「自傷する女性を救うのは異性ではない」。精神科医師の実感

中学生のあなたは、仲の良い友人の身体に、何本もの傷跡があることに気がつきました。どうしたの? と聞くと、「実はね……」と、自傷行為を繰り返してきたことを打ち明けてきます。ショッキングな告白に驚いたあなたは、「秘密にしておくから、もうやらないで!」と叱るかもしれませんし、「つらいときは連絡して」と優しく声をかけるのではないでしょうか?

しかし、精神科医の松本俊彦先生は、それでは、友人が孤立するか、あなた自身も自傷行為をはじめるかもしれないと指摘します。インタビュー前編では、なぜ自傷をするのかについて取り上げました。後編では、学校現場で自傷行為がどのように扱われているのか、もし友人が自傷していたらどのような対処法があるのかについてお話を伺います。

※本記事には自傷に関する記述があります。

【前編】皮膚を傷つけ生きていく――自傷は「狂言」で、取るに足らないことなのか

◎自傷をしやすい年齢や性別とは

――自傷をしやすい年齢や性別はあるのでしょうか。

松本:しっかりした統計があるわけではありませんが、リストカットに代表されるような自傷は12歳や13歳に最初にピークになります。その子たちも、小学校のころから、授業中にシャーペンやコンパスで自分をちくちく刺していたり、爪を噛んだりしている。それが自傷のはじまりだと考えることもできます。

10代後半から20代前半にかけて、特に女性に多くみられる現象です。男性もけっこういるようなのですが、女性の方が支援につながりやすく、男性はより隠れてやっている印象ですね。

私自身が自傷する男性に多く出会ってきたのは、少年院のような矯正施設でした。自傷は自分に対する攻撃的衝動です。女性の方は慣習的なジェンダー役割など社会的なプレッシャーがあるためなのかはわかりませんが、自分だけに向かいやすい。一方で男性の場合は、攻撃的衝動が外に向かいやすいため、モノを壊したり、人を傷つけますから、メンタルヘルスの問題ではなく司法の問題になるのでしょう。

――10代後半から20代前半というと、ちょうど学生時代に重なりますね。自傷の多い、年度や学期はあるのでしょうか。

松本:意外なことに、環境が大きく変わるような年度の最初に自傷は頻発しません。多いのは真ん中の学年や、2学期です。自傷は複雑な現象なんですね。例えば虐待を受けている子どもは、虐待を受けている時点では自傷をしない傾向があるのですが、一次時保護施設に行くと自傷がはじまることがあるんです。PTSDの人たちも、フラッシュバックで強く苦しんでいるときに自傷はしませんが、少し収まってくると自傷をする。少し余裕が出来て、やっと自傷ができるようになるわけです。自傷をするのは、「最悪を少し抜け出したとき」と言えるのかもしれません。それでも苦しくて、助けを求めているのです。

――若い子に多いのは、自傷が手軽だからなのでしょうか。たとえば、30代になって仕事をしていると10代に比べればお金に余裕が出てくるので、飲酒や散財で発散することができますよね。

松本:それもあるかもしれませんが、マンガなどのサブカルチャー的な影響は無視できません。すえのぶけいこ『LIFE』(講談社)、紡木たく『ホットロード』(集英社)のようなティーンエイジャーが自傷をするマンガもありますし、単に10代の子が思い付きやすいのかもしれません。

さらに、10代だと言葉がまだ発達していないので、自分の生きづらさを言語化しづらいんですね。言葉にできないもどかしさを自傷行為という形で表明しているのです。年を取ってくると、言語化ができるようになって、自傷以外の手段を取るのかもしれません。鬱になるにも能力が必要です。自分が落ち込んでいることを自身で解釈して、言語化して、ようやく鬱になるんです。言語化能力が弱い子どもの鬱は大人たちが気付くのも難しく、子どももわかっていません。なので、非行や犯罪といった形になることがあると知られています。

――ここ数年で自傷行為は増えているのですか?

松本:やはり南条あやさんの『卒業式までは死にません』(新潮社)が出版された2000年から5年間がピークでした。その後には横ばい、もしくは少し減っているような印象を持っています。でもそれは、必ずしもいいことだとは言えません。子どもたちが、自傷行為すらせず、もっと深く閉じこもってしまっているということなのかもしれませんから。

◎自傷が学校に閉じ込められる

――学校で生徒の自傷を止めようとする動きが出てきたことはあるのでしょうか。

松本:あまりないです。統計を取ると、同じ学年でもクラスごとに人数の偏りがあることがわかります。つまり、クラス内で伝染している。自傷や自殺のようなグロテスクな行動は伝染しやすいんですね。だから、伝染を防ぐために、自傷を学校は隠すようになります。

学校の先生の中でも、とりわけ保健室の先生には問題意識を持っている方が多いです。ですが、大人に相談できる子どもはわずかです。我々は1割ほど自傷しているという統計を持っていますが、保健室の先生や教師が把握している数は、中学生だと0.3%、高校生だと0.38%。つまり、30分の1の生徒しか学校の先生にアクセスできていません。

