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現代女性を取り巻く“ピンク”という色について、欧米の女児カルチャーや女児向け玩具、国内の女児向けアニメなどを通して深く考察した一冊『女の子は本当にピンクが好きなのか』(Pヴァイン)。著者の堀越英美さんは日本で子育てをする二女の母だ。

 今回messyでは、バービーやプリキュアなど同書でも取り上げられたカルチャーに詳しく、しかし堀越さんとはまた異なる見解を持つ柴田英里さんと、堀越さんの対談を企画。女の子として、女として、私たちはピンクとどう付き合い生きていくのか。全5回にわけて掲載します。

(聞き手:下戸山うさこ)

<同書の書評はこちら>
ピンク解放運動を追う 「女らしさ」に閉じ込められたピンクの歴史

◎日本のアニメはディズニーに劣るか

下戸山 本日はよろしくお願いいたします。柴田さんは女児アニメに詳しくて、うちの娘(5歳)とプリキュアやプリパラの話をしてくれたり、messy飲み会では娘が持参したバービー人形で遊んでくれたりしましたよね。

柴田 子育ての責任を負う気はないですけど、子供と遊ぶのは好きなんですよ(笑)。

堀越 お二人とも女児アニメにお詳しいですよね。私はこんな本を出しておきながら申し訳ないんですけど、女児アニメシーンに詳しいわけではないんです……。プリキュアとかを娘と一緒に見てきましたけど、自分自身がそこに興味を持っているかというと……。いや、子供にとっては素晴らしいアニメだとは思うんですけど、「愛と友情が大切」みたいなストーリーには、のめりこめなくて(笑)。柴田さんはちゃんと作品を見てらっしゃるんですよね。柴田さんの連載を拝読していて、女児アニメに対して私とは全然違う視点を持つ女性がいらっしゃるんだな、と思って、前からちょっと気になっておりました。

柴田 ありがとうございます。本書で堀越さんが、『アナと雪の女王』について述べられていた意見には、私はおおむね同意です。ディズニーってかつては保守的な価値観の作品を制作していましたが、近年は社会的包摂の理念を持ち変革してきていますよね。たとえばエルサは明言こそしないけれども、マイノリティ属性を持っているっぽい主人公です。おそらくセクシャリティ面でもクィアっぽくもある存在。ともかくディズニーはそういう流れを作っていて、一方で、日本のアニメーション業界はどうかと考えたときに、プリキュアは『アナ雪』的な試みとしてスタートしたと私は認識しています。余談ですがもともと東映アニメーションは東洋のディズニーを目指していました。

堀越 プリキュアが『アナ雪』的な試み? どういうことですか??

柴田 保守的な中でもそれを乗り越えていこう、あるいは、その保守の定義自体を更新しようという試みだということです。

下戸山 最初のプリキュアは敵と殴り合いしていましたもんね、“女の子なのに”。

柴田 そう、『フレッシュプリキュア!』(09年)までは敵を派手にぶちのめしていたんですよ、改心すると見せかけた敵が大自爆したりなど、敵にも改心しない自由があった、“女の子向けなのに”。ですが後に、敵を倒す=浄化っていう形式に変化してしまって、それは私は残念に思っています。

堀越 なるほど。

下戸山 今回の対談では、そうした日本の女児向けアニメーションや海外の女児向け玩具に関することが一つと、あと、ダサピンクという問題、「女性はピンクが好きで、女ってこういうもんだよね」と決め付けられることについての話。この二本柱でお話ししていただきたいなと思います。

柴田 ちょっと最初に、プリキュアとか女児向けアニメの「男性ファン」という存在について話をしておきたいんですけど、いいですか。大きなお友達と呼ばれる男性ファンが、とても多いジャンルですよね。

堀越 はい、そうみたいですね。

柴田 男性ファンの見方としては、「プリキュアみたいに真っ直ぐな生き方をしたい」って憧れもありつつ、もちろんセクシャルな視点「かわいいロリを犯したい」もありますが、その2つだけでもないんですよ。漫画批評家の永山薫さんが著書『エロマンガ・スタディーズ -「快楽装置」としての漫画入門』(イーストプレス)でされた分析によれば、「女性がレイプされるエロマンガ」を読む男性エロマンガファンが、必ずしも「レイプする側」に自分を置いてそのマンガを楽しんでいるわけではないと。レイプされている女性側に自己投影しているケースがある。

堀越 そのお話、耳にしたことがあります。

柴田 マゾヒスティックな欲望をそこに見るわけですよね。ただ、現実社会においては「男性」って既得権益を持つ側だし、女性に比べてレイプされることが少ない安全圏の性だからこその欲望だ、っていうフェミニズム側からの批判も展開出来るんですけれど。でもきっとそれだけじゃない、多分、今の時代は生きづらさを抱える男性も絶対に少なくないので。

堀越 その「生きづらさ」を、プリキュア視聴によって少なからず解消しているということですか?

