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 5時間を超える大作映画『HappyHour』(以下、ハッピーアワー)をご存知だろうか。

 市民参加による「即興演技ワークショップ in Kobe」から誕生した作品で、演技経験のない4人の女性たちが、ロカルノ国際映画祭で最優秀女優賞を受賞したことで話題となっている。主人公となる4人の女性以外も、ほとんどの登場人物を演技未経験者が務めた。だから彼女たちはちゃんと年相応に老けていて、髪がベタついている夜のシーンもあれば、とびきり美しく見える瞬間もあって、非常にリアルだ。

 神戸に住む30代後半の一般女性4人を主軸にして流れるストーリーは、単純ではない。彼女らの家庭や仕事、日常生活が淡々と描かれていき、少なからず隣人の人生を覗き見しているような気分にもさせられる。宇宙人は襲来しないし誰も難病にかからないし奇跡も起こらない。だが、いまここに生きる私たちの日常だって、決して単調なものではない。むしろ人一人の数日間を映像化しようとしたら、複雑怪奇なものが撮れてしまうのが普通なのではないかと思わされた。カメラを通すと、ただの飲み会がこんなにも緊張感あふれる映像になるのかという驚きもある。

 最初に主な登場人物を紹介しておく。ごくごく平凡に生活を営む4人の女性たちだが、それぞれにそれぞれの悩める事情を抱えている。

 純はもう1年近く離婚裁判中。純は夫とやり直す意志がなく、年下男性と浮気もするが、夫の方は離婚を望んでいない。純を許すと言い、婚姻生活の継続を求めている。だが純は「もう愛していない」と頑なに離婚を押し通す気で、裁判でも、夫には非がないにもかかわらず「あることないことでっちあげて」いる最中だ。こう書くとヒステリックな女性をイメージするかもしれないが、彼女の表情も口調もいやに冷静で、そのぶん、何を考えているのかわからない。だが相当、疲弊している様子であることだけは伝わる。彼女の離婚裁判を友人たちが傍聴するシーンは、見ているのがつらくなる。

 竹を割ったような性格の看護師・あかりはバツイチ。夫の浮気が発覚し、スッパリと別れた。現在はシングルファザーの男性から交際を求められているが、まだ喜んで受け入れられるような心境でもない。純が不倫をして離婚裁判中であることを知り、激昂。純を「自分勝手だ」と罵る。声も態度も大きく気性の荒さが目立つが、几帳面で真面目な性格なのだと思う。ミスの多い後輩ナースの指導に苦慮する様子からも伺える。

 おっとりした性格で容姿も女性らしく可憐な桜子。専業主婦で、中学生の息子・旦那・旦那の母親と4人暮らしをしている。旦那は公務員なのだが、いつも“仕事”で帰りが遅い。あまりに深夜帰宅が続くので、浮気を疑う気持ちも一瞬芽生えていた様子だ。4人の中で唯一、純の離婚裁判についての相談を受けていた。家の外のことは夫、家の中のことは妻、という線がきっちり引かれた家庭で、息子が起こした問題について苦悩する。

 芙美は多忙かつ自由人な編集者の夫(ヒゲと長髪)と二人暮らし。ワークショップを企画・開催するキュレーター職に就いている。攻める姿勢のキャリアウーマン、といった印象ではないが、仕事にプライドを持って取り組んでいる。夫と不仲なわけではないもののなんともいえない寂しさを抱えているが、言葉にできない。夫との間に薄い膜のようなものがあるのでは、とあかりに指摘される。

 彼女たちがそれぞれに持つ小さな、あるいは人生を左右する大きな悩み。それは誰にもわからないかもしれないし、誰でも共感し得るものでもある。前半のクライマックスといえる純と夫の法廷シーン。平穏だった桜子の家庭に立つ波風。しっかり者のつもりだったあかりの失敗。そして夫がプロデュースする若く可愛らしい女性作家に嫉妬を覚える芙美。

