世界から男性が消滅する? 生物学からみた「男らしさ」「女らしさ」/『男の弱まり』黒岩麻里氏インタビュー

生物学的に男性を男性たらしめている「Y染色体」。実は、そんな男性のY染色体が、現在も退化し続けている――黒岩麻里先生の『男の弱まり』(ポプラ新書)は、そんな事実を研究者の視点から科学的に教えてくれる一冊です。

Y染色体はどのように働いているのか? 草食男子や塩顔ブームはY染色体の弱まりに何か関係があるのか? 性差に関するさまざまな言説の真偽とは? 著者の黒岩先生にメールインタビューを行いました。

―― まず初めに、基本的なことからお伺いしていきます。『男の弱まり』では、Y染色体の「退化」という現象について詳しく書かれていますが、X染色体・Y染色体はどのような働きを持っているのでしょうか。

黒岩 X染色体は、本数は違えど男女共通で持っている染色体です。なので、性を決める役割はありません。X染色体には1000個以上の遺伝子が存在し、これらは私たちが生命活動を維持する上で働いていると考えられています。一方、Y染色体には男性を決定する遺伝子が存在しています。つまり、Y染色体がなければ男性にはなれないわけです。また、性決定遺伝子以外にも、精子をつくるために遺伝子が存在しているため、Y染色体は男性のために働いています。

―― いわば「男性を作っている」Y染色体。それが弱まっていると、どういった問題が起きるのでしょうか?

黒岩 よく知られているのは、精子形成がうまく進まず、無精子症あるいは乏精子症を引き起こすことによる、男性不妊ですね。男性不妊患者の7%前後がY染色体の構造異常が見られるという調査が出ています。また、こうしてY染色体が弱まり続けていくと、いつかはY染色体が消滅し、男性が生まれなくなるのではという仮説を唱える研究者もいます。

―― つまり、男性が消滅する……SFの世界のようですね、

黒岩 もちろんそれは今すぐではなく、人類が急いで対策を講じなければいけないものではありません。500万年~600万年後のことだというシミュレーションの報告が出ています。

―― 本書では、Y染色体がなくなった動物でもY染色体の代わりになる性染色体を手に入れ、オスが生まれている例があるとも紹介されています。ヒトもそのようになる可能性はあるでしょうか?

黒岩 Y染色体を失ったトゲネズミという動物についての例ですね。トゲネズミとヒトは違う種なので、ヒトにも同じ現象がおこるとは限りません。ですが、可能性としてはゼロではないと思います。Y染色体を失う過程は、おそらく限られたものなので、もしヒトのY染色体がとうとう消滅してしまう時は、トゲネズミと同じ現象が起きるのではないかな、と個人的には思っています。

―― ちなみに、本書を読んでいるタイミングで「オスのY染色体は生殖に必要ではない」という記事が話題になり、とても面白かったです。こちらについて少し詳しく教えていただけるでしょうか。

黒岩 この記事に紹介されている研究はよく知っています。実はこの論文中に、私たちの研究が引用されています。遺伝子導入という実験操作、また生殖補助技術を利用すれば、Y染色体がなくてもオスが産まれ子孫を残せるということを示したものです。これは自然な状態ではなく、あくまでも最新の技術を駆使すれば可能、ということで、人間にそのまま利用できるかはわからないという点に注意しなければなりません。ですが、Y染色体がなくても他の遺伝子の働きでオスが産まれるという可能性を示した点は、とても画期的な研究だと思います。

◎草食男子も塩顔男子も、Y染色体は関係ない

―― Y染色体が弱まる、「男が弱まる」と言うと、近年の「草食男子」を連想する人も多いと思います。ですが本書では、それは誤解だと書いてありますね。

黒岩 そうですね。科学的には、「草食男子」と「男性ホルモンの低下」ははっきり結びついていませんし、「男性の軟弱化」と「Y染色体の退化」は関係ないと断言できます。そもそも、Y染色体の退化は何百万年、何千万年もの時間スケールで起きていることなので、ここ数年~数十年という短い期間で、日本人男性だけに見られるというのは無理があるんです。

――渡哲也のような「男らしい顔」よりも、綾野剛のような「塩顔」の男性の方が増えてきているように見えたり、好まれてきているように見えるのは、何か関係があるのでしょうか?