柴田 そういう見方もできるんじゃないかと。また、「成人男性が女児アニメファンであること」は気持ち悪がられるけれど、それのどこが悪いのかと個人的には思っています。

下戸山 大人は大人向けのものを楽しまなきゃいけない、なんて決まりはないから?

柴田 そうです。そして、日本のアニメを、アニメオタクじゃない人たちが“ディズニーと比較して”語ろうとするときに、日本で大量に放送されているアニメはほとんどが成人男性向けの萌えとかエロとかで駄作ばかり、ディズニーはポリティカル・コレクトネス(PC)がちゃんとしている、という対比をされることに違和感を覚えています。
そもそも、セクシャリティって、いわゆるヘテロ、ノーマルと呼ばれる男と女の1対1の恋愛やセックスだって、絶対に「正しい」ものなんかじゃない。恋愛って相手を傷つけるものだと私は考えているので。誰かを「好き」っていうのは、他の人を選ばないことになる排他的な面を持つじゃないですか。変態的だとカテゴライズされる欲望でなくても、人は人を傷つけるものだと思うんですよ。

下戸山 あれですよね。ロリコンとかそういうのも含めて欲望が他者を傷つけうるっていうことは、もう仕方ないっていう風に認めて、それがどんだけ正しい人の正しい欲望であってもその可能性があるってことを認めて、その上で欲望の多様性を見て欲しい、認めて欲しい、っていうのが柴田さんの通しての意見なのかな。だから、とりわけ男性から女性へのエロい欲望が、「けしからん!」ってバッシングされることに憤りを感じている。

堀越 そのセクシャルな欲望って、たとえばちょっとセクシーな萌えキャラのまちおこしキャラクターが批判されたり、っていうようなお話ですよね。うーん、批判する側の立ち位置としては、ああいうものが、あまりにも大っぴらに、欲望そのまま垂れ流されてしまうと、女の子の方がそれを内面化してしまうから、「どうぞどうぞ」とは言えないんじゃないでしょうか。ゾーニングして大人同士が楽しむ分にはいいけど、子供が見るようなところで欲望全開のイメージキャラクターやポスターを出しちゃうと、女児は「男は女をそういう目で見ている/女はそういうものなんだ」とインプットされてしまうし、男児は「女をそういう目で見ていいんだ」とインプットされてしまう。自分のセクシャリティをまだ自覚できない世代の少女たちが、性的なモノとして自らを扱ってしまい心身の健康を損ねる弊害は、英語圏ではセクシュアライゼーション(sexualization)と言われて社会問題視されているんです。わかりやすい例でいうと摂食障害とか。だからといって、全部批判、放送禁止じゃないですけど、規制すればいいのか、っていう、そういう問題でもない。

柴田 そうですね。

堀越 誰かの欲望を批判する側もまた、自分の欲望があるわけですよね。それぞれに欲望はあって当然で。欲望を消すことはできないということはわかります。
そういう問題について私が思うのは、ディズニーがかつてはそれこそ、人種差別であるとか、女性蔑視を公然としていて、「プリンセス願望をかき立ててよろしくないです!」といった批判を受けて、変容してきたこと。批判を受けて萎縮するんじゃなくて、批判を取り込むかたちで乗り越えて来てるわけじゃないですか。批判を飲み込んで客層を広げてどんどん深みを増していくという流れになっていければいいと思うんですよね。

柴田 うーん、私は、日本の「おっぱいデカい女ばっかり出てきてけしからん」と批判されるような、主に男性を視聴者層に想定した深夜枠のアニメって、すごくクィアだと思うからよく連載でも取り上げてるんですね。堀越さんは著書の中で、「日本のアニメだと『ドラえもん』のしずかちゃんみたいな女子か、『バクマン。』の頭が良くて嫌な女タイプしか描かれない」と批判をされてますけど、意外と、女児向けアニメや少女マンガよりも、男性向けのコンテンツで、様々なタイプの女性が描かれていると私は見ているんです。

堀越 『涼宮ハルヒの憂鬱』とかですか?

