会社に支配され雑に扱われる男たち、怒ったり逃げたりしていいんじゃないか?/男性学・田中俊之さん

 武蔵大学で男性学・キャリア教育論を専門に教鞭をとる田中俊之先生の新刊『男が働かない、いいじゃないか!』(講談社)は、主に20代の若者男性に向けて、「働きすぎる必要はない、君の人生なんだ」とエールを送る内容です。田中先生には以前、桃山商事の連載にもご登場していただきました。

■“理想の男らしさ”が重い。現代を生きる男性の抱える「生きづらさ」とは?
■男に「言葉を届ける」のはなぜこんなにも難しいのか? 男性問題を問い直せない社会構造と、男型の“演繹”発想

 女性の「家庭と仕事の両立」について考える記事を多く出してきたmessyですが、いつも突き当たるのは、長時間労働が当然視されているという社会問題。「たくさん働くことと、家庭で保育すること」の両方を求められれば、誰だって両立など不可能だということです。家庭で専業主婦の妻が家事育児をしている立場の男性が、残業や出張、接待などを厭わず朝から晩まで働く――その働き方が<フツウ>とされてしまえば、家庭と仕事は両立できません。男女どちらも、もっとゆるく働くことを<フツウ>にしたい。

 そのために、何がどう変わっていけばよいのか? 「一日5時間以上は働かない」「平日の昼間にぶらぶらしたい」とはっきり言う男である田中先生と、具体策を考えました。

◎世のルールでは「仕事に支障を来たさない範囲でしか育児をやれない」

――お子さんが誕生されたばかりなんですよね。おめでとうございます。

田中俊之先生(以下、田中)「ありがとうございます。息子は二カ月で、まだ夜中に三回は起きるんですねそのたびに授乳とオムツ替えをしています」

――夫婦どちらも一緒に起きるんですか?

田中「夜中の授乳は母乳→ミルク→母乳にし、奥さんは一回は起きないで寝ていてもらうようにしています。そうすればちょっとは休めるじゃないですか」

――田中先生は熟睡していても赤ちゃんの泣き声に気付いて体を起こします?

田中「はい、一緒の部屋で三人寝ているので、泣けば気付いて目が覚めますよね。あ、母乳のときも飲み終わった後のゲップは僕がさせるようにしています」

――え、じゃあ田中先生は夜中の授乳三回とも起きて。

田中「はい、そうですね」

――昼間に眠くなりませんか。

田中「なりますよ、はい(笑)。一月に産まれて、ここ二カ月は仕事のペースは以前の半分くらいになってますね。書き物とか、もともと僕は遅筆ですがますます遅くなっています」

――学問をきわめてらっしゃるわけで、大学のない日も論文や研究書などを書かれるわけですよね。基本的に自宅ではそういう書き物に集中する。

田中「でも同じ家の中で子供が泣いてれば無視するわけにいかないですよね(笑)。赤ちゃんって寝てる時間が長いから出来なくはないですよ」

――赤ちゃんの泣き声が気にならず、泣いてても平気でスマホを見ちゃう人もいます。夜はぐっすり寝ていて、ママだけが何度も起きて赤ちゃんの世話をしているという家庭も未だに多いです。

田中「それはこの本にも書きましたが、男の人って世の男性のルールに従うと、『仕事に支障を来たさない範囲でしか育児をやれない』んですよね。就寝中に赤ちゃんが泣いていても、翌日の仕事に支障を来たさないように眠り続けるとか。それが優先事項になるので、多くの人はそういう行動をとるんですよね」

――仕事のパフォーマンスを落とさないことが最優先事項だし善なんですね。一方で、妻であり新米ママという立場から見ると、そうした夫の態度がひどく冷淡に思えることもあるでしょう。

田中「そりゃあそうでしょうね。僕はちょうど大学の春休みの時期に出産があって、比較的、自宅にいることができたんですね。子供は正直、オムツ替えてミルクあげて寝かせてあげればすくすく育ちますけど、産褥期の女性ってメンタルも肉体も弱っているじゃないですか。とても通常通りの家事なんて出来ないよと思いました。世の、男性がその時期に育休をとらなかったご家庭はどうやってるのかな? と不思議な気持ちです」

――実家や実親にケアしてもらったりとか、ヘルパーさんをお願いしたりとか、あるいは産褥期でもツラいのを我慢して気合いと根性で乗り切ったりとか?