 登場する男たちの心の動きは、いまひとつ掴めない。仕事熱心で常識人らしい、桜子の夫。どうしても離婚を認めない、純の夫。あかりに「娘の母親になってほしい」という男。馴れ馴れしい、あかりの元夫。美味しいカレーをつくってくれる、芙美の夫。芙美のワークショップを通じて4人と関わりを持った鵜飼という飄々とした変わり者の男。ワークショップにやってきてバツイチ経験を話す男。

 基本的には長回しを多用する会話劇。「重心ってなんだろう」というテーマで身体を動かすワークショップや女性作家の朗読会も、端折らずに丸々映すことで、映画の観客は同時にそれらイベントの参加者となっており、いつのまにか劇中に入り込んでいるかのような浮遊感を味わうだろう。5時間17分という規格外の長尺(上映は二度の休憩を挟む)だが、この長さでなければ、描ききることができなかったはずだ。ゆっくり変わりながら進む人間たちを描くのには、317分が適切だった。

 この映画は、現実に女性たちが遭遇しそうなありとあらゆるアクシデントに満ちていて、見終わった後、誰かに話したくなる作品である。そこで、映画『ハッピーアワー』を上映する関西の劇場支配人4名(男2:女2)と濱口竜介監督で、男とは/女とは/その関係性/恋愛における行き違いなど、作品を題材にしつつ、誰にでも興味を持ってもらいやすい男女の関係や相違点を男・女双方の視点から話し合う座談会を開催。この映画が訴えかけていたものを語り合った。見えてくるのは結局、男と女のすれ違い。

「女は何も言わなかったくせに『わかってくれない』と突然怒り出す」
「男は社会的な仮面をかぶる。女と向き合おうとしない」

 横たわっているのは普遍的なテーマだった。

【座談会参加者】
濱口竜介監督(37)=濱
松村厚/第七藝術劇場支配人(53)=松
田中誠一/立誠シネマ支配人(38)=田
吉田由利香/京都みなみ会館館長(27)=吉
林未来/元町映画館支配人(41)=林

◎君は映画『ゴースト』を知っているか

田 僕は男ですが、『ハッピーアワー』に出てくる男たちって、なにこいつ? みんな死刑でしょって思うよね。

林 そう! 私もみんなクソだと思ったけど、うちのスタッフの男子たちは、全然そんなふうに思っていなくって、「男は被害者で、あれは女の勝手やろ」って言っていた。

吉 私は女だけど、元町男子スタッフの人とまったく一緒の感想。

林 逆に、田中さんは男性だけどスピリットが女子寄りですよね。

田 違うんですよ。僕は、こないだ言ったかどうかわからないけど、現代の女子ではなくて「昭和の女」なんですよ。

吉 どう違うんですか? 昭和と今と。

田 昭和の女はウェットなんですよ。メンタルが。メランコリックなんですよ。で、ペシミスティックで、メランコリックでロマンチックなんですよ、わかります?

吉 わからん、日本語で言って下さい。

田 もっと分かりやすく言うと、これはあくまで自分の中だけですけど、形成されている女性的な部分というのは、やっぱり昭和の歌謡曲で育まれているものなんですよ。テレサ・テンとかね。ちあきなおみとかね。ていう部分がね。

林 それはウェッティですね(笑)

田 うん。だから、そこはもう根本的にウェッティなんですよ。僕の中にいる女子っていうのは。やっぱり昭和の映画の中で描かれてきた女っていうのもあるわけじゃないですか。だから、そこがやっぱり僕の中でベースになっていて、山田五十鈴のような女になりたいとか、高校時代に思っていた事もあったわけですよ。憧れです。要は、そこで形成されている女性性っていうのは、結局男が作ったものなんですよ。昭和の女の像、つまり僕の中で築き上げられている女性像っていうのは、実は男が作っているものなんですよ。

林 男が理想として作り出している女性像ってことですか?

田 理想っていうか、女のさだめとか業とかいう物語を男が作っているんですよ。それはやっぱり「女性」じゃないんですよ。だから、その僕が自分のことを「女」って言ってるのは、しょせん言い張ってるだけなんですよね。

濱 そんな自己分析……。

田 いや、相当考えましたよ。今回の座談会に向けて、いや、でもこれはライフワークですよ。

松 自分が「昭和の女」マインドっていうことを踏まえた上で改めて『ハッピーアワー』を観たら、田中さんはここに出てくる男どもは許せない?