柴田 ハルヒもそうですね。ライトノベルもそうですし、ハーレムラノベも、百合系も、日常系・空気系もです。

下戸山 そうなんですか?

柴田 私はそう見ているということなんですが、たとえば「日常系」のマンガやアニメでいえば、そこに登場する女の子たちの振る舞いが「女らしさ」に固定されていなくて自由だと思います。イジメっ子やイジメられっ子、優等生とモテる子と天真爛漫な良い子、みたいなキャラクターの割り振りじゃなくて、コミュ障だったり友達いない子だったり痴女的な子だったりが、のびのびした描かれ方をしているんですよ。だから、キャラデザインだけをあげつらって「これだから乳袋は」とか、そういう批判をするのは違うと思うんです。

堀越 そうなんですね。ただそれが、子供に届いてない部分がちょっとありますよね。一般的な小学生向けコンテンツだと多様な女性像はまだまだ少ない気がする。たくさん見ているわけではないから言い切れませんけど……。

柴田 一般的な小学生向けコンテンツや女児向けでも、例えば、『アイカツ!』や『プリパラ』は多様な女性像を描いていますが、二元論的に「アイドル=客体」としてのみ読めば、「女児向け作品では女性的な職業のみが取り上げられている。」とも読まれるのでしょうね。社会の中で性差によって期待されるステレオタイプを演じつつも、期待されるものとは別の達成に向かうことでステレオタイプな認識を攪乱するという意味ではめちゃくちゃクィアなのですが。

下戸山 うーん、ちょっと今、柴田さんのお話伺っていて思ったのは、アナ雪とかズートピアとか、そういうディズニーのアニメはもう世界に向けてものすごい大規模でやっている中で、保守にならずクィアなものを出していくっていうところが評価されているんだと思うんですけど。日本の深夜アニメだったり特定のオタクジャンルの人をターゲットにして作られたものの中にいくらクィアな作品があっても、それはちょっと比較が難しいんじゃないでしょうか。で、日本国内でマーケティングをして、不特定多数、大多数に向けて作られているものは結局、クィアじゃなくて保守になっているとしたら、やっぱり、そことそこを比べて、話をするべきなのかな、とは思ったんですよね。

柴田 それはそうですね。

◎ピンクもプリンセスも「強さ」の象徴

下戸山 というわけで今日は、日本の女児向けコンテンツの話をしましょう。

堀越 私は個々のコンテンツの話になると、全然わからなくて申し訳ないんですけど。プリキュアも全シリーズちゃんと見てないですし。アイカツとかプリパラとかも、全然、ちゃんとチェック出来てなくて。

柴田 プリキュアもアイカツもプリパラも、各キャラクターに一応のイメージカラーが割り振られているところが共通しますが、「ピンク」のキャラについてお話していきましょう。アイカツって、人気キャラクターのランキングを毎年出してるんですよ。それで、ピンク色をイメージカラーにしているキャラクターが1位というわけではないんですね。ストーリーの中での無敵キャラ、「俺TUEEEE系」が1位になるんです。

堀越 らしいですね。女の子の自意識の中で色々あるようで。小学1年生ぐらいになると、「本当はピンクが好きなんだけど、そんな自分が恥ずかしい」という気持ちが芽生えて、あえて紫のキャラや黒いキャラに行く、っていう傾向が。

下戸山 それって、絶対に「本当はピンクが好きなんだけど、恥ずかしいから」なんでしょうか? うちの娘は今5歳ですが、4歳で「NOTピンク」派に転向したんですね。4歳になったばかりのタイミングで、「水色が好き、紫が好き」と言いだして、現在まで継続しています。アイカツでは神崎美月さんや霧矢あおいちゃんで、プリキュアではキュアムーンライトとキュアダイヤモンドが好きなんですって。
ただ、「本当はピンクが好きだけど、恥ずかしい」という自意識に基づいての転向なのかというと、少し違うような気がするんです。
なぜ彼女が水色や紫色のキャラクターを好むかというと、たとえばプリキュアの場合、それが「セクシー/クール/賢い」キャラに当てられる色だからなんですね。ピンクやイエローは「ちょっとドジ/元気一杯/ポップで明るい」。それに当てはまらないピンクやイエローのキャラもいるにはいるんですけど。引っ込み思案で運動神経が悪いとか。で、ピンクやイエローの属性は娘的に「イケてない」んですよ。セクシーでクールでかっこよくて美しくて勉強の得意なキャラクターに「強さ」を感じて、憧れているようなんです。

堀越 そこでもピンクはちょっと子供っぽいっていうイメージ?

