女性の受動的なセックスの背景には「家族の期待に応えたい私」がある『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』

こんにちは、さにはにです。今月も漫画を通じてこれからの女性の生き方のヒントを考えていきたいと思います。よろしくお願いします。

 今回ご紹介するのは、 永田カビ先生の『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』(イースト・プレス)です。Pixivに投稿されたエッセイ漫画の閲覧数が480万回を超えたことで話題となり、出版される運びになったそうです。実は私も話題を聞きつけて、出版前にPixivにて作品を拝読したひとりなのですが、ライブ感があるPixiv版に比べて、書籍版は描写や情報が整理されより読み応えのある作品として仕上がっている印象を持ちました。作品の一部は現在でもPixivにて閲覧可能とのことですが、ここはぜひ、全面改稿された書籍を手に取ることをおすすめしたいです。

 性に関する多くの物語と同様、本作は承認(=居場所)を得るべく困難を乗り越える格闘の過程として読むことができるでしょう。そのステップを実直に記述しているからこそ多くの人が共感し、本作を読むことによって救われたのではないかと思います。肉感的な要素を持ちつつも整理された絵柄やイラスト的なコマ運びによって婉曲されてはいますが、本作で作者が提示する格闘の過程はかなり重く、グロテスクなものです。

 高校卒業以降社会になじめず、過食や拒食、リストカットなどを繰り返し、日常生活もままならないほど追い込まれた作者が自問自答の末にまずたどり着いたのは「私、自分から全然大事にされていない」との気づきでした(文字にしてみると些細な気づきにも感じられるかもしれませんが、この発見の重要さと作者に与えたインパクトはぜひ本作で確認していただきたいところです)。これを端として、親の愛情を得るために「大人になってはいけない」との思い込みを持っていたこと、性的関心を封印していたこと、これらの問題を乗り越えるべく「レズ風俗」へ赴く過程が詳細に記述されていきます。

 「レズビアン」であるかどうかにかかわらず、現代社会において女性が性的関心を自覚することはある種の難しさを伴っています。また、それは親との関係や自己肯定感と切っても切れない関係にある事実は、社会学に限らず多くの研究が示している所です。

 たとえば、女性高校生を対象に「自分の家庭に対して楽しいイメージ」が「ある」とした人「ない」とした人を比べてみた場合、自分自身への満足度や学校生活への評価に差があるだけでなく性的経験の有無にも3倍ほど差があることがわかっています。性的関心の有無は「自然」に生まれるものではなく、性に対する印象やその後の性体験とも関わりがあります。このあたりの関連についてデータで確認しながら整理してみましょう。

◎主体的な性的関心は、性をポジティブに捉えやすい

 今回使用する「青少年の性行動全国調査」は1974年に開始され、ほぼ6年間隔で今日まで続けられている継続調査です。調査にもいろいろな種類がありますが、継続調査の大きな特徴として「基本的には同じ質問を使い続ける」という点があります。それによって日本の青少年における「変化をとらえる」ことができるという前提で設計がなされています。また、若者を対象に性に関する調査をしていると「真面目に答えていないのでは」「実態を反映していないのでは」といった質問がよくあるのですが、何十年もの期間を使って積み重ねた数万ものデータアーカイブがあるためにこのような「誤差」を見つけやすいというのも大きな強みだといわれています。

 この調査でいわれていることのひとつに、若者の性に対するイメージが変化しているという状況があります。たとえば、1988年には性に対するイメージを「楽しい」とした男性は40%、女性は13%でした。しかし2011年には男性が64%、女性で49%が性に対するイメージを「楽しい」としていて、大きな変化が見られています。しかし、これはあくまで日本全国の中高、大学生をならした結果です。なんといっても女性で5割程度の支持なのですから、「私は性に対して『楽しい』なんて思えない」「周りの友達をみてみても『楽しい』なんて言っている人はいない」という感想を持つ人も少なからずいると思います。性に対するイメージは「性に関心があるか」と大きな関わりがあることがわかっていますので、こうした印象の違いは関心の強さを反映したものとして理解することもできるかもしれません。