多くの養護の先生は相談してきてくれた子たちの傷の手当てだけではなく、時間をとって面談もするようにしています。ただ養護の先生の中にも葛藤があるようです。他の先生から「いまここで甘やかしても学校を出たら厳しい世の中があるから」と言われることがあるそうです。でも、その子たちには、つらいときに人に助けを求めることを断念した歴史がある。養護の先生に話し相手になってもらうことで、人に対する信頼感を取り戻す練習をしているわけです。中学でそういう体験ができたら高校に進学したときも、一人で抱え込まずに保健室やスクールカウンセラーに相談してみようかという気持ちになれるかもしれません。そうした機会が奪われてしまうのは望ましくありません。

ただ、学校空間では養護の先生やスクールカウンセラーはメインストリームではありません。学校は勉強するためのもので、病院や福祉施設ではないという考え方が主流です。一理あるのかもしれませんが、地域がなくなって核家族が主流になっている現在、家庭の中でドンづまってしまった子どもたちは、親戚のおじさんや近所の人たちに助けを求められません。

養護の先生は500人の学校に1人配属される程度です。ですが、自傷経験者は学校内に1割いて、そのうちの58%は10回以上やったことがあります。つまり全校生徒が500人いるとしたら、学校には50人の自傷経験者がいて、30人は10回以上切ったことがあるということになります。それを養護の先生が1人で継続的で見られるのかと言うと……医者でも匙を投げたいほどですよ(笑)。そう思うと、0.3%という学校保健のデータが独り歩きしているのも問題でしょうね。

――先生の調査と対策に齟齬があるのはなぜでしょうか。

松本:やはり、文科省で調査して出てきたデータではないので、信じてもらえない部分があります。いまは少しずつ改善しているのを感じていますが。

一つ懸念しているのは、発達障害の方に学校現場の注目が流れてしまっていることです。もちろん大切な概念ですが、普通と違う子がいるとなんでも「発達障害」にしてしまうのは問題ですよね。ちょっとしたことで解離しやすかったり、思考が混乱して感情のコントロールが効かずに切ってしまう子にも「発達障害」という個人の病理の問題にすることで、その奥にある家庭のトラブルやいじめなどを見逃してしまうのは怖い。生きづらさを個人の病理に押し付けているわけです。

◎「助けて」と言える大人が必要

――自傷をしていて、やめたいと思ったときに、自分が取れる方法としてどのようなものがありますか。

松本:まずは相談してください……と言いたいのですが悩ましいです。というのも、相談する人を間違えてしまうと、「そんなバカなことはやめなさい!」と頭ごなしに叱責されてしまうかもしれないからです。自傷している子どもは、大人に失望しています。96%が大人に相談しません。35%が友達に相談しているんです。友達が一番のゲートキーパーなんですね。

相談された友人の対応には2パターンあります。1つは「秘密にするから、自傷しないと約束して」と言うもの。でも、「やめろ」といってもやめられるものではないので、また自傷してしまいます。そういうことを繰り返していくと、「どうして約束を守ってくれないの!?」と友達が怒りだして、ますます自傷せざるを得なくなります。

もう一つは、「切りたくなったら私に連絡して」と友達が言うことです。夜中にLINEがきて、最初は親身に対応するけれど、眠っていて気づかない夜があると「あなたが無視するから切った」と写真が送られたりする。友達もだんだん疲れてきて、自分を責めるようになり、自傷をはじめてしまうこともある。

大事なのは、友達が信頼できる大人につなげることです。信頼できる大人の条件は、自傷がいいか悪いかの善悪の価値判断をいったん保留してくれる人。裁判官みたいじゃない人がいいですね。それがなかなか難しいのですが……。普通の教科の先生よりは養護の先生や、スクールカウンセラーの先生の方がいいかもしれません。

もう一つは、その大人が孤立していないことです。大人であっても専門家に相談できずに自分でどうにかしようとするとドツボに入ってしまいます。自傷している子どもは「助けて」と言えません。支える大人が「助けて」と言える人でないといけないんです。

◎自傷する子どもの後ろにはリスクを抱えた大人がいる

――選択肢としてどのような相談機関があるのでしょうか。

松本:保健所や、精神保健福祉センターは一つの選択肢ですが、子ども達はそれを知りません。また学校は、内部で解決したがる傾向があります。スクールカウンセラーやソーシャルスクールワーカーが入って、学校が昔よりもメンタルに気を使っているように見えますが、裏を返せば、学校の先生が保健所のような行政機関に相談しなくなったとも言えます。

先ほど、自傷行為には自殺リスクがあると言いましたが、そういった子どもたちの背後には、自殺リスクの高い大人がいると言われています。お母さんがうつ病で寝込んでいたり、お父さんがアルコール依存症であったり。ですので、子どもだけではなく、その家自体の支援が必要な場合もあるんです。その点からも、学校だけで解決するのではなく、行政につなげていくことによって、総合的にその子をサポートすることができます。外の機関に生徒の恥を知られるのはよくないと思う先生もいるようですが、家族の事情まで学校の先生が背負うことは無理です。さらに、学校が支援できるのは学校にいる間ですので、継続的な支援のためには外の機関につなぐ方がいいのです。