下戸山 そうなんだと思います。プリキュアごっこを家でやるときに、ママはもっぱらピンクの役をやらされていて、いい加減にしてほしいぞと。「ママも本当はキュアリズムとキュアビューティが好きなのに、キュアラブリーとかキュアドリームなんかやりたくない」と抗議して、今は二人ともクール系のプリキュアを演じる方向でやってます。

柴田 この本の最初に「アイカツやプリキュアというアニメコンテンツは、女の子が水色やパープルに行く前に人気だ」って書かれているじゃないですか。でもアイカツやプリキュアを楽しんでいる世代でも、人気キャラクター投票をすると、クールで俺TUEEEE系で才能があって綺麗で、要は憧れる対象のパープルキャラ(神崎美月さん)が1位になっている。だからそこはグラデーションなんじゃないか、と。

堀越 なるほど。

下戸山 無敵キャラへの憧れを持ち、やがて女児向けアニメからも離れていくと。うん。ピンク色の主人公って、一生懸命な努力家だったり、やや凡庸な形で描かれますよね。

柴田 やや凡庸。ですが、アイカツの主人公・星宮いちごは、ストーリーが進むごとに無敵キャラに進化していって、視聴者人気もそれに比例して増大しています。放送開始当初からトップアイドルとして存在していた神崎美月さんと肩を並べるぐらいのアイドルに成長すると、いちご人気は爆発します。他のピンクキャラだと、おばあちゃんが天才デザイナーで、ふんわりかわいい雰囲気なのに発言が辛辣な天羽まどかが2015年の人気投票で1位ですが、アイドル業界にめちゃくちゃコネがありそうな実家を持ち、後輩なのに辛辣な態度の彼女にはピンクの凡庸さはありません。

下戸山 だから、女の子も強いものが好きだよね。すごい思う。

柴田 そう、強いものが好きなんですよ!

堀越 あ、なるほどなるほど!

下戸山 自分の子や保育園のクラスメイトの女児たちに関して言えば、「強いものにめっちゃ憧れてるな」って思うんですよね、実感として。堀越さんのお子さんは、どうですか?

堀越 確かに、5歳くらいのとき保育園で男の子が「プリキュアなんか弱えーよ」とか言い出して、娘は「いやいやプリキュアの方が強えーし!」みたいな反論をしていたので。強い、っていうところに憧れがあるんだろうな、とは感じました。

柴田 なんだかんだで、プリキュアの主人公はピンクだから、ラスボス相手に最終形態に変身してウルトラハイブリッド戦士になるのもピンクなんですよ。ひとりだけ羽が生えたり服のヒラヒラやキラキラが増えたりして。だから、最終的にはピンクのキャラは一番強い。そういう意味もあって、ピンクキャラの人気も別に低いわけではないと思うんです。ただその、女児の中でも、ピンクの受け止め方がちょっと変化しているんじゃないかとは思います。か弱さの象徴ではなく、強さの象徴という方向に。
同時に、「プリンセス」という存在の受け止め方も、従来通りではなくなっていると思うんですね。かわいらしさではなく、強さ。プリンセスなんて超「俺TSUEEEEE」じゃないですか、お城に住んでいて権力を持っていて、美しくて強くてかっこ良い。お姫様というよりは王様に近い存在として、憧れの対象物となっていると思いますね。

下戸山 うん、プリンセス=キングみたいな。

柴田 とにかく権力は強い。

下戸山 この本の冒頭にもありますが、2000年からディズニープリンセスは、キャラクターとして商品化されたじゃないですか。一人一人のキャラが描かれた水筒とか弁当箱とか、タオルとか、いっぱい売られるようになりました。あそこに王子様は存在しない。で、あの商品群によって、「王子様によって幸せになるプリンセス」じゃなくて、「最高の権力の象徴であり幸せの塊であるプリンセス」みたいなイメージが固まったと思います。だから今の女児たち、プリンセスは大好きだけど、本っ当に「王子様」のことを意識してないんですよね。誰それ? みたいな。

堀越 そうですね、今の小さい子は、女の子の強さかっこ良さの象徴として、プリンセスに憧れているようです。プリキュアもそうだし、プリンセスも。あくまでも、自分の女の子としての素晴らしさを体現してくれる存在。それはティアラもそうだし、ドレスもひらひらもそう。キラキラも全部、それは女の子としての強さの表れ、みたいなイメージなんですよね。だから、「そこに男の子はいらない」んですよね。愛されるための表象ではないですからね、あのキラデコは。

下戸山 だから昔から言われてきた「プリンセス願望」や「シンデレラコンプレックス」とかと全然違っているんじゃないかなって。あくまで女児時代の話ですけど……。思春期を迎える頃にはまた捉え方が変わってくるかもしれない。

◎お母さんって大変そうだからなりたくない

柴田 私は、昔から「俺TSUEEEE」立場への憧れが強かったんですよ。「おままごと」でどんな役をするのが好きでした?

