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『ロマンスドール』(メディアファクトリー)

 一見、禁断の恋が描かれがちと思われる官能小説の世界にも“夫婦間の愛”をテーマにした作品は数多く存在している。そういった作品を読むたびに、夫婦ごとに異なる千差万別な愛の形があると感じ、思わず大きく頷いてしまうが、夫婦の出会いから別れ、そして、ひとり残された先の話まで書き綴られている官能小説と出会ったのは、本作『ロマンスドール』(メディアファクトリー)が初めてだ。この物語は“ロマンスドール”、いわゆるダッチワイフの制作会社で働く夫と、その妻との夫婦愛が描かれている。

 主人公の哲雄は、彫刻科の学生として美術大学の院に進み、卒業後はフリーターとして働いていた。ある日彼は、大学時代の先輩から「ラブドールの原型師にならないか」と誘われる。小さな工場で働く初老の先輩原型師と哲雄を中心としたチームは、2年半の歳月を経て第一号のラブドールを制作したが、「胸の形がリアルではない」という社長からのダメ出しを食らってしまう。そこで哲雄は、医療用の擬似乳房を作ると嘘をつき、モデル事務所から女性を派遣してもらい、石膏で乳房の型を取ることにした。こうして工場にやってきたモデルの園子は、黙々と裸になり、静かに仕事に徹する。そんな彼女に一目惚れをした哲雄は、出会った当日に交際を申し込み、2人は交際を始めることとなった。

 こうしてでき上がったラブドール第一号は、評判も高く、飛ぶように売れた。哲雄は、プライベートも順調であった。知り合ってから5カ月ほどたった日、工場の同僚との初詣に園子を連れてゆき、プロポーズ。お互いの両親にも祝福され、公私共に順風満帆な日々を送っていた。
 
 しかし、仕事が順調になればなるほど、哲雄は多忙のため、園子との夫婦生活から遠ざかってゆく。セックスをする時間があるなら1秒でも寝ていたいという日々を過ごし、いつしか2人の心はすれ違うようになってしまう。

 そんな哲雄は、次第に園子との生活に息苦しさを感じ始め、仕事が落ち着いて早く帰れるにもかかわらず、バーで一人酒をしてからでないと自宅に帰れなくなってしまった。そんなある日、バーで知り合ったのがエステティシャンの理香だ。自然と不倫関係を結び、頻繁に体を重ねるようになる。園子とは完全にセックスレスとなり、結婚記念日すら忘れるようになっていた。
 
 そんな矢先、哲雄は新たなラブドールの開発を言い渡された。同時に、園子にも自分と同じように、浮気をしている兆候を感じて問い詰めていると、突然、理香が自宅にやって来た。修羅場になったものの、結局理香と別れ、もう一度園子との生活に向き合うことに。しかし園子は、このときがんに侵されていた。絶望に打ちひしがれていると、仕事でもトラブルが発生してしまう。工場から開発途中のラブドールのデータが盗まれ、他社からそのドールが販売されることになったのだ。

 こうしてどん底に突き落とされた哲雄――しかし彼には、新しいラブドールを作るためのある秘策があった。「女性器までリアルさを追求したラブドール」を作りたい……そんな夢を語る哲雄に対して、病に犯された園子は「私を作って」と申し出る。そして、2人は、数年ぶりに肌を重ね合うことになるのだが――。

 浮気こそする園子だが、彼女の哲雄に対する献身的な姿勢には、ふと涙がこぼれてしまう。まさに彼女は身をもって夫の仕事に従事し、夫を支え続けたのだ。また、哲雄の心が、ラブドールという「人形」と、園子という「人間」、つまり心を持つものと持たないもの狭間で揺れ動く様も非常に興味深い。人形であるラブドールを、人間に近づけるように作ることによって、哲雄は無意識のうちに、園子のぬくもりを渇望していたように感じ取れるからだ。

 例えば筆者は、知人夫婦を「奥さんが美人で料理がうまい」「旦那さんの稼ぎがいい」などと褒めることがあるけれど、それは彼らを“幸せそうに見せている”要素でしかない。夫として、妻としての視点で見る「夫婦」の幸せとは、また別のものなのだろう。その1つが、いかに互いを性的な「異性」として愛おしく思えるかではないか――巻末の、亡くなってしまった園子を想う哲雄には、当人同士にしかわからない、彼らだけの「夫婦」のあり方を強く感じさせてくれる。そんな生々しい心と体の内側までも共有し合える夫婦は、なんと素晴らしいものだろうかと思った。
(いしいのりえ)

『ロマンスドール(文庫ダ・ヴィンチ)』 ムラムラだけが官能小説じゃないってこと amazon_associate_logo.jpg
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