黒岩 塩顔……私の時代は「しょうゆ顔」でしたが、いろいろあるものですね(笑)。生物学的に「塩顔」は「男らしい顔」にはなりません。生物学的な顔立ちの男らしさは、男性ホルモンにより作られますが、ステレオタイプな男らしさを指します。眉毛が太く、ヒゲが濃い、ホリが深い、などです。また顔立ちではないですが、低くて太い、男性らしい声も男性ホルモンにより作られます。また、男らしさからは離れますが、胎児期の男性ホルモンは、顔の対象性を良くすることが報告されています。通常、人の顔は左右でバランスが若干異なるのですが、胎児期に男性ホルモンを多く浴びた男性は、顔の左右対称性が良い(整っている)そうです。対象性=イケメン、とは限らないのかもしれませんが。

塩顔男子ブームは生物学的には説明はできません。私は専門外なのでわかりませんが、草食男子ブームのように、社会的には説明できるものかもしれませんね。

―― 一見それらしいつながりがあるようではあるけれど、実際はそうではないと。そういった誤解が世の中には多いように思います。

黒岩 「痛み」に対する性差も誤解されていますね。女性は出産するから「痛み」に強い、だとか、逆に男なんだから痛みに耐えて当たりまえ、と言われることがありますが……。

―― 「女性が感じている痛みを男性が体験したら気絶する」みたいな言葉も聞いたことがあります。

黒岩 ある程度の傾向があるという調査報告はあります。例えば、術後24時間経った患者さんに、手術後の痛みの感じ方を調査した研究があります(豪州グラーツ医科大学の研究グループ)。すると男性は、大きな手術を受けた後の痛みを訴える割合が高いのに対し、女性は検査や診断のためなどの小規模な手術で生じる小さな傷の痛みを訴える割合が高い、という結果がでています。つまり、男性はより強い痛みに苦痛を感じる傾向があり、一方女性は弱い痛みに敏感な傾向があるということです。また、女性は慢性的な痛みに強く、男性は痛みに対する恐怖心が大きい、といった傾向も知られています。

ですが、ひとくちに痛みと言っても様々な種類があり、その種類によって感受性やストレスの感じ方に男女差があります。単純に女性or男性だから強いor弱い、とは決められないのです。

◎生物学的な性、つくられた性

―― 「痛み」についてもそうですが、私たちは「男と女は生物学的に全く違う」ということを言われると、無批判に信じてしまいがちです。ですが本書は、生物学的に正しいとされていることと、生物学的には関係がない社会の中でつくられた性差を切り分けてくれています。

黒岩 前者を「生物学的な性」、後者を「つくられた性(社会的な性)」と本書では書いていますね。「生物学的な性」として、性差が現れやすい認知テストなどが知られています。例えば、男性に良い成績がでる認知テストには「空間回転テスト」(立体ブロックを回転させて同じ形のものを探す)、折り紙パンチテスト(紙を折り、パンチで穴をあけ、紙を開くと穴の位置はどうなるかを当てる)などです。これらの結果から、男性は女性よりも空間認知に優れている傾向があると言われています。

一方で女性が得意とされる認知テストには「知覚速度テスト」(いくつかの絵を見比べてそっくりなものを瞬時に見極める)、「観念化テスト」(ものの形にとらわれずに同じ色のものを列挙する)などがあります。このことから、女性は男性よりも知覚速度に優れ、多様なデザイン(文字、数字、絵など)を素早く比較する能力に優れている傾向があると考えられています。

――「つくられた性」や俗説であるのにもかかわらず、あたかも「生物学的な性」とする言説もまことしやかに広がっています。一番大きく長年取り上げられてきたものは「男性脳と女性脳」でしょうか。「実際は男女の脳に違いはない」という研究もあります。一般に「定説」と思われていたものが、ひっくり返されたように思えました。他にもそうした「覆された」例などはあるのでしょうか。

黒岩 社会行動学の分野にはなりますが、従来、男性ホルモンは暴力性を高める、といった通説がありました。殺人や性犯罪を犯した囚人の男性ホルモン値が一般男性よりも高い、衝動性や攻撃性が高まった時、男性ホルモン値が高くなる、といった報告が相次いだからです。しかし、最近の研究から、男性ホルモンは暴力性を高めるのではないことがわかってきています。

―― そうなんですか? たまに「男性はホルモンの影響で攻撃的になる」ということを言ったり、「暴力衝動を出すホルモンを抑えて生きているんだ」と語ったりする人を見ますが。

