国立精神・神経医療研究センターの精神科医・松本俊彦氏インタビュー

なぜ逮捕されてもクスリがやめられないのか? 精神科医に聞く、薬物依存症の心理と回復に必要なこと

2016/05/16 15:00

■薬物依存症患者に必要なのは、家族の協力と専門家のサポート

――そうなると、もはや本人の力だけではクスリから逃れられない気がするのですが、周りにいる家族や友人ができるサポートというのはないのでしょうか?

松本 そもそも、日本ではたとえば覚せい剤使用は犯罪なので、周囲に助けを求めにくいという状況もあるのですが、それでも薬物依存症からの回復には、家族の役割はとても重要だと思います。というのも、薬物依存症というのは、本人が悩むより先に周囲の人間が悩む病気だからです。家族はクスリをやめてほしいと本人を説得したり、叱責したり、なだめたり、恫喝したりしますが、肝心の本人は「俺は依存症なんかじゃない。その気になれば、いつでもやめられる」と治療を受けようとしません。

 このような状況の中で、家族の悩みは本当に深刻です。早くどうにかしなければいけないと焦りますし、親であれば「自分の育て方が悪かったんじゃないか」とか、妻であれば「自分が至らなかったからじゃないか」と、どうしても自分を責めるんですね。そして、誰にも相談できないままで、秘密にしているうちに、状況はどんどん悪くなります。そこで家族にお伝えしたいのは、全国の都道府県・政令指定都市に少なくとも1カ所は設置されている「精神保健福祉センター」という行政機関があるということです。ここには依存症をはじめとしたメンタルヘルス問題に詳しい医師や保健師、心理士がいて、薬物依存症患者の家族の相談を受け付けています。もちろん、秘密もきちんと守ってくれます。

――また、薬物依存症患者への接し方で、気を付けた方がいいことはありますか?

松本 クスリはいわば“悪い恋人”のようなものです。どんなに周囲から「あいつは悪い奴だから別れなよ」と言われても、「自分はこの人が好きなのに、なんで理解してもらえないの?」と余計に壁ができますよね。あるいは、よりのめり込むことのきっかけにもなり得ます。薬物依存症もそうです。説教や叱責は効果がありません。それに、薬物依存症に陥っている人は、もうすでに自尊心がボロボロなんですね。すでに、「自分は本当にどうしようもない」とか「ダメ人間」だと思っているので、責められれば責められるほど自暴自棄になって、クスリにのめり込む場合もあります。それくらいであれば、無関心な方がいい場合さえあります。

 ただ、無関心といっても、決して「無視しろ」「放置しろ」という意味ではありません。おそらく本人に最も強い影響力を持っているのは家族です。したがって、家族の振る舞い次第で、本人の行動を変化させられる可能性はあります。例えば、本人がクスリを使っているなと思うときは、ちょっとその場を離れて、使っていない日に「今日のあなた、いい感じだね」とか「素敵だね」と声を掛けてあげるといった対応も考えられます。これは、クスリを使わないことが家族との結びつきを確認できる状況とし、使っている場合には家族との溝を感じる状況にするわけです。ここで注意すべきなのは、愛情の反対は憎悪でなく無関心であるということです。説教や叱責は、かえって家族とのつながりを感じさせる対応なのです。とはいえ、こうした対応の工夫だけでは、なかなか本人は治療につながりません。また、薬物依存症患者の特徴もそれぞれなので、家族や友人の力だけでは限界があります。

 薬物依存症の治療は、まずは家族の相談から始まります。しかし、家族だけで対応の方法を判断しようとせずに、専門家のアドバイスをもとに対処策を考えていただきたいと思います。
(末吉陽子)

松本俊彦(まつもと・としひこ)
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長。1993年佐賀医科大学医学部卒業後、国立横浜病院精神科、神奈川県立精神医療センター、横浜市立大学医学部附属病院精神科などを経て、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神科救急学会理事、日本社会精神医学会理事。『自分を傷つけずにはいられない 自傷から回復するためのヒント』(講談社)など著書多数。

最終更新:2016/05/16 15:00
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