下戸山 覚えてないですね……。

柴田 私は「おままごと」でお母さん役をやらせてもらったことがないんですよ。いじめられていたので、お父さん赤ちゃんペットと、どんどん発言権のない役になっていき、最終的にはどんなことを話しても「犬はワンとしかしゃべれないから!」とたしなめられていたことを覚えています。だから、一度くらいは「お母さん役」やりたいなあと思っていました。お母さん役をやるのは、そのコミュニティで一番権力を持ってる子なんですよ。お父さんとか赤ちゃんの役を振られるのは、大体その派閥の中で格下。

下戸山 格下?

柴田 格下。

堀越 保育園カーストで?(笑)

柴田 保育園カーストで、ですよ(笑)。だって、家庭内で一番強いのはお母さんだから。まだ性別役割分業の考えなんてまったく知らない保育園児にとって、いつも家でのあれこれを取り仕切っているお母さんはめちゃくちゃ強い存在なんですよ。権力の象徴が母なんです。

堀越 あ、そういう見方もできますね。

柴田 おままごとの内容って、お母さんが主役じゃないですか。赤ちゃん役やお父さん役の人に、ご飯を作ってあげたり、「おかえりなさい」ってお風呂を沸かしてあげたり、寝かしつけやったりっていう。まるで甲斐甲斐しく世話を焼いているかのような演技をしながらも、その場を支配しているのはお母さん役の子。おままごとじゃなくて現実には、そういうお母さんの行動って無償労働になるんだけれど、おままごとにおいてはなんていうか、「高貴な者の施し」みたいなつもりでやっているように見えましたね。

堀越 お世話を焼くことで、「自分の方が上であって、より正しい」みたいな気持ちになれますからね。強さの表れとしてのお世話。

柴田 でも、その「お母さん役が強権である」という価値観は、やがて逆転します。私がそれを感じたのはは中学生くらいだったかな、思春期に入る段階、要は社会化させられる第一段階で、「女の子は弱い方が得だ」ということを知らされました。

下戸山 でも柴田さん、私は「弱い方が得だ」なんて思った瞬間がこれまで生きてきた中で一回もなかったんですけど、ありました? 「ちっ、弱い女子の方が得してるな」って思う瞬間。

堀越 私も「弱いほうが得だ」と実感はしないんですけど、そういうことを言う人はいる。たとえば大学進学してから、「やっぱり女の子はバカな方がいいんだよ」と周囲に教え込まれるようなこと、あるじゃないですか。

下戸山 大学にわざわざ進学してる女性に対して、そんなことを言ってくる?

堀越 まぁ、言う人はいるじゃないですか。東大生がこのあいだ、事件を起こしましたよね。強制わいせつ事件。ああいう加害者男性が入ってるようなサークルって、東大女子が入れないような仕組みなんですね。いわゆる高偏差値の大学には、そういうインカレサークルがある。特定の女子大の子しか入れないサークルが。

下戸山 その大学の女の子は入れないサークルなんですね。

堀越 そういうサークルに入るような男性は、弱い女性のほうがいいと感じているのではないでしょうか

下戸山 堀越さんは早稲田大学ですよね。早稲田はそういう、ワセジョは入れない、みたいなサークルって……。

堀越 結構ありましたね。「ワセジョは女じゃない」って、よく言われてましたよ。どこでもよくある話だと思います。「女の子はバカでいい」なんて歌も最近、問題になりましたよね。