難しいのは、進学校では住んでいる地域と通っている学校が離れていたりすることです。さらに、大学生になると、家に居場所がない子に限って、地元を離れて一人暮らしをはじめます。都会で新しい人生を生きようとしますが、生きづらさはそんなに変わらないですし、友人とは軋轢があったりして、だんだん学校から遠ざかってしまう。お金があるときは、保険証を使って精神科に通うのですが、うまく自分を表現できず、医者から適当に流されて、過剰服薬するのにいい道具だけもらいます。ときどき救急車騒ぎを起こすけれども、また一人暮らしの家にもどって……静かにだんだん死に傾いてしまうケースがある。そういう学生について、大学が行政機関とネットワークをくんで支援しているのかというと、現状は厳しい状態です。

これは余談ですが、郊外の新しくできたキャンパスの生徒の自殺率は高くなるんですよね。学校で勉強する以外楽しい場所がないような場所は、学校の人間関係で息詰まると居場所がなくなります。本当は学校の外に呑み屋や雀荘のような場所があって、いろんな人たちが多様性に触れることができたらいいと思います。

◎本当の自殺教育

――学校で自傷について教育する際に、注意する点などはあるのでしょうか。

松本:学校で自殺防止の講義をやるとき、よく「命の大切さ」を説くような人を呼んでしまうんですよね。でも、そんなことを言われても、「お前に私のなにがわかるか」という気持ちになるでしょう。「自分の身体を傷つけることが不道徳だ、反社会的だ」と言われたあとに「よし、じゃあ先生に相談しよう」と思う人はいません。もともと自殺リスクの高い自傷している子をより追い詰めることになっているのです。

それよりは、もっとメンタルヘルスの問題について、特別視せず話せる環境をつくった方がいいでしょう。人間は人生の中で3割ほどの人がうつ病の診断基準に満たす状態になると言われています。それくらい、メンタルヘルスの問題はありふれているのです。

ですから、自傷はいいことじゃないけれど、もしそういう友達がいたら、阻害するのではなく声をかけよう。その友達が「親や先生には言わないで」と言うかもしれないけれど、「自分は助けてあげたいけど、専門家じゃないから助けられない。それなのに内緒にしておくのは、本当に友人がすることかな。あなただったらどう思う?」とネゴシエーションするテクニックまで教えてるのが、本当の自殺防止教育だと思います。

◎自傷と女友達

――ご著書の『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)の中で、女性に対して「同性の友達をつくろう」と書かれていました。どのような意味でしょうか?

松本:診察していて思うのは、「女性を幸せにするのは、異性ではないなぁ」ということです。もちろん、一時的には幸せになれるのかもしれません。自傷する人たちは愛に飢えています。愛にたどりついたら、それを失うことが怖い。そうすると、好きな男性に過剰適応してしまう。自分の本音を言わず、相手の言いなりになる。男性はだんだんと調子に乗ってきてさらに束縛しようとする。そのうち、相手の顔色をみながら意見を言うようになり、その蓄積を自傷で補うようになってきます。自傷を見ると男の方も「なにをやっているんだ」と怒り、自傷をめぐる争いになってくる。そういう子たちは男性に対する怒りもたまってくると、悪気もなく浮気をしたりして、どんどん追い詰められてしまい、気が付くとDVのような関係になっていきます。

そんな状況から早く抜け出せる子の特徴は、同性の友達が多いことです。「あの男、やばいよ、DVじゃん」と言ってくれる。でも、自傷している子の特徴は、同性の友達はいないけれど、異性の友達は途切れない子が多いことなんですよね。男女で友情は成立するのか――と言うと学級会のテーマみたいですが(笑)、10代、20代では難しいと私自身は思っています。男女だと、支配と被支配の関係に絡めとられることが多いんです。

一人だと寂しいから、別れろと言っても別れない。でも、女の子の友達がいっぱいいると「ほかにいい男がいるから」と合コンをセッティングしてくれたりして、DVのような危険な関係から逃げることができる。だから、同性の友達はとても大事だと思います。とはいえ、同性の友達にもいろんな方がいますから、安心できる友達を大事にすることが大事でしょうね。

また、ここでは便宜的に異性愛の男女でお話をしましたが、セクシュアルマイノリティの方は、自傷や自殺のリスクが高いことが知られています。自分の性的な悩みについて親に相談できるかというと難しい。友達にも難しい。ですから、「同性の」というのがどこまで成り立つのか難しいですが、信頼できる友人や大人を見つけて話してほしいと思います。セクシュアルマイノリティが気軽にカミングアウトできるような多様性のある環境が、自傷を減らすきっかけになると思いますね。

というのも、自傷は社会が必要以上に人との競争を強いたり、多様性を認めなかったりすることで出る病だと思うんです。自傷する人と話していると、いつも人との比較にとらわれています。「あいつの方がかわいい」「痩せている」「頭がいい」など、いつも人と比べている話ばかりです。きれいごとになってしまいますが、「みんな違ってみんないい」と基本的に思える社会にならないかなと思っていますね。
(聞き手・構成/山本ぽてと)

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