圧倒的な暴力性に触れたとき、人は「感染」することしかできないのか 『ディストラクション・ベイビーズ』

地方都市に住む若者を描いた『ディストラクション・ベイビーズ』。この映画では、内なる暴力性に焦点が当てられています。松山の港町・三津に育った主人公の泰良(柳楽優弥)は、家を出て、市街地にある商店街で、強そうな相手を見つけては襲い掛かる日々を送っていました。そんなある日、公園にいた高校生たちが泰良に襲われます。その中の一人、裕也(菅田将暉)は、最初は襲われている友人を助けることすらできませんでしたが、町中で喧嘩を重ねる泰良を何度も見かけるうちに、彼に妙に惹かれはじめます。裕也は泰良とともにキャバクラで働く那奈(小松菜奈)の乗った送迎車を強奪し、三人で「危険な遊び」に興じていくのでした。

映画を見終わった後は、なんと言っていいかわからない戸惑いと、私の出身地である松山に、柳楽優弥、菅田将暉、小松菜奈、村上虹郎、池松壮亮、北村匠海、でんでんという、今を時めく俳優たちが集結したことに興奮しました。俳優の誰もが観客をぞくぞくさせるような表情を見せていました。もっと言うと、知人がスタッフにいるから撮影時から話を聞いていたし、エキストラにも知っている顔が何人もいました。こんなすごいキャストがそろった映画が松山で撮られたということは、かなり嬉しいことでもありました。ところが、帰宅していろいろ考えていくと、監督は疑問を投げっぱなしではないか? と思えてきたのです。

実際、インタビューを見ても、俳優たちは、映画の完成試写を見るまで、どんな物語になっているのかわからなかったと言います。柳楽優弥が、自分自身が演じる泰良はなぜ喧嘩をするのかと監督に聞いても、監督は、泰良のセリフである「楽しければええけん」と答えるのみだったそうです。

また監督自身も、「自分は“暴力”に対して、わかりやすい結論は出せない」「倫理的に肯定することはできませんが、“暴力的な衝動”が人間の感情として存在することを否定できない。この題材と真剣に向き合ってきたからこそ、観てくれた人も見終わった時に考えてくれるんじゃないかと期待しています」とリアルサウンドのインタビューで語っています。

確かに、見終わってからこの映画について考えまくったので、監督の意図はこちらにうまく伝わっているということなのかもしれません。それなら、とことんまで、疑問について考えようと思います。

◎被害者の暴力は、快楽によるものなのか

まず、泰良の存在は何なのか。彼は、さきほども書いた通り、「楽しければええけん」という気持ちで暴力を重ねていきます。見たところでは、彼は自分より弱いものには暴力を振るっていないようでした。その基準は明確には描かれていないのですが、こと、けんかに逃げ腰だった裕也と、那奈をはじめとした女性のことは殴らないのです。そして、あんなに残虐に人を襲い続けているのに、徐々に彼の暴力には何か一本筋が通っているようにも見えてくる、そんな不思議な魅力があるのは確かです。

私が魅力を感じてしまったように、彼のただ楽しむために振るっている暴力が周囲にも「感染」していきます。一番わかりやすく感染したのは裕也でした。それは、中高生の若者が、かっこいいミュージシャンや芸人に憧れたりするようでもありました。その結果、最初は同級生が殴られているのを見ても、助けられないし、暴力はいけないと声に出していた裕也が、ついには暴力の魔力に取りつかれていくのです。彼が暴力性を覚醒し、人々を殴るシーンは、映画の中でも一番、観客をドン引きさせるものだったのではないでしょうか。正直、怖くて胸糞悪かったけれど、暴力とは何かと考えさせる役をいつもきっちり演じきる菅田将暉という俳優はすごいと思います。

感染はひとりにとどまりません。那奈もまた暴力に感染した人として描かれているように見えました。彼女は、裕也たちに巻き込まれて車で行動を共にすることになりますが、同時に暴力の被害も受けています。通常、弱いものが暴力を受けて、それに対して正当防衛として報復する場合、そのときの暴力は「正義」になるはずですが、この映画ではそうはさせてくれません。暴力をふるったあとに、泰良と彼女が淡いシンパシーを感じるシーンが描かれているために、那奈の暴力もまた、裕也の暴力と同じで、泰良の存在によってうちに秘めている暴力性(や狡猾さ)が覚醒したかのように見えたのです。