田中「そうですよね。すごい女性の我慢のうえに、社会が成り立っているんじゃないかと思ったんです。でも誰も見てないから、実態はわからないじゃないですか。耐えてるんだろうけど、表に出ませんよね。その時期に、夫であり子の父親である男性が、仕事を休んで彼女と赤ちゃんのケアをできれば、女性はそこまでつらい思いをしなくて済むんじゃないかと……。女性の忍耐のうえに、男性たちが休みもとらずに働き続けて生産する労働社会が成り立っているんじゃないか、と気付きましたね。

また、里帰り出産だったりすると、実親にケアしてもらえるから産後の女性の肉体的負担は軽くなるでしょうけど、ますます夫にはその時期の妻がどれだけ大変だったかなんてわからないじゃないですか。見えないから」

――むしろ「こっちは一人侘しくレトルト飯なのに、実家でゴロゴロして上げ膳据え膳でいいよな~」とか思ってる人も。

田中「ああ……。だから僕、育児書を読んでびっくりしたんですけど、産後の時期に『パパの分のご飯は、作って冷凍しておきましょう♪』とか書いてあるんですよね。赤ちゃんの生活リズムと大人の生活リズムって違うから、主に世話する人、この場合はママですが、ママは赤ちゃんのリズムに合わせることになる。するとパパのご飯をタイミングよく作ることが出来ないから、『事前に作って冷凍しておきましょう』って。えーって思いました。産褥期に!? って。パパが自分で作って食べる選択肢は想定されてないのかなと」

――ママは家にずっといるんだから食事の支度は当然ママがやるよね、みたいな。

◎「身を粉にして働く良い旦那」

――田中先生の生活リズムってどんな感じなんですか?

田中「僕は、あんまり忙しく働いてないですよ。大学の授業指導だけなら、月・火・木に講義があるので出校(出勤)して、水・金・土・日は休みです。うちの大学が特殊なわけではなく、大学の教員ってわりとこんな感じですよ」

――三連休が毎週ある!?

田中「はい(笑)。僕に関して言えば、職位的に偉くないこともあり、職場(大学)に拘束される時間は短いですよね。残りの時間は大体自宅で執筆の仕事をして、市民講座の講師として呼んでいただいたところで講演をしたり。もちろん授業以外の雑務、入試、それから学生の対応とかそういうものもあるので、授業が休みでも出校する日はありますが。でも夜中まで働くとかイヤですよ。そんなに集中力も持たないですし。個人的な希望としては、朝8時頃から働くとしたら15時ぐらいまでには終えていたいですね」

――提出されたレポートや試験の評価などは、ご自宅で?

田中「ああ、それは大変なんです。200人生徒がいる大教室での授業なんかは、テストの採点に3~4日かかっちゃいますね。試験後は長期休みに入るので、その期間にやります。もちろん理系領域の先生など、整った実験環境が必要なケースはこの限りではないと思います。自宅では研究ができないですものね。僕は幸い、自宅でも仕事をやれますが……」

――会社員でも業種によって、絶対に自宅作業ではやれない仕事がありますよね。飲食や販売や窓口対応など接客、観光業も無理ですし、運送とかも。長時間労働が常態化しているんじゃないか。スーツを着てオフィスで働くような会社員だったら、会議なんてスカイプでやれよとか、連絡事項はメールでまとめろよとか、資料づくりは自宅で出来るだろとか、残業を回避するアレコレが提案されますけど、そうじゃない職種の人たちも大勢いるのだから、一概には言えない。でもそういう様々な職種で、働きすぎている方々に、同書を読んでいただきたいなと私は思います。

