【messy】

モテ女礼賛~美しく友情に篤い女たち

2016/04/10 20:00

◎嫉妬深い女性というステレオタイプ

 ここのところ労働問題と病気、ブス、生命倫理や同性愛者差別など重い話題ばかり扱っているので、今回はもう少し気楽な話をしたいと思います。テーマは「モテ」です。

 そもそもモテるモテないという話自体いじめや偏見に結びつきやすいので、これだけでは全然愉快に見えないかもしれません。むしろ気が沈むようなテーマだと思う方もいるでしょう。嫌な話にならないよう、気をつけようと思います。

 女は嫉妬深くて他の女の足を引っ張るとか、女の友情は男に比べて長続きしない、というようなことを自明の理であるかのように言うのが好きな人がいます。これは単なるステレオタイプで、たいして根拠があるものではありません。社会言語学の研究者であるファーン・ジョンソンによると、1970年代の後半になるまでそもそも女の友情についてはほとんど研究がなく、女は陰湿だとか、女同士が親しくすると男との関係に支障が生じるとかいった「男の世間知」ばかりが信じられていたそうです (Fern Johnson, ‘Friendships among Women: Closeness in Dialogue,’ in Gendered Relationships, ed. by Julia T. Wood, Mayfield, 1996:79-94, p. 79、拙訳)。

 最近は女同士の人間関係についての研究もありますが、あなたが友人のいる女性であれば研究成果を紹介するまでもないでしょう。友を思いやる気持ちは性別や性的指向で左右されるようなものではありません。1991年公開の『テルマ&ルイーズ』のような古典的なものから2015年公開の『駆込み女と駆出し男』など新しい作品まで、映画などで女同士の友情や連帯を描くものもたくさんあります。また、英語版のハフィントンポストには女の友情についての記事一覧があり、実は女の友だち付き合いというのは男が想像しているようなものとは結構違うというような記事がいくつも読めます。

◎悪いモテ女、いじめられるモテ女

 一方、いまだに女の嫉妬は好んでとりあげられる主題です。「悪女」「妖婦」といった類型がありますが、性格が悪くて友だち甲斐のないモテる美人が出てくる作品はたくさんあります。成熟した色っぽい悪女から、アメリカの学園映画に出てくるようなライバルを蹴落としたり他の子をいじめたりするのにばかり頭を使う若い「女王蜂」(Queen Bee)キャラまで、枚挙にいとまがありません。

 あまり可愛くない女が可憐なモテ女に嫉妬するという物語もたくさんあります。日本では『源氏物語』の桐壺いじめが有名ですね。ディズニーアニメ『シンデレラ』(1950)のようなおとぎ話にすら、ぱっとしない義理の姉に美人のシンデレラがいじめられるモチーフがあります。

 私はこうした陳腐なステレオタイプにはうんざりしています。個人の経験は限られているので一般化はできないかもしれませんが、分別ある大人であれば、とくに性格に問題が無いかぎり美人だとかモテるというだけで同性に嫉妬したりはしないでしょうし、同性の間で人望のあるモテ女もたくさんいます。どこかに美しく友誼に篤いモテ女が出てくる愉快な作品はないものでしょうか……?

 実は、思いもよらない古典的な作品の中に、こうした女性が登場することがあります。今日の本題は、こうしたフィクションに出てくる「友だちにしたいモテ女たち」を褒めることです。ここからはポジティブな感じでオススメの作品を紹介していきましょう。

◎『ラ・ボエーム』のムゼッタ

 最初はジャコモ・プッチーニ作曲のオペラ『ラ・ボエーム』(La Bohème)です。1896年に初演され、おそらくイタリアオペラの中で最も有名な作品でしょう。パリで芸術や学問を志す貧しい若者たちの恋模様を描いており、中心は作家志望のロドルフォと貧しいお針子ミミの悲恋です。ロドルフォとミミは愛し合っていますがミミが結核になってしまい、もっと金持ちの恋人を探したほうがミミのためになるということでふたりは一度別れます。最後に瀕死のミミがロドルフォのもとに戻り、ミミは死んでしまいます。

 私は高校生の時に音楽の授業でこのオペラのダイジェストを見たのですが、全然面白くありませんでした。ミミはとても可憐ですが、ひどい言い方ですけれどもまるで出てきて死ぬだけみたいな役割で、いかにも古くさいお涙頂戴に思えたのです。大人になってから、造花を作るお針子ミミの芸術的創造性を強調したり、ミミの死を女性の抑圧や貧困の象徴として描いたりする演出があることを知りましたが、それでも無力に死んでいくだけのヒロインを見て泣くのは、私はあまり好きではありません。

 ところが、この作品にはとても心強いモテ女、ムゼッタが登場します。お金持ちのアルチンドロの愛人であるムゼッタは、自己主張が強く自分の美貌に自信があります。第二幕では別れた恋人で画家であるマルチェッロの気を惹くためにアルチンドロを振り回し、「私が街をあるけば」というとてもセクシーなソプラノのアリアを歌います。このアリアは「私が街を歩けば、みんな私の美しさに見とれる」と自信に溢れた歌詞で、ムゼッタの人柄を表しています。一方、アルチンドロはリッチですが魅力の無い男として戯画化されており、ムゼッタは金で女の心や体をいいようにできると思っているアルチンドロのような男に対して一切、敬意を払いません。

