなかった。

 共通の友人であるシンヤから、クラブで働いていることを聞いたというメグミに、なぜ体を売るのかと執拗に責め立てられる。恋人同士が互いの愛を確かめ合うという“まっとう”なセックスしか知らないメグミに対して拒絶心しか抱かけず、リョウは彼女を突き放してしまう。

 何事にも平均点以上をクリアするリョウは、本来ならばメグミのような“まっとう”な女性と恋愛をし、結婚をして家庭を築いたはずだ。にもかかわらず、彼女を拒絶するのは、彼に深い傷があったから。幼い頃、リョウは母親を失っていた。それも、彼が熱を出した日に、今まで見たことのない厚い化粧を施し、高熱に苦しむリョウを自宅に1人残り、母親は道中で亡くなったというのだが……。

 全てのことに無気力であったリョウが、ボーイズクラブで体を売ることで、心が震えるような快感を学び、男として成長してゆく。“性欲処理”の裏側にある、無数の人間模様を垣間見ることにより、初めてリョウが“生きている”と実感してゆく様子に、思わず「がんばれ」とエールを送りたくなった。
 
 また、著者の石田衣良氏は、セックスを介した人の“成長”を主なテーマに書いているため、一見性描写はさらりとした印象だが、一字一句丁寧に読み進めると、これ以上にリアルな描写はないだろうと思わされる。例えばリョウが初めて咲良と交わるシーンでは、今までリョウが体験したことのない“肉体的官能”が生々しく描写されており、セックスによって彼が変わっていく兆しがひしひしと伝わってくる。

 圧倒的な性描写、そしてリョウという少年の成長録が味わえる『娼年』。読者は本を閉じた直後、体当たりでのセックスを通して、悩み、考え、静香の元で学んだことを指標に道を歩もうと結論付けたリョウに対して、思わず安堵のため息をついてしまうことだろう。
(いしいのりえ)

最終更新:2016/08/29 19:45
『娼年(集英社文庫)』
まっとうなセックスの方が難しそうな気もする
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