田中「ありがとうございます。これは、男性のみならず女性側の意識を改革するのも非常に難しい問題だなとすごく思っていて。というのも、どうしても既婚、あるいは結婚を予定する女性側から、『そうは言っても、やっぱり旦那さんが頑張って稼いで欲しい』という声が聞こえます。僕は先日、ある講演で『男性たちが働き過ぎてるんじゃないか、どうしたらいいかみんなで考えましょう』と一通り話したのですが、それの感想として若い専業主婦の女性が『やっぱりうちの旦那さんのいいところは身を粉にして働くところだなと思いました!』と。うーん……身を粉にして……って、頭を抱えてしまいました。だって、男性の過労死とか自殺率の高さとかうつ病とか、そういう話をした後の感想なんですよ」

――自分の旦那さんが身を粉にしてまで働いてたら、私はあらゆる面で嫌ですが……。

田中「僕が男の側から言わせてもらうと、『男はちゃんと働いてさえいれば良い!』って感覚は、日本ではまだまだ根強いなあと思うんです。そうすると、男性は何十年もの間まったく仕事から逃れられません」

――でもこれって日本には、新卒の時期はいざ知らず、女性が自分が何十年も働いてお金を稼ぐという気になりづらい構造があるからでもありますよね。それは結婚によって女性が「家庭内の責任」を負わされて、社会での労働を縮小されるという構造です。

田中「まさに性別役割分担で、それを各家庭内で割り振るぶんには問題ないと思うんですよ。先の専業主婦の女性も、彼女たち夫婦は、妻が家事育児で夫が収入を得る仕事をするという役割分担っていうだけのことですからね」

――でもこれが、「女は産む、男は働く」という決まりみたいになっちゃっているのは……

田中「両方とも、やりたくてやっている人だけじゃないですからね。仕事が大好きで働きたくて馬車馬のようにやっている男性ももちろんいると思いますし。でも一方で、仕事ばっかりの生活なんてうんざりなのに、家族ぶんの生活費を得るために自分に鞭打って働いている男性もいる。『私は家を守るから、あなたは一家全員を養うために頑張って働いてね』って女性ばかりだったら、しんどい男性も当然いるはずなんです。

昭和の時代、特に男女の生涯未婚率が5%程度だった1970年代なんかは、年功序列・終身雇用の職場で男性に支払われている給料には『家族を養うぶんの賃金』という意味が込められていて、『家族給』と呼ばれましたが……」

――そして女性の労働はあくまで「家計補助」で、いつまでも結婚せずに会社に残ると迷惑な存在として疎まれました。妻子を養うための賃金を男に与えているのだから、女は誰かの妻になって会社を去ってくれないと困るんですよね。

田中「男女雇用機会均等法が施行されても、結局『総合職』と『一般職』という区分けがされて、女性は『一般職』へ行き、寿退社する流れでした」

――その男女雇用機会均等法について文春新書『働く女子の運命』(濱口桂一郎)で詳しく書かれているのですが、それ以前って女性労働者には保護規定があったんですよね。今でも児童は夜間労働などをしないように保護されていますが、当時は女性に時間外労働や深夜労働をさせてはならないという保護規定があった。で、女性自身もこの保護に甘えていて勤労意欲が低いと見られていた。そこで雇用機会均等法によって母性保護をのぞく女子保護規定がなくなり、保護されていない男性と同じように働いてもいいということになりました。しかしそもそも、男性労働者に対して雑に扱い過ぎじゃないのか? と、私は思うんです。独身女性に対しても同様ですが、長時間労働をはじめとして、労働者に無茶を求める職場が多すぎます。これは産後の女性の職場復帰にもつながる話で、「育児中の女性は“無茶”できない」から要らない存在、お荷物になっちゃう。17時とか18時過ぎても一向に退社しない、それどころか終電まで働くような職場環境のほうがおかしいのに、それに合わせられない社員はダメって、変じゃないですか?

