“子宮作家”瀬戸内寂聴の問題作『花芯』~園子に宿る空虚な悪女性と「お花畑」な男たち

◎瀬戸内寂聴が文芸誌から干された小説

瀬戸内寂聴の小説を原作とした映画『花芯』(安藤尋監督)が、全国公開された。『花芯』が『新潮』(新潮社)に発表されたのは1957年。60年近く前の作品だ。ストーリーは、親が決めた許婚・雨宮(林遣都)と結婚した主人公の園子(村川絵梨)が、雨宮の上司・越智(安藤政信)と恋に落ち、不倫関係になるというもの。現代としてはありきたりな主題のようにも思えるが、発表当時としてはその性的描写も含めて衝撃的だったのだろう。

「花芯(かしん)」とは、中国語で子宮を表す言葉。同作では、子宮という言葉が多用されているため、当時の批評家から厳しい批判を浴び、以後数年、作者は文芸誌での活動を中断せざるを得なかったという。“子宮作家”のレッテルまで貼られたというから手厳しい。

作者は雑誌『婦人公論』(中央公論社)2008年4月7日号のインタビューに、「批評家は一斉に私小説だと誤解した」と批判の理由について分析している。もしくは、「こんなことを言う批評家はインポテンツで女房は不感症であろう」という、いささか度が過ぎた反論が火に油を注いだのかもしれない。いずれにしても、“私小説の主人公”としての園子は、反道徳的な「悪女」とみなされた。

そして、発表から60年が経った2016年。女の不倫が珍しくなくなった現代において、園子はありきたりの女になってしまったのかというと、そうではない。「サイゾーウーマン」(2016年8月5日付)に掲載された安藤監督へのインタビューでは、「この映画を見た男性の中には『園子のことがわからない』という方が多かった」という問いかけに対し、「彼女のことが『わからない』という男は、おそらく園子のことが怖いのかもしれません」と回答している。

「怖い」の方向こそ違えども、60年前にしろ、現代にしろ、園子を怖れる男たちの感情には変わりない。不倫がありきたりになった現代だからこそ、かえって園子の悪女性が際立つ。

◎からだじゅうのホックが外れている感じだ

なぜ、男たちは園子に恐怖を覚えるのか。それは、園子が驚くほど「なにもやっていない」からだ。女学校時代に教師の畑中と秘密の関係を持った際も、雨宮と結婚した際も、画家志望の正田に言い寄られた際も、園子は自分から能動的な行動に出ていない。そんな園子を越智は「きみという女は、からだじゅうのホックが外れている感じだ」と表現している。

越智と不倫関係に至る程ですら、雨宮に気持ちを伝えていないのにもかかわらず、雨宮は「みなまで言うな」とばかりに園子の気持ちを察して、不倫への手はずを整えていく。

こうした唐突な展開に観客は違和感を覚えたかもしれないが、原作でもだいたい同じだ。むしろ、映画のほうが親切に描写しており、原作のほうが「なにもやってなさ」が際立つ。その「なにもやっていなさ」が、同作を現代にも通じる文学作品たらしめていると言える。

原作では、畑中を巡って、こんな描写がある。若い男の欲情と、少女の好奇心により二人は肌を触れ合わすのだが、決して“行為”には及ばない。若い男にとっては、拷問に近い状況だ。しかし、畑中はそんな状況に耐え、園子の「純潔」を守る使命感から、「どんなに苦しくても何もしない。きみはきれいにしておかなければ……」と絞り出すように言う。

さて、園子少女は、そんな畑中に惚れ直しでもしたのだろうか。現実はそんなに甘くない。

「私はふきだしそうになった。男の身勝手さ、畑中というこの男は軽率にも、私を愛していると錯覚しはじめたのだろうか」

一生懸命に我慢した割には、さんざんな言われようである。

しかし、「園子は冷たい」と感じるのは、筆者が男だからであろう。「お花畑」とは女の心象を形容する言葉として使われがちだが、舞い上がっているのは若い女と密事を重ねるうちに軽率にも本気になってしまった畑中のほうで、園子は欲望、好奇心と愛の間にある一線を冷静に見つめているのだ。畑中は、脳内で勝手に園子少女との物語を作り上げていたのである。

◎園子が覗いてしまった無意味な「空洞」

園子は、夫の雨宮に対しても辛辣である。つつましやかで、おっとりしていて、純潔な「雨宮が育て上げた空想の園子」になりすますのは簡単だと、園子はうそぶく。ただぼんやり座っているだけで、雨宮が勝手に夢を見てくれるというのだ。なんて楽勝な男なんだ、と。

雨宮は勝手に純潔だと思っているが、園子はセックスこそしていないものの、畑中のほかにも男を知っており、その処女は偶然の成り行きで守られてきたに過ぎない。そんなことも知らない雨宮は、結婚初夜に「ぼくは童貞だよ。園ちゃんのために、守りとおしてきた」といらんことをのたまってしまう。同じ男として、これほど見ちゃおれん状況も珍しい。

結局、越智も含めて園子の周りの男たちは、ほとんどなにもしていない園子の態度に勝手に意味付けして、解釈を加えていただけなのだ。男たちにとって園子は巨大な空洞であり、その空洞の前で足がすくんで、なんらかの意味や解釈で埋めなければ恐怖でいてもたってもいられなくなる。

そして、空洞を埋めるために用意された意味や解釈は、男にとって都合のいいお花畑なものばかりだ。意味や解釈のない不確かなものに耐えられない男の堪え性のなさ、とでも言うべきだろうか。しかし、往々にして人生に意味なんてないのであって、どうしてだか園子は幼少からそれに気がつき、達観してしまっている。だから、男も社会も馬鹿に見える。

そんな園子にとって唯一確かなものが、「子宮の快楽」である。しかし、「愛しているからこそ気持ちいい」といった意味付けがなされない快楽は、快楽そのものをフラットにしてしまう。そこにあるのは、意味も解釈もない空洞、ただの快楽である。園子が越智と覗いたという、人間が見てはならない「深淵」とは、どこまでも底のない無意味な空洞だった。

さて、ここで一つ大きな問題がある。

映画『花芯』のパフンフレットを確認してみると、「わたし、覗いちゃいけない深淵を覗いてしまったの」と、深淵を覗いた主語が園子と越智から「わたし」の一人称に変えられているのだ(パンフレットに文章を寄せた映画活動家・松崎まこと氏もここに注目している)。

原作でも越智が園子の覗いた深淵を理解している描写はないため、安藤監督の解釈を筆者は支持する。現実に意味を加える男を軽蔑する園子だったが、園子が不倫してまで求めた越智も、他の男と大差はなかった。越智さえも、園子に意味を見出そうとしたのである。

やはり園子は、男にはわからない。わからないからこそ、危険で魅力的な「悪女」なのだ。

■ 宮崎智之
東京都出身、1982年3月生まれ。フリーライター。連載「『ロス婚』漂流記~なぜ結婚に夢も希望も持てないのか?」、連載「あなたを悩ます『めんどい人々』解析ファイル」(以上、ダイヤモンド・オンライン)、「東大卒の女子(28歳)が承認欲求を満たすために、ライブチャットで服を脱ぐまで」(Yahoo個人)など、男女の生態を暴く記事を得意としている。書籍の編集、構成も多数あり。

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