田 ここに出てくる男っていうのは、男のあかんとこしか出てきてないでしょ。

林 私もそう思います!

田 あかんとこしか出てきてないですよね。だから吉田さんは、そう思わないっていうのはどういうことなのかなと思って。

吉 だって男の人って基本、女性の気持ちなんて分かってくれる存在じゃないじゃないですか。

松&濱 割り切ってるね……。

田 吉田さんはきっと、孤独を引き受けられる人なんですよ。

吉 いや、それは違ってて、私は孤独でいたくないから、男の人にきちんと分かってもらいたいし、知ってもらいたいし、ちゃんと話しますよ。言わないと気付いてもらえないから。でも、それを『ハッピーアワー』の登場人物である4人の女性たちはしてないわけじゃないですか。そんなんで「男は分かってくれない」って思ってるのが、ダメ。

林 うちの男子スタッフと同じこと言ってる(笑)!

田 逆に、分かり合うための確認作業自体、今の男女は嫌がるでしょ?

松 確認するって何を?

田 うん、僕が最初にそれを意識したのは、映画『ゴースト/ニューヨークの幻』(1990年)を見たときです。ものすごく日本でヒットしたんですけど、あれは、うまいこと「愛の確認の仕方」っていうのを、日本人に教えた映画なんですよ。

一同 ……どういうことですか?

田 えーー! みなさん覚えてないんですか!? 僕、これは革命だ! って思いましたよ!! どういうことかっていうと、デミ・ムーアとパトリック・スウェイジが、めっちゃイチャイチャしてるじゃないですか。

松 ああ、陶器一緒に作ったりね。ぐにゃぐにゃ~って。

田 そうそう。その二人の、愛の確認の仕方です。デミ・ムーアは「I love you」って言うんですよ。だけど、パトリック・スウェイジは、「Ditto」って言う。「Ditto」って英語で「同じく」っていう意味なんですけど。それって契約書とかで使うような固い意味の「同じく」っていうニュアンス。それのやり取りが映画の中にパラパラ出てくる。男の方は「愛してる」ってちゃんと言わないんですよ。で、「愛してる」って彼女に言われたら、「俺もだよ」ってちょっとこうビジネスライクに言うっていうのを、愛の確認の仕方にしてる二人のカップル……っていう、設定の映画なんですよ。これは……日本人男性たちはね、「俺もやろう……!」って思ったわけですよコレ!

林 そうなんや……。

田 それでヒットしたんだと僕は思いますよ、この映画は。

吉 え、『ゴースト』以前は、「好き」って言われたらどう返してたんですかね男性は。

田 それまでだったら普通に、ヨーロッパ映画とか西洋のものって、男もちゃんと「I love you」って言うでしょ。それは、日本人の男はマネできなかったわけですよ。いわゆる昭和の観点からしたら。そこに、うまいこと返すモデルケースがでてきたから、ちょっとこれはマネできるなと。で、女の人の方も、アメリカからやってきた美男美女のカップルのそういうやりとりって、「これやったら、私たちにもフィットするかも……!」って思うじゃないですか。それでヒットしたんですよ。

松 こんな分析してるとは……(笑)。

田 ほんで最後は、パトリック・スウェイジが、デミ・ムーアに言うんですよ。ついに、別れる時、最後にね。それがいいんですよっ! ていう映画なんですよ。「I love you」って、最後にゴーストになった男が言うんですよ。で、女が「Ditto」って返すんです。

濱 なんかいい映画じゃないですか。

田 いい映画なんですよ! 僕5回くらい見ましたよ! でも、この『ハッピーアワー』に関して言うと、その逆転は一切ないわけなんですよ。それはいかんやろう! っていう。

濱 そうか、この作品の場合は、女性が「好きです」って言っているのに、男性が「同じく」って言ってない……。

林 純が離婚したがっている旦那・公平さんにしたって、「僕は純を愛しています」って言っているけど、それは純がいなくなってから言っているわけでしょ。それでもし、再会したら、「僕は君のことを愛しているんだよ」って説明するみたいに言うんだろうけど……。

◎男は「女はズルい」と思っている

松 でもそんなん、この映画みたら、男女お互い様やろ。俺はお互い様にしか見えない。男と女っていうのは、お互い様なんじゃないの?