田中「それはおっしゃる通りで、『家族給』を与えられる男性社員というのは、一家を養えるだけの賃金をもらう代わりに、すべてを会社に捧げなければならなかったんですね。他のものを犠牲にして、会社での仕事に全力で挑むという。その結果として今、定年後に何もやることのない高齢男性たち……という問題も顕在化していますが。

でもこの問題を解決に向かわせるには、やっぱり、男性自身が声を上げていかなければならないと思うんですね」

――自ら「男が働かない、いいじゃないか」と言っていく、ということですね。

田中「仕事を一歩引いた視点で見ることが出来ればいいんですよね。中公新書『左遷論』(楠木新)の書評を先日書いたんですが、たとえば左遷されてみると、仕事の見方が変わるかもしれません。出世レースからはずれちゃったから趣味のスキーを再開してみたら、すごくイキイキして職場でも明るくなったという男性の話とか、病気をして働けなくなった男性たちの話などがあるのですが。サラッと『病気で働けなくなった人がたくさんいて驚いた』と楠木さんは書いているのですが、そりゃいるだろうと思いますよね(笑)。病気にでもならないと仕事を辞められないんですから。ぶっ壊れないと止まれないなんて、明らかにこんな社会はおかしいですよ。不健康になってまで、働きたくないですよね」

――健康第一ですよ。

◎自分を大事にする若者、いいじゃないか

田中「今の若い人は出世意欲が薄い、という話をしばしば耳にしますよね。でもこれって良いことなんじゃないかなと僕は思います。しかも昔みたいに、終身雇用で年功序列の会社ばかりじゃないわけで、雇用が不安定なのに会社のために自分を犠牲にするはずがない。給料は安くてリターンがないのに、滅私奉公だけしてくださいって企業の理屈は通らないですよ」

――「最近の若者はダメ」系の嘆きっていつの時代も見られますよね。今だと「ゆとり」とか。大事に甘やかされて育てられて、根性がないとか打たれ弱いとかね。私はむしろ、大事に育てられた子供たちが今、20代以上になって、自分の権利をちゃんと主張したり自分の身の丈にあった仕事だったり生活リズムを身につけるよう意識できているということだと解釈しているので、良い傾向だと思っています。

田中「大事にされて育ったから自分を大事にしようと思ってるんだったら、良いことですね確かに! 僕もこれまでの著書で一貫して、『自分の人生なので自分はどうしたいかを考えましょう』と言ってきているのですが、それを具現化できる世代が育ったとしたら素晴らしいです」

――他方、社会がまだそれを許さない風潮があります。「女は産め、男は働け」と他人の人生に口を出してきます。

田中「以前、北海道で中年男性向けの市民講座をやったときに、東京の大企業に就職してずっと働いていたけれど、リタイアして地元の北海道に帰り、今は地元企業で働いている50代の男性にお会いしたんですね。その男性は新卒で入った大企業で、先輩社員から『死ぬまで働けよ』と笑顔で言われたそうです。これは長期間にわたってウチの会社で働き続けてねという意味ではなくて、『死ぬ気で働け』という意味でした。残業とか休日出勤も厭わず、過労死レベルでも働けよと……」

――それを「個人の成長のために必要」と言い募る輩までいますからね。

田中「でもそういう価値観が、まだ『世の中の主流』なんじゃないかなと思っていて。こうやって取材を受けていたり、同じ問題意識を持った方々とお話していると、『おお、我々の勝利は近いぞ』という気分になってくるんですけど(笑)、たぶんこの感覚はまだ社会ではマイノリティですね」