 図2に「楽しい」、「恥ずかしい」、「汚い」、「重い」、といったイメージに対して「はい」と回答した人の割合を、男女別、性に対する関心の有無別に示しました。

 図2から読み取れることは、イメージにおける男女の差というのはたしかにあるのですが、それよりも関心の有無による違いが目立っているという現状です。

 「楽しい」と答えた人は「性に関心がある」男性で69.1%、女性で67.8%と男性がやや多く、「性に関心がない」場合も同様に男性で29.2%、女性で27%とやなり男性がやや多くなっています。しかし「関心がある」では男女ともに7割、「関心がない」では男女とも3割であるという点に注目すれば、「楽しい」と答えるかどうかは、男女の違いよりもそもそも「性への関心の有無」による違いが大きいということが見えてきます。

 「性への関心への有無」が意味する具体的な行動としておさえておきたいのは、そもそも「関心がある」女性は男性に比べて少ないですが、性的な意味を持つ漫画や雑誌、WEBなどへのアクセスは、性への関心がある場合には男女ともに高くなり、また、自慰行為の経験率も高くなるという事実です。性に対する主体性の獲得は、性別に関係なく性に対してポジティブな側面を見出しやすいという点がポイントだといえると思います。

◎女性にとってセックスは「自ら選んだもの」ではない

 図2では性に対するイメージの持つ影響は、性別よりも性的関心の有無にあることを示しました。しかし、性に対するイメージについて考える際には、もうひとつ踏まえておきたいことがあります。それは実際のセックス経験が与える影響です。大変興味深いことにこれには男女で差があり、男性の場合、性的関心の有無による影響が性交経験を持つことによって打ち消される様子です。統計的な事情をはぶいてごく簡単にいうと、それまで性に関心があろうがなかろうが、セックスを経験すると性に対するイメージはだいたい同じになってくる(概ねポジティブになる)という状況が男性にはみられるというわけです。

 もちろん、厳密に言えばその時の相手やシチュエーションによってイメージはよくなったり悪くなったりします。しかし統計的にみてみると、男性の場合は、はじめてのセックスの相手は同い年または年下で「自分から言い出した」(「言い出さざるを得なかった」というのも含めて)というケースが多いことが事実として確認できています(関連するデータを、本連載の第一回「初体験はどちらから? 『東京タラレバ娘』からみる男女恋愛不平等論」で紹介しています)。性に対するイメージは、主体性が関わっているという見立てに即して考えれば、男性にとってはセックスそのものが主体性を発揮できる場だとする位置付けが可能といえそうです。

しかし女性の場合はそうはなりません。図3に示したように、性交経験を持つ女性同士を比べたとしても、そもそも性に対して関心があったかどうかはイメージと関連していることがわかっています。たとえば、性は「楽しい」とした女性は「関心あり」では77%ですが、「関心なし」では42.9%となっていて、35ポイントもの差があります。セックス経験の有無にかかわらず比べた状態である図2では「関心あり」67.8%「関心なし」27%でしたから、セックスの経験がある人の方が全体的にポジティブな印象を強めているという状況は、男性と同様です。しかし関心の有無による違いを打ち消すほどの力を持っているとは言えなさそうです。「恥ずかしい」「汚い」「重い」などにおいても同様で、セックスの経験がないよりはあった方がポジティブにはなり得ますが、それでも「関心の有無」による差は維持されています。

 素直に考えれば、これは先ほどの男性の状況と対になっているとみなすことができるでしょう。つまり、男性にとっては主体性を発揮する場であるセックスの経験は、(その対象であると統計的には推察される)女性にとっては受動的な場であるということです。自ら選んだものではないために主体性が発揮しにくく、イメージも変化をしにくいというわけです。