黒岩 多くの動物では、男性ホルモンが「攻撃性」を高めることが知られています。マウスは攻撃性が高い動物として知られていますが、成長し男性ホルモン分泌の上昇と共に攻撃性が増していきます。また、去勢すると攻撃性が途端に減り、さらに男性ホルモンを投与してやるとまた攻撃的になったりと、男性ホルモンの効果が顕著です。

ヒトにおいても、従来、「男性ホルモン」=「攻撃性」という図式が定着しており、定説となっていた時期もありました。男性ホルモンが興奮を高め、反社会的、利己的、また暴力的な行動を引き起こす働きをもつと考えられるようになっていたんです。実際に、スポーツ選手や、女性でも男性社会で活躍しているキャリアウーマンなどは、男性ホルモンの分泌量が高いとも言われていました。また、1995年、米国ジョージア州立大学のグループは、レイプや殺人、強盗などの罪をおかした692人の男性犯罪者について男性ホルモン量を測定したところ、大変高い値を示したと報告しています。同様に、87人の女性受刑者に対しても、男性ホルモン量が高かったという報告があります。

―― そういった報告を聞くと、ヒトについても男性ホルモンと攻撃性に相関性があるように見えます。

黒岩 しかしこれらの報告は、実は男性ホルモンが直接の原因となって罪を犯したというにはあまりにも根拠が薄いもので、異論も唱えられました。そして、2010年にドイツのチューリッヒ大学とイギリスのロンドン大学の研究グループは、男性ホルモンは「攻撃性」を誘発するのではなく、ヒトが社会的交流を築く上で、社会的な地位を求めるように働くのだと発表しました。アメリカではステロイドホルモン剤の服用により引き起こされた暴力が、法廷で正当防衛と認められたケースさえあります。誤った「定説」が、一部の行為を正当化してしまったこの例は、私たちが研究成果に対して慎重に評価をくださなければならないという教訓を与えてくれるものです。

◎なんでも鵜呑みにせず、「疑問を抱き知識を持つ」のが大事

―― 「生物学的な性」と「つくられた性」の言説が一緒くたにされ、広がってしまうことの問題点はなんでしょうか。

黒岩 広がってしまうのには、社会的また文化的な背景があると思います。男性的、女性的なイメージというものが社会でつくられてしまっており、科学的な根拠もないのにその型にはめて考えてしまうのが問題なのではないか と。

―― 根拠を確かめもせずに信じ込んでしまうことは、男女問わずあります。さまざまな「性」に関する言説を見たときに、「生物学的な性」と「つくられた性(社会的な性)」を見分けるポイントがありましたら教えていただけるでしょうか。

黒岩  ひとつに、なんでも鵜呑みにせず「本当にそうなのかな?」と疑問をもってもらうことです。また、生物学的な知識を持ってもらえれば、その判断もより柔軟になります。私の著書ももちろんオススメですが、生物学的な性に関する著書は多く出版されています。あまり身構えずに楽しみながら、こういった著書を利用して知識を身につけてもらえたらと思います。

―― なるほど。その知識を生かして、自分の性や相手の性と、よりうまく付き合っていきたいです。最後になりますが、黒岩先生は息子さんが二人いらっしゃいます。子育てをしているとき、生物学的な知識が育児の悩みを解決するのに役立ったことなどはあるでしょうか。

黒岩 行動学の分野では、女児よりも男児の方が活発で行動性が高い、と言われています。もちろん個性も大きいですが、男児により活発な傾向がみられています。私は二人の息子を育てていますが、彼らが幼かった時、とにかく活発でほとほと手を焼きました。最初は躾の問題も考えました。私の育て方が悪いのかと自分を責めることもあったのです。自分自身は二人姉妹で育っているので、活発がゆえに親に叱られるような経験がなかったからです。ですが、これはもって生まれた性差なのかな、と考えると気が楽になりました。もちろん、場面に応じて子どもをおとなしくさせることは重要な躾ですし、過度な活発性はその子がなんらかの障害をもっている可能性もありますので、見過ごすことはできませんけれども。

* * *

子育てのみならず、夫との関係性も、生物学的な知識にずいぶん助けられています。著書に書いたように、そもそも「男女は理解しあえない」ものなので(笑)、なぜ相手を理解できないのかを考える、すなわち夫の気持ちをできるだけ考える努力は怠らないようにしています。果たして理解できたかは別にして。
(聞き手・構成/青柳美帆子)

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