――ですね。頑張りましょう。

田中「でもね、仕事ってハマりやすいですよね。頑張ればそのぶん評価される職場だと特に、際限なくやってしまいそうになるじゃないですか」

――その感覚もわかります。気持ち良いですからね。

田中「この世の中で、男性が一番心配されるステータスは無職なんです。次にいい年こいて非正規です、と。さらに定時で帰ってますっていうのも、『ちゃんと仕事してるって言えるの?』と。男性を評価する軸が仕事しかないということと、やればやるだけ誉められちゃう仕組みがあること、この両方が、男=仕事の図式を確固たるものにしていますよね。ただ僕は、仕事の時間と生産性って、ある程度を超えると比例していかないと思うんです。頭が常時フル回転し続けられるとは思えません。僕自身でいえば、よっぽど追い詰められないと一日5時間以上は書く仕事をやらないです」

――意識的に5時間以内で区切りをつけるようにしているんですか?

田中「いえ、書けなくなります。5時間を超えると、もう頭が働いてないなと思うんですよ。疲れて。ただ座ってるだけなら出来ますけど、僕の仕事ってただ座ってるだけでお給料もらえるわけじゃないので、5時間を超えて書き続けようとしても書けないんなら、そこで切り上げます。大学の講義とかじゃない執筆仕事は家でやるのが主なので、朝8時頃から仕事を始めたら午後15時頃でその日はおしまい。今は妻が育児休暇中で家にいて子供もいるのでリズムが変化していますが、出産前は妻が外に仕事に出ていて家にいなかったので、僕の15時以降の時間の使い方といえばジムに行くとか……とにかく僕、ただやっている感を出すためだけに、働くの嫌いなんですよ。それよりもいかに効率をあげ、成果を出すかを重視したいですね」

――平日15時で仕事を切り上げられるのはうらやましいです。私は会社に出勤する働き方ですが、18時まで机にいます。ただ18時より遅くまで働くということが、気持ちの面で出来なくなりました。子供を持つ前は、自分は仕事が大好きで終電まで残業していても苦じゃないワーカホリックだと思っていたのですが、遅くても19時に保育園へ迎えに行かなければならない生活を4年続けるうちに、18時以降は自動的にスイッチOFFになるように変わりましたね。たまに家族がお迎えを代わってくれて残業することがありますが、すぐ息切れして「早くおうち帰ってご飯食べて寝たい」って思っちゃいます。

田中「18時に退社したって家に着くのが19時だとすぐ寝る時間になっちゃうじゃないですか。みんな朝から仕事するなら15時まででいいじゃないかと僕は思うんですよ。勤務中に本当に無駄な時間はないのか考えてもらいたいです。18時退社で19時帰宅、24時就寝だとしたら、自分の個人的に使える時間が一日に5時間しかない。

――とにかく会社員が企業に酷使されすぎている現状がある。長時間労働の他にもうひとつ、転勤。転勤を断らないのが総合職である、と。どう思われますか?

田中「先日、新聞社などマスコミの集まる会に呼ばれて参加したのですが、地方に飛ばされることが当然の職場なんですよね。某新聞社では、新卒入社してすぐ、まず地方で3年修行するのだと。そして長く働いていく中でも、また転勤がある。同じ社内の同僚で結婚して夫婦になった社員がいる場合は、たとえば鹿児島と東京というような遠距離にならないよう多少は配慮するそうです。埼玉と千葉、とか」

――夫婦で東京にある別々の会社に勤めていて、どちらかが地方に異動となったら、離れ離れにならないためには片方が勤務先を辞める必要が出てしまいますよね。なぜ当たり前のように転勤の可能性があるのか、正直わかりません。

田中「社員を地方に回すというのも問題ですが、同じ社内で部署異動を経験させまくる会社というのもありますよね。全部の部署で一通り修行して、やっと一人前の会社員になりますというような。一人前になるための条件が厳しいし合理的でないなと思います。自分で住む場所も仕事内容の業種も決定できないというのはおかしいですし。営業がやりたくて入社したのに、人事や総務も経験しないといけないとか」

