国立精神・神経医療研究センターの精神科医・松本俊彦氏インタビュー

なぜ逮捕されてもクスリがやめられないのか? 精神科医に聞く、薬物依存症の心理と回復に必要なこと

2016/05/16 15:00
matsumototoshihiko1_mini.jpg
松本俊彦氏

 元プロ野球選手・清原和博被告の逮捕が世間を賑わせて以降、人気バンド「C-C-B」の元メンバー田口智治や、NHK『おかあさんといっしょ』に出演していた「歌のお兄さん」杉田光央など、覚せい剤取締法違反で逮捕される芸能人が後を絶たない。

 警察庁刑事局組織犯罪対策部が公表したデータによると、平成26年の覚せい剤事犯、大麻事犯、麻薬・向精神薬事犯、あへん事犯などをすべて含めた「薬物事犯」の検挙件数は1万8,378人。なかでも、覚せい剤の再犯者数は増加傾向で推移しており、依存性の高さがうかがえる。

 しかし、薬物を断ち切ることができない人がいる半面、依存状態にまで陥らない人や、すぐにやめることができる人もいる。その差は何によって生まれるのだろうか? そして、薬物依存者を身内や友人に持つ人は、どのように支えればよいのだろう。書籍『よくわかるSMARPP―あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)の著者であり、薬物依存症研究の第一人者である国立精神・神経医療研究センターの精神科医・松本俊彦氏に話を聞いた。

■薬物に依存する人は、使う前から“困った問題”を抱えている

――薬物に依存して乱用してしまう人と、薬物を経験してもそこまでハマらない人というのは、どのような違いがあるのでしょうか?

松本俊彦氏(以下、松本) 世の中にはクスリを使ってもハマることもなければ、ばれることもなく、「たまに使うくらい」という人もいます。そうした人の中には責任ある立場に就き、社会的に活躍している人も珍しくはありません。アルコール依存症で考えていただくとわかりやすいと思いますが、お酒を飲む人はたくさんいても、依存症になる人はごく一部です。これと似たようなことは、覚せい剤にもある程度見られます。もちろん、覚せい剤の依存性はアルコールとは比較にならないほど強く、使用経験者の中で依存症の状態になる人の比率は、アルコールの場合よりもはるかに高いとは思います。しかし、それでも経験者全員が覚せい剤にハマるわけではないのも事実です。例えば、「今後こそやめる」と決意しては再び覚せい剤に手を出してしまい、逮捕・服役を繰り返している人、あるいは、「自力ではやめられない」と思い知り、専門病院での治療を求めて来院する人というのは、覚せい剤経験者全体から見ると、ほんの一部にすぎません。

 では、ハマる人とは、どのような人なのか? 患者さんの話を聞くと、「最初は仲間でやっていて、周りはクスリを卒業していくのに、自分だけやめられなくなっていた」という人が少なくありません。その人たちに共通しているのは、クスリを使う前から“困った問題”を抱えているという点です。その“困った問題”にはさまざまなパターンがあります。たとえば、家庭環境の複雑さ、両親の不仲、虐待、学校でのいじめというような経験をもとにした、心の闇を抱えていることもあります。このように普段から何らかの「しんどさ」を抱えている人の場合、覚せい剤を使って得られる“報酬効果”は、そうでない人よりもはるかに大きいものとして体験される傾向があり、それだけに依存症になりやすいのです。

――「報酬効果」とは、具体的にどのようなものでしょうか?

松本 例えば、勉強をすごく頑張って成績が上がり、褒められると、ますます頑張ろうと思いますよね。褒められたときというのは、ドーパミンが出ているんですが、そのときに感じた感覚が一種の「報酬」となって、「また褒められたい」と、人を突き動かし、支え、将来の職業選択などにも影響を与えることがあります。つまり、しんどいことがあっても、頑張ればあの気持ちいい体験ができると思って努力し、それがキャリア形成にもつながっていくわけです。

 覚せい剤の報酬効果とは、例えるならば、「頑張って成果を出して、周囲から認められる」という感覚を、一切の努力や頑張りなしに(ついでに、何らの成果を出さずとも)体験するような感覚です。その感覚は、必ずしも、しばしばいわれているような、めくるめく快感とまではいかないかもしれませんが、われわれの行動を決定づけ、人生を牽引していくような、本能に根差した感覚ではあるのです。したがって、勉強で褒められて気持ちよかった人が勉強を頑張り、運動で褒められて気持ちよかった人は運動を頑張るのと同じように、「クスリを使う」という行動を繰り返すことになるのです。そして、すでに述べたように、それまでの人生がつらかった人ほど、この感覚にのめり込みやすいという特徴があります。

――どのようなときに、クスリを使いたくなるものなのでしょうか?

松本 どのような状況でクスリを使っていたかによって、クスリを使いたくなる状況は異なります。たとえばセックスのとき、あるいは、ひとりぼっちで退屈だったり、寂しかったりするときにクスリを使っていた人は、性的な欲求、あるいは退屈感や寂しさを自覚した際に欲求に襲われます。

 もっとも、覚せい剤=セックス・ドラッグみたいな使い方をしている人は、意外にも薬物依存症患者のごく一部です。実際の患者で多いのは、しんどい仕事をしなければならないときです。覚せい剤はバシッと力がみなぎり、目がさえます。ですから、アルコールとは異なり、平日昼間も使えて仕事もできますし、車の運転などへの影響も比較的少ないのです。それだけに日常生活に深く根を下ろし、その人の行動を支配していきます。

 おそらく多くの場合、使い始めの頃は、一時的に仕事のパフォーマンスも上がります。人によっては、クスリの力を借りて、仕事上の実績を上げる人だっているほどです。しかし、その状態は、そう長くは続きません。そのようにしてクスリを使うのが習慣化すると、例えば、朝起きて昨日の疲れがまだ残っていて、「今日は仕事に行くのがちょっとつらいな」思ったときに、覚せい剤の欲求に襲われることになります。

 クスリの力を借りて仕事や人間関係で成功した体験のある人ほど、クスリを手放すのは大変です。最初のうちは、覚せい剤の効果で眠気が吹き飛んで、深夜でも仕事をひたすら頑張れるかもしれません。ある意味、疲れ切ったサラリーマンたちが栄養ドリンクを飲むというのに、どこか似ています。しかし、そのような効果は一時的です。しばらくすると、クスリを使っても、かつてと同じ程度のパフォーマンスしか発揮できなくなり、さらに時間が経過すると、仕事前にクスリを使ってももはや気力が湧いてこなくなり、そのうえ、覚せい剤乱用の後遺症で、人の目が気になって仕方なくなり、外出するのが怖くなります。最終的には家にこもりきりとなって覚せい剤使用に溺れ、仕事どころではなくなってしまいます。

よくわかるSMARPP―あなたにもできる薬物依存者支援
自分にとって大事なものって何だろう?
アクセスランキング