◎本作は社会のどの部分を切り取っているのか

 ここまで、性に対する関心と性へのイメージは深く関わっていること、男性にとってセックスの経験がこれらを覆すチャンスとなり得るが、女性にとってはそうとも言えないことを確認しました。また、これらの背景として、性に対して主体性を発揮するメカニズムの男女差があるといえそうです。

 それでは、女性にとって性への主体性を獲得する背景にはなにがあるのでしょうか。社会学者の石川由香里は、女子中高生と性的関心との関係について、家族仲、母親の職業、個室の有無などが影響を持っていることを指摘しています。簡単に要約すると、母親が専業主婦で家族仲が良く、個室がない場合は性に対する関心を持ちにくくなり、そうでないと持ちやすくなるというわけです。まさに、「性的関心を自覚するためには親との適切な距離感が必要だ」という永田カビ先生が本作で身を削ってあばきだしたメッセージの説得力がこのデータからも推察できるように感じられます。

 素朴に考えれば、母親が専業主婦で自室がないような生活環境は親からの「監視の目」が厳しく、そのためこっそり漫画を読むこともままならず性的関心を発揮できない状態にあるとみなすこともできるかもしれません。しかし、そこにはもう少し複雑なメカニズムがあるというのが永田カビ先生の主張です。「私、自分から全然大事にされていない」との発見にたどりつく過程において、作者は「私、親の要求に応えたいんだと思っていたけど、”親のごきげんとりたい私”の要求で動いていたんじゃ……」との気づきを得ます。永田カビ先生が鋭く指摘するメカニズム――”親のごきげんとりたい私”が”自分の本心”を無視しているという見立て――は、アメリカの社会心理学者G.H.ミードによる古典的名著『精神・自我・社会』で展開されている自我のモデルに極めて近いもののように感じられます。

 ミードの見立てによれば、自我とは社会化された自己(me)とそれによる自我の反応(I)のやり取りの過程として位置づけられます。meとは社会的な常識や枠組みに即して形成された自分自身で(その常識の源泉とはもちろん親や教師です)、Iは常識や枠組みに収まりきれない剥き身の自分自身です。

 本作の枠組みに即して考えれば、me=”親のごきげんとりたい私”、I=”自分の本心”といえるでしょう。meとIの両方が十全に表現されることが、自我にとって本質だとするミードの議論に即して考えれば、どちらかがどちらかを抑圧する状態はまさに「自分で自分を大事にできない」危機的状況と位置づけることができます。本作最後に示されている「親不孝が怖くて自分の人生が生きられるか!」との宣言はmeを黙らせてIの声を聞くことの表明であり、その過程において健全さを取り戻した作者の到達点を示す重要なセリフです。

 ダヴィンチニュースに掲載されたインタビューで、永田カビ先生は本作の発売によって親との関係が「人生最大規模といっていいほど変わった」としたうえで「他人や世間一般との比較ではなく、『自分はこれをしたら、これだけしんどい』と気づけるよう、自分で自分に耳を傾けてあげてほしい」とコメントしています。データ的に考えれば、本作と同じような苦境に立たされている「若い女性」はまだまだ多くいるように感じられます。このような閉塞状況を打破する第一歩を明確に示しているからこそ、本作は多くの読者から支持され、共感されているものと思われます。次回作もすでにスタートしているとのことです。永田カビ先生の今後の活躍を、楽しみに待ちたいと思います。

■ 永田夏来
さにはに先生。ニックネームの由来は”SUNNYFUNNY”(パラッパラッパーというゲームのキャラクター)→”さにふぁに”→”さにはに”です。1973年長崎県生まれ。2004年に早稲田大学にて博士(人間科学)を取得後、現職は兵庫教育大学大学院学校教育研究科助教。専門は家族社会学ですが、インターネットや音楽、漫画などのサブカルチャーにも関心を持っています。

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