漫画家・田亀源五郎さんインタビュー

自分の中の差別意識を見つめ直すために ゲイアートの巨匠が問いかける、LGBTを取り巻く社会

2016/01/13 15:00

――自分は差別者ではないと思っていても、突然周囲の反応や世間体を気にしてしまうようなところなど、ハッとさせられる描写がちりばめられていますよね。

田亀 そうですね。私は、漫画の中で「こう考えるべきだ」という答えは出さないようにしています。まずは、ストレートの人たちに「ゲイについて知りましょうよ」というのが大前提にあって、「知ったあとは考えてみましょうよ」と、固定概念を解きほぐすという感じですね。それと同様にシングルファザーである主人公と、その裏返しである専業主婦に対して、「自分は仕事も何もしていない」というのは変でしょと。「子どもの面倒をみるのも仕事でしょ」と、あえて強調しています。
 
――作中では、ストレートである弥一が抱く、弟の夫・マイクに対する複雑な思いが、心の声としてモノローグで描かれていますが、それは経験に基づくものですか?

田亀 私は10代後半でカミングアウトしていて、それからも常に自分の居場所ではカミングアウトしていますが、幸いにして、これまで直接的に嫌なことを言われたことはありませんでした。ただ、相手の反応を見て「内心では、こう考えているんだろうな」と想像はできます。身近な人がある日突然カミングアウトしたら、どういう反応をするかは人それぞれですが、中には相手を気遣って、あえてカミングアウトしないという人もいます。そういうことも含めて、「皆で考えたらいいんじゃない?」という気持ちで描きました。今の日本社会でカミングアウトしたゲイの人に会うことはなかなかないので、せめて漫画で疑似体験してもらえればと思っています。

■ゲイが可視化されてないから、差別がないように見えるだけ

――最近、「LGBT」(※)という言葉もよく聞かれるようになり、セクシュアル・マイノリティへの認知度も増しているように思いますが、同時に政治家などによる、差別的な問題発言もありました。セクシュアル・マイノリティを取り巻く環境が変わってきていますが、そのあたりについて、どのように感じていらっしゃいますか?

(※)レズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー(心と体の性の不一致)の頭文字を取り、セクシュアル・マイノリティの総称として使用されている。

田亀 自分がカミングアウトした30年前は、第一次ゲイブームが起きて、ゲイ関係のカルチャーが話題になっていました。そういう時代を見てきたので、10年もすればカミングアウトする人も増えてくるのかと思っていましたが、実際は30年間、目に見えるかたちで変わった動きを実感することはありませんでしたね。それが、渋谷区や世田谷区の同性愛者のパートナーシップ証明書発行の件が出た途端に、いろんなものが一気に出てきましたよね。

――たとえば、どういったことでしょうか?

田亀 それまで、海外の出来事としてしか知らなかったことが、立て続けに起こったんですね。たとえば、「ピンクウォッシュ」という言葉があります。イスラエルがLGBTの権利擁護をアピールすることで、パレスチナへの人権侵害を隠しているとか、そういった批判で使われる言葉なんですが、渋谷区がパートナーシップ条例を可決したのは、ホームレス排除という人権侵害を覆い隠すための「ピンクウォッシュ」だと言う人が出てきた。

 同じように、まだ条例の段階であるにもかかわらず、すでに同性婚に対して「それは異常である」とか「憲法違反である」という反対言論が出てきているんです。また、表立って政治家が「アンチLGBT」発言をするのは、この30年間でほとんど見た記憶がないです。

 あと、これまでは「ゲイマーケット」の可能性を企業がリサーチしても、日本のゲイの世界は閉鎖的なので、マーケットとして見えてきませんでした。でも、最近の流れの中で「今ならゲイマーケットに旨味があるかも」という発想が出てきているのですが、それと同時に「LGBTの商業利用だ」という声も聞こえてきた。マーケットが実を結んだ後に批判がくるのなら、まだわかるんですが。ポジティブな動きもネガティブな反応も、今まで日本社会ではほとんど見られなかったものが、当事者からも非当事者からも一斉に出てきたのが興味深いですね。

弟の夫(2) (アクションコミックス(月刊アクション))
「LGBT」が2015年の流行語大賞になるという予想もあったけど、ならなかったね
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