私が最も疑問に感じたのは、この部分でした。彼女の場合の暴力性は、決して「楽しければええけん」の影響を受けたものではありません。むしろ、「楽しければええけん」に感染した無軌道な暴力の被害者であるし、そこは映画でも描かれています。だから、その被害者である那奈が暴力を振るう側になったとき、それは「楽しければええけん」から生まれた暴力ではなく、「『楽しければええけん』という気持ちから生まれた暴力の被害者になるってなんだよ」という憤りになるはずです。本来ならば裕也の暴力とは正反対になるはずであるのに、那奈が暴力の被害者ではなく暴力に感染した仲間であるかのように描かれていることには、消化不良な状態のままです。

◎内なる暴力性は誰もが持っているのか?

この映画のラストでは、松山市の三津浜市で行われている祭りのシーンが描かれています。この祭りのシーンについては、シネマズ by 松竹の『柳楽優弥と菅田将暉が世界を挑発「ディストラクション・ベイビーズ」、地元出身者が豆知識を紹介!』という記事の中で、ライターのヒナタカ氏が、「けんか神輿が始まった理由には、農民と漁師の揉めごとが絶えなかったため、一年に一度だけ神輿をぶつけ合って豊穣を願う儀式をつくった、という説があります。いわばけんか神輿は、暴力を“社会的に許されているもの”に変換したものなのです」と指摘しています。

かつての社会で、そういう措置が祭りに求められていたのは理解できます。無秩序に暴力があふれる社会をどうにかしようとして、暴力を抑え込むよりも、社会的に認めて、祭りのときに発散すればいいということなのでしょう。そうでないと、いびつな社会になってしまうと危惧する人がいることもわかります。

ところが、この祭りと、泰良のシーンを並べても、映画では何も語られません。語らないことで、私がこれだけ考えることになっているのだから、やはり映画として意味があるのかもしれません。そして、最後まで見て感じた、この映画をつらぬく考え方というのは「暴力を抑え込もうとしても撤廃できるものではない。それどころか、泰良のような人物に出会ったら、それまでは抑え込んでいた暴力性が、爆発して露わになってしまうことだってある」ということなんだと思います。

しかし、反論をするならば、菅田将暉が以前『共喰い』で演じたように、男性であっても、己の中に内在する(かもしれない)暴力性がいつ爆発してしまうのかという恐怖を抱えて悩んでいる人だっているし、それは暴力性に触れたからと言って爆発しないことだってあるのではないかと思うのです。また、己の中に暴力性があるからこそ、それとどう向き合うのか真剣に考えている人だっているでしょう。

そして、私自身のことを考えても、那奈のように、自分が死ぬかもしれない状況になって、必死で力を振り絞る可能性はあるけれど、それは己の中に存在している暴力性が露わになってしまったのではなく、生きるための防御だと思うのです。それは、男女関係なく起こり得ることです。

確かに、昨今の風潮としては、「暴力はよくない、暴力を振るうのはやめましょう」という紋切り型の言説のほうが強く、それだけではなんら解決しないという気持ちが世間に芽生えることがあることも理解できます。正しいことの良い部分だけを見て、実際にあるネガティブなことに目を向けないことに対してアレルギーを示す人だっているのもわかります。でも、この連載でも何度も書いていますが、私は、内なる暴力性というものは、誰の中にもあるものなのだろうか? それは単なる思い込みなのでは? という疑問を常に持っているのです。

もちろん、この映画で、己の中に暴力性を持っている人の存在から目を背けないであぶり出し、その恐怖を描いたことには意味があったと思います。でも、世の中にはさまざまな人がいます。この映画にも、ひとりでもいいから、『共喰い』の主人公のように、己の内なる暴力性に対して、恐れを抱いたり、抗ったりする人がいてもよかったと思うのです(村上虹郎演じる泰良の弟である翔太にその芽があったとは思うのですが)。

■西森路代/ライター。1972年生まれ。大学卒業後、地方テレビ局のOLを経て上京。派遣、編集プロダクショ ン、ラジオディレクターを経てフリーランスライターに。アジアのエンターテイメントと女子、人気について主に執筆。共著に「女子会2.0」がある。また、 TBS RADIO 文化系トークラジオ Lifeにも出演している。

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