[サイジョの本棚]

セレブ専業主婦&女子アナを苦しめる、“勝ち組”ゆえの特殊ルールの正体

 今回取り上げる本は、人気海外ドラマ『ゴシップ・ガール』の舞台にもなった、マンハッタンの高級住宅街に住むセレブママたちを観察したノンフィクションと、元TBSアナウンサー小島慶子氏が著した、女子アナを主役にしたテレビ業界小説の2冊。セレブ専業主婦と女子アナ、どちらも“選ばれた勝ち組女性”と扱われがちな人たちの一端をのぞき見できる、興味深い作品だ。

■『パークアヴェニューの妻たち』(ウェンズデー・マーティン著/佐竹史子訳、講談社)

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 米国民の上位富裕層が集中する、マンハッタンの超高級住宅街「アッパー・イースト・サイド」。本作は、そこに暮らす母親たちの社会に広がる独自の生活様式や習慣を、文化人類学を研究する著者がまとめた、異色のフィールドワーク・エッセイだ。

 アッパー・イースト・サイドは、一見幸福なママの集まりだ。ほとんどが専業主婦で、子どもの教育に惜しみなくお金をかけ、自身も経済力により美貌やスタイルを保っている。運転手付きの車で子どもを送迎し、ハイブランドの最新ファッションに身を包み、家事は使用人に任せて、余暇はパーティーや慈善事業に充てる……彼女たちは、まるで10代の女の子が語る理想から飛び出してきたような裕福な生活を現実に送っている。

 著者は、次男の妊娠と9.11事件を機に、それまで暮らしていたダウンタウンから、この住宅街に転居を決める。長男を入れた名門幼稚園で出会った幸福なはずの母親たちは、新参者である彼女に必要以上に冷淡だった。あいさつをしても優雅に無視を決め込まれ、何度お願いしても子ども同士は遊ばせてもらえない。文化人類学や霊長類学研究者として、これまで何度も異文化へのフィールドワークを積んできた著者は、集団からはじかれた自分と息子のために、アッパー・イースト・サイドのママたちを“未知の少数部族”と捉えて新たなコミュニケーションの研究を始める――。

 夫婦の性生活の回数まで申告させられるアパートの入居審査、“下層”のママからのあいさつは無視するママ友社会など、その土地のルールや価値観は、庶民の感覚で捉えれば少し異様なものだ。何不自由ない住民が、なぜそのような余裕のない行動を取らなければならないのか。著者は、他民族や、チンパンジー、マントヒヒたちの集団社会の研究例を豊富に挙げながら、美しい母親たちの不可解な慣習を、悪意というより“異文化の1つ”として鮮やかに分析していく。

 例えば、身に着けたファッションで相手の“格”を品定めし、格下と判断すれば、すれ違いざまに高級バッグをぶつけてくる女性。そんな不意の攻撃を避けるために、“暴力を振るわずに灯油缶を打ち鳴らして、集団の上位に駆け上がったチンパンジー・マーク”に自分自身を置き換え、エルメスのバーキンを“灯油缶”として持ち歩くことで威嚇し、不要な衝突を減らしていく。そうして数少ないチャンスを生かして自分の立ち位置を確保し、その後はさらに著者の想定以上に彼女らとの生活になじんでしまう数年間が、ユーモアと皮肉たっぷりに描かれている。

 本書でつづられた彼女たちは、ぜいたくな生活と引き換えに、「自由の国アメリカ」というイメージからは程遠い、厳しい同調圧力の中で過ごしているように見える。人並み外れた資産を持つ夫、高い学歴、美貌、優れた社交性といった恵まれた要素でふるいにかけられ、米国では異色といっていいほど“似たもの同士”が集まったアッパー・イースト・サイドの母親たち。その集団の均質さが、差異をわかりやすくし、序列を作りやすくしている。著者が「恥と名誉の文化」と呼ぶ、「周りと同じ価値観を持たないと仲間外れにされる」暗黙のプレッシャーは、米国より、むしろ日本人に身近な感覚なのかもしれない。

 「ここの文化そのものが、そこに暮らすママにとって大きな災い」とまで表現されるアッパー・イースト・サイドだが、本作は決してマイナスな結論には終わらない。ある経験から著者は、人類をつなげてきた母親同士の強い連帯が、この土地にもあることを確信する。最終的に、息子の進学に合わせてアッパー・イースト・サイドを離れることになるが、徒歩で行き来できる隣の区画ではもう、威嚇のためのバーキンは必要ない。

 アッパー・イースト・サイドほどではなくても、狭い世界で、特殊な価値観が圧倒的な権勢を振るう局面は、私たちにしばしば訪れる。そんなとき、知識とユーモアが自分を助けてくれる手だてになることを、著者は自身の実践をもって教えてくれる。

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