――でも、新卒入社した職場に定年まで勤める意識を持つ人って、まだ多数派なんでしょうか。女性は妊娠・出産・育児で辞めたり会社への貢献度が下がるリスク要員とされていますが、転職市場があって中途採用も盛んになっている今、男性も転職の可能性はいくらでもあるはずです。異動や転勤を命じられて納得がいかなければ、転職していいんですから。もちろん時短勤務をとったっていいし、育児休暇をとってもいい。企業側が、家族給や昇進をエサにして、男性社員をコキ使う時代はもう終わりだと思います。

田中「ええ、女性問題としてではなく男性の働き方の問題として、今までのようなフルタイムで一日8時間は最低限働いてくださいってシステムはもはや維持できないと思いますよ。生涯未婚率が上昇していて中年の独身男性がたくさんいる中で、親の介護の問題が表面化しつつありますよね。フルタイムで働きながら家庭で親の介護をする生活は無理があります。管理職の男性は、男性の働き方の見直しを若い世代のために『やってあげている』と思っているかもしれませんが、自分たちの問題なんです。当事者として考えなければなりません。週40時間以上の労働を課すことが、社会をまわすシステムとして数十年成立してきたけれど、もう破綻してしまう時が来ていると言えるでしょうね」

◎「オトコ気」という無茶苦茶

――今日、田中先生の主張と近いものがあると思って、元野球選手で吉本興業所属のタレントになった石井一久さんの『ゆるキャラのすすめ』(幻冬舎)という本を持ってきたんです。男らしさや根性論を全否定、妻に世話を焼かれることも望まないそうです。付箋を貼ってきたので一部読んでいいですか。

「気合い」だの「根性」だの「魂」だのという言葉を並べ立てて、実際は無理や無茶を強いるオトコ気を押し付けてくる人のことを信用しないし、オトコ気至上主義的なムードに搦め捕られて疲弊してしまっている人は、とてもかわいそうだなと思う(p55)

ダメなときは「ダメです」「できません」「休ませてください」と正直に言えばいい。(中略)よりよい将来のためにも、オトコ気を出すことで得られる瞬間的な称賛や高揚感に流されてはいけない。(p59)

田中「男性学的な発想ですね。石井さんが『オトコ気』に飲まれずに自分の考えを通して結果を出してきたことはすごいことですよね。もし『オトコ気』に飲まれていたら自分のペースで野球に取り組めず、22年間プロ野球選手として活躍してこられなかったかもしれないですよね」

――気合い、根性、魂……無茶なオトコ気に飲まれてしまった野球選手としてどうしても清原和博さんを連想してしまいます。

田中「清原さんは40歳の時にこたえたインタビューで、自分は繊細で弱いから、筋肉などで過剰に武装して威嚇しているだけだ、と話していたのが印象的です。強い男を象徴する存在になってしまい、しんどく思う部分があったのではないかなと」

――また、一般会社員でも、無茶ぶりをされたときに「無理です」と言えればいいのにと。徹夜してまでやらなきゃならない仕事なんて、そう多くないですよ。

田中「言えないんですよね。『言えない』と思っちゃってる。所属する組織にい続けなければならないと思い込んでいて、『無理です』と言ってしまうと、いづらくなるんじゃないかと予感して口をつぐんでしまう。これすごいですよね。『無理だなんて言うな!』と命令してるわけじゃないのに、相手に『言っちゃまずいだろう』と予感させて、言えなくする空気がその職場内で完成されている。そういえばこの時期、新卒の新入社員が街に解き放たれます。今日もここへ来る途中で見かけたのですが、見ましたか?」

――遭遇しなかったです。どんなことをしていたんですか?

田中「街頭インタビューのようなことをさせられていました」

――えっ?