下戸山 秋元康の。よくあんな歌詞でOK出しますよね。

堀越 そうそう、でもね、そういう「女は弱くてバカな方が得だよ」という声もありつつ、実際に42年生きてきてどうだったかっていうと、別にそんなことない。女の子はバカなほうがいいという人も、女の子が自己主張したりすると「バカのくせに」と怒り出したりするんです。どう生きても女であるかぎりそういう人には尊重されないんだから、好きに生きたほうがいいですよね。あの、欲望の話がさっき出ましたけど、コンテンツとして何かを消費するときに自分が何を欲望してるかってことは、皆さん消費者としてすごくよくわかってらっしゃると思うんですけど、じゃあ一対一の人間関係で自分は相手に何を欲望してるかって、実はみんなそんなに突き詰めて考えてはいないんじゃないかな、っていう気がしているんです。私もあんまり考えて来なかったし把握していない。そう、これは男女問わずですけど。
なので、一部の男性にとって「女子はバカな方がいい」と言う方がかっこいいから、男らしいから、女に中身なんか求めないであくまでコンテンツとして消費してる方が自分が上に立ってる気がするから、みたいなイメージがあって、それゆえにそういうことを言う男性はいるんだけど、実際のところはそうじゃないかも、っていう。

下戸山 そうじゃないかも?

堀越 本当は大いなる母性に抱かれたいとか……自分が何言ってるのかわかんなくなってきましたけど。

下戸山 自分より格下と思える女がいいけど、本当にバカなダメ女はNG、っていうことですかね。私は、女性って、「弱くある」ことで守られて得することよりも、暴力の対象にされたり、束縛されたり、困った目に遭わされて損することの方が多いと思います。ところで堀越さんは文学部卒ですが、ご両親は、進学に際して、何か言われましたか。

堀越 全く何にもなかったです。うちは放任だったので。文学部を志望したのは、どうしてだったかな……多分、ティーン向けの雑誌とか見て「女性の職業」特集のような記事で、文系の職業が多かったんですよね。通訳とか、翻訳家、編集者、みたいな。

下戸山 まあほかにも航空会社とか保育士とか教員とか? 理系だと看護師、薬剤師。当時だとプログラマとかあまりね。

堀越 そうです。大学受験のときは、あんまり深く考えてなかったんですよね。「こういう職業だったら女でもいけるんだ」みたいな、ぽわーんとした気持ちで、選んじゃったところがありますね。時代的に、総合職の女性もあまり一般的ではなかったですし、身の回りの大人の女性って、商店街のお店屋さんや看護師さん、先生以外だと圧倒的に専業主婦が多い時代だったんですね。そのどれもしっかりしたお母さんタイプの人じゃないとなれないじゃないですか。でも私は全然そういうタイプではないし、ちゃんとしてないから、将来の夢とか聞かれても、お母さんにだけはなりたくない、くらいの後ろ向きな感じで。

下戸山 え! お母さんにだけはなりたくなかったんですか?

堀越 そうです。「子供産みたくない」ってすごい強く思ってて。それしか将来の夢ってなくて。結婚したくない、子供産みたくない。

下戸山 なんでそう思ってたんですか?

堀越 あれ、これ私だけかしら? なんとなく「大変そう」って思って。だってお母さんって大変そうだったから。私は大人になったら、働きながら、本をいっぱい読める環境がいいな、と漠然と思ってました。でもそれがどういう職業なのか全然わからなかったので、すごい困ってたんですよね、将来の夢とか聞かれたときに。なりたくないものだけは、はっきりしてるんですけど。お母さんにだけはならない。

下戸山 自分のお母さんが大変そうだった?

堀越 自分のお母さんが大変そうだったのもあるし、よそのお母さんも大変そうだし。あんな大変なこと私したくない、と思って。

下戸山 何が大変そうに見えたんですかね?

堀越 え、なんだろう、楽しそうに見えなかったっていうのが。

柴田 お母さんはパートとかもなく、専業主婦だったんですか?

堀越 パートはしていましたし、当時としてはごく平均的な家庭だったと思います。。それでも、当時の自分にとって楽しそうな本を書いているのがみんな男性だったせいか、漠然と、「女ってつまんない。女って大変」と思っていましたね。お母さんになりたくない、っていうよりも、「女であることが嫌だ。女であるがゆえの大変さを背負いたくない。逃げたい」と思っていたのかもしれません。勉強は好きでしたが、家事のような「女の仕事」が本当に不得手だったので。家事手伝いは女の子だけがするという時代で、うまくできないとガミガミ怒鳴られるんですよ。母は成績優秀だったのに女だから大学に進学させてもらえなかった人で、女は勉強ができても無駄という空気もあって、それがつらかったです。

下戸山 柴田さんも、子供の頃は「お母さん役」をやりたかったけれど、今となってはお母さんになりたくないんですよね?

柴田 はい。全然、産みたくないですし。結婚もしたくない。

(つづく)

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