 自分の意志で男を誘惑したり捨てたりする女に対して冷たい扱いをする作品が多い中で、『ラ・ボエーム』第二幕はむしろムゼッタの根性を胸がスっとするような反骨精神として描いています。ムゼッタは本気で愛しているマルチェッロに対しても容赦せず、第三幕では自分が自由な女であることを高らかに歌い上げながら嫉妬するマルチェッロとケンカします。ムゼッタは男に従順ではなく、モテ女らしい余裕に満ちています。

 男に厳しいムゼッタですが、女にはとても優しい友です。病気のミミをロドルフォのところに連れてきたのはムゼッタですし、ミミのために手をあたためるマフを用意し、自分の耳飾りを売りって作ったお金をミミのために使おうとし、病気が治るよう聖母に祈りを捧げます。金持ちのパトロンからはむしり取り、恋人の束縛には容赦なく毒づくのに、友だちのミミのためならためらいなく自分の持ち物を売るムゼッタは清々しいキャラクターです。ミミもムゼッタのことは信用して頼っているようですし、女の美しい友情が垣間見えます。

◎『紳士は金髪がお好き』

 次にオススメしたいのはハワード・ホークス監督の映画『紳士は金髪がお好き』(Gentlemen Prefer Blondes)です。1953年の作品で、マリリン・モンローとジェーン・ラッセルがふたりのショーガール、ローレライとドロシーを演じます。モンロー演じるローレライがピンクのドレスを着て 「ダイアモンドは女の親友」‘Diamonds Are a Girl’s Best Friend’を歌う場面は有名で、何度もカバーやパロディが作られています。

 この作品は一見、お色気で玉の輿を狙う古くさいお話に見えますし、ローレライがブロンドのバカ娘、ドロシーがブルネットの賢い娘、というアメリカ映画によくある性差別的ステレオタイプが使われているように見えます。ところがこの作品ではローレライとドロシーの友情が細やかに描かれ、今でも女性に人気があります。

 ローレライとドロシーは貧しい生まれで、タフで美貌に恵まれており、それを生かして出世するためお互い協力を惜しみません。ローレライは一見、お金と宝石に目のない頭の足りない浮気娘に見えますが、嫌な女としては描かれていません。ローレライはドロシーをお節介なくらい心配しており、素敵なお金持ちを親友に紹介しようとしてドジってしまうなど思いやりが裏目に出ることもあります。また、最後まで見ていると実はローレライはバカなふりをしているだけで、本当はかなり機転が利くのだとわかります。一方のドロシーは頭が良く、世間的な常識もありますが、弱点は破天荒なモテ女でいくぶんドジっ子でもあるローレライに夢中なところです。ローレライがいくら素っ頓狂な失敗をしてもドロシーは見捨てずに救いに駆けつけます。ローレライは呆れるほどモテモテですし、ドロシーも人好きのする美人ですが、お互いに嫉妬したりすることはありません。ふたりともとてもセクシーで、自分の性欲や性的魅力、モテっぷりに居心地の悪さを感じていませんが、この映画にはそうした女性の性的な自信や自己主張を断罪するようなところもありません。

 『紳士は金髪がお好き』は、1950年代のアメリカ映画にしてはとても女性のセクシーさや自己主張、友情に対して肯定的です。ローレライもドロシーも自分の意志で行動し、魅力があります。時代の限界はあるにせよ、女同士の絆が熱い作品です。

◎『セックス・アンド・ザ・シティ』

 最後に一作だけ、新しめの作品をとりあげようと思います。1998年から2004年まで放送され、映画も作られたドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』(Sex and the City)です。ちょっとゴージャスでセクシーすぎるところもあり、好みは分かれるかと思いますが、とても影響力があるドラマです。

 ニューヨークを舞台に、成功している女4人の恋愛談義を描くこの作品は、今まで紹介したものとは少々毛色が違います。性についての考え方も現代的ですし、女性が職業を持つことが当然となっていることもあり、ヒロインが貧しい『ラ・ボエーム』や『紳士は金髪がお好き』とは異なり、色気よりは専門技術を用いてリッチになった女たちの物語になっています。

 この作品に出てくる一番のモテ女はサマンサ(キム・キャトラル)です。PR会社を経営しており、呆れるほどモテますしセックスに積極的です。『ラ・ボーム』のムゼッタや『紳士は金髪がお好き』のローレライと違って自分で会社を経営し収入を得ているサマンサは、生きるために色気を使う必要がないので、楽しみのためだけにデートやセックスできる自由を持っています。

 このモテ女サマンサはきわどいエロ話で他の3人をビックリさせることもある一方、たいへん友情を大事にする性格で、トラブルがあれば友だちを誠心誠意助けます。友だちのキャリーもミランダもシャーロットも、たまにケンカすることはありますが年長で根性もあるサマンサを基本的にとても信頼しています。男にはあまり執着しない一方で女友だちには優しいモテ女サマンサは、キャラクター造形としてはムゼッタの直系の子孫でしょうし、『セックス・アンド・ザ・シティ』は『紳士は金髪がお好き』にも少し似た女の友情と恋愛の物語だとも言えるかもしれません。

 このように、探してみれば友情に篤いすばらしいモテ女たちの活躍を楽しめる作品はけっこうあります。こうした作品に出てくる女性たちに共通するのは、皆自分の美貌や生き方に自信があり、自己表現として美しさをアピールしたり、自分の意志で自由に行動したりする一方、女同士助け合うためには自分の利害を捨てて行動することもできるという点です。もし女同士の友情は軽いものだとか、女は嫉妬深いとかいうような話に出会ったら、是非ムゼッタやローレライやドロシーやサマンサのことを思い出して欲しいと思います。あなたの周りにもこういう女性がいるかもしれません。

最終更新:2016/04/11 11:31
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