林 お互い様なところはもちろんある。コミュニケーション不全みたいなところがね。ちゃんと説明せずに、ため込むところが女はいかんと。

田 だって、男の側からしたら、女の方が絶対ズルいって思ってるもん。

林 なにが?

田 いや、いろんなことが。だって絶対男より女の方が勝つんだもん。

林 なんで?

吉 何において勝つんですか?

田 関係において。

林 何で? たとえば?

吉 男性の方が折れるということ?

田 絶対男が負けると思う。

林 「勝つ」と「負ける」の意味が分からない。

濱 「負ける」はどういうことなんですか? 相手の要求を飲むってこと?

田 いや、たとえば、『ハッピーアワー』の男女を反転させて男4人の友情ものとして描いたとして、それぞれに嫁や元妻や恋人がいてっていう設定にしたら成立しない。男は、そういう意味では、主役になれない……。

林 それが負けなの?

田 それが負けだと思う。だから、ズルいんですよ。絶対なれないから、主役に。

林 いまいちピンとこないなあ……

濱 そうですね、男だけどピンとこない。

吉 私は、男の人って、男の人同士で恋バナをあんまりしないなあって思ってるんですけど。女の人ってすぐ友達同士で自分の今の恋愛について話すじゃないですか。話すことによって気持ちを整理する。その場に恋人がいなくても、自分の整理がどんどんできてしまう、友達に話しているうちに。だから気づいたら、男女カップルの男の側だけ整理できてない、置いてけぼりになってしまっているんです。でも、男4人の友情って言ったところで、恋愛に対する問題は浮き彫りにならないんじゃないですか、その物語で。

田 うん、男の世界の話になっちゃうっていうか。でも、それだと、世界は貧しいじゃないですか。

林 女は、友達同士でいても、そこに不在のはずの男の存在が常にあるってことですね。

吉 さっきの『ゴースト』の話に戻すと、わりと私、お付き合いしてきた男の人たちは、ちゃんと言ってくれる人たちでした「好き」って。で、「同じく」って言うのが私だったりする。だから、ちゃんと自分の気持ちを言う男の人って私の周りにはちゃんといるなあって思う。

濱 90年代は、男性がちゃんと「好きだ」って言わないといけない、っていうテレビドラマとかがめっちゃありましたよね。すごく教育されたって感じですよね

林 そう、いわゆるデートマニュアルみたいなものを「POPEYE」(マガジンハウス)とかで読んで、男性が女性をリードせないかん文化が発達した。今50代で、バブル世代でもある松村さんは、どうでしたか?

松 そんな恋愛経験は豊富なわけじゃないけど……個人的には、自分の彼女を連れて歩いてるのを他人に見られるのがすごく恥ずかしい。どっか、一緒に映画観に行ったりして知り合いとかに会ったりしたら恥ずかしい。

吉 何が恥ずかしいんですか?

松 恥ずかしないですか(笑)? 50代だからか……? 俺の世代の男は、基本恥ずかしいと思うよ。

林 それは、男性は社会的な生き物だから仕方ないんでしょうか。

濱 でも、林さんも外でデートとかしてて、職場のスタッフさんとかとすれ違って、ああ恥ずかしいみたいなのはないんですか?

林 あんまり思わないですけど。もしすっごく甘々モードで、いちゃいちゃとかしてたら恥ずかしいです、完全に(笑)。でも、一緒にいるだけの状態が恥ずかしいとは思わない。

田 なんか、自分の知ってる人の、見たこともないような表情をしている瞬間にたまたま出くわすっていうシチュエーションがあった時、やっぱり「見てはいけないものを見てしまった」って思うじゃないですか。で、『ハッピーアワー』ってそういう映画になっているような気がするんですよ。多分、この4人の女性たちの表情って、よく知っている相手にも滅多に見せないものが引