田中「着慣れないスーツを着た若い人が、通行人に『ちょっとお話をきかせてください』と声をかけまくっていて、無視されたりしばしば怒鳴られたり。あのような新人研修って何なんでしょうね。新入社員に理不尽なことを経験させて、鍛えようとしているんでしょうけど」

――仕事って理不尽なものなんだ、って思い込ませようとしている。なんかそういう空気ありませんか? 仕事なんだからつらくて当たり前だ耐えろとか、給料もらってんだから甘えるなとか。そんなつらい仕事、普通やりたくないですよね。

田中「できればつらくないことをして稼ぐのがベターですよね。よりベターな働き方を選択すればいいのに、皆さんつらい自慢とか耐久レースをしていますよね。そういえば僕の友人で会社員をしている男性が管理職になったそうで、『この役職に就いたからには、君は嫌われ役だから』と上司に言われたそうなんです。あえて部下にキツいことを言って嫌われる役回りを引き受けてくださいね、と。でも彼は『別にわざわざ嫌われたくないんだけど』。そりゃそうですよね。あえて嫌われるようなことをせずに、部下をうまくまとめられればそっちのほうが良いじゃないですか。嫌な上司になりきれっていうのは、その彼にとってもストレスだし、部下にとってもストレスですよね。会社に嫌いな上司がいたらイヤじゃないですか? 誰も得してないですよ」

――上司がすごい嫌なヤツだったらまず転職を考えますよね。

田中「管理職の立場だってイヤですねえ。部下に嫌われて疎まれながら働くなんて」

◎会社を辞めても人生は続く

――もうひとつ、石井さんの本から。

建前上は「男も女も関係ない!」なんて言いながら、本音の部分では「そうは言っても、最終的には男のほうが能力がある。男のほうが上だ」なんて考えている男性は、想像以上に多い気がする。(p92)

僕がいなくても、ウチの奥さんはひとりでしっかり稼いで、生きていける人。だから、僕は自分の奥さんに対して「養っている」みたいな感覚を持ったことが、結婚から現在に至るまで、ただの一度もない。(p93)

田中「奥さんってどなたでしたっけ?」

――元フジテレビアナウンサーの木佐彩子さんですね。ご夫婦にはお子さんも一人いらっしゃいますね。いや、よく「女子アナは玉の輿を狙って野球選手にモーションかけまくっている」なんて下世話な週刊誌ネタが出ますけど……。

田中「結婚したらしたで内助の功とか期待されますしね。プロスポーツ選手って長くて40歳じゃないですか。その後、コーチになるなどの道はあるにしても。でも現役時代に豪勢な暮らしぶりをして、引退後もそのまま維持しようとしたら破綻しちゃいますよね。そうしない、長い人生の先を見据えた生き方をしているところが、石井さん良いですよね。スポーツ選手では稀なんじゃないでしょうか。格闘家の青木真也さんも近い考え方をしていて、生涯の所得はいくら、引退したら家族で暮らしていくとか息子の教育にいくら必要で……とか計算してやっている。年齢を重ねるごとに収入が増えてゴージャスになって、とは考えていない。それはそうですよね、スポーツ選手だから。でもそういうことを、サラリーマンの人も考えたほうがいいんじゃないかなとは思うんですよね。たとえば20代30代でがむしゃらに働きまくっても、そのまま定年まで同じように頑張れないじゃないですか。どこかでペースを落とさないと。40歳ぐらいから人生は下り坂なんですから、調整していかないといけないですよね。それに定年後も人生は続きますから、妻との関係をどうしていくかとか」

――そうですね。

田中「石井さんのこの本、良いですね。でも今って、こういうエッセイよりも、『××で●万円稼ぐ!』『デキる男の仕事術』といったタイトルの本のほうが、売れるんだそうです。これもどうしたものかと思いますね。みんなで『デキる男になろう!』とやっていってもしょうがないんじゃないかと。僕ら男性は生まれたときから競争ですが、競争したってゴールはないじゃないですか。他人と比べて相対的に良いか悪いかじゃなくて、自分の人生ですからね」

――競争は、走っている間でたまに高揚感を得られるかもしれませんが、人生の長さを考えれば持続可能性に乏しいですよね。

<後編では引き続き田中先生に、恋愛において男性がこなすことを当然視されている理不尽な課題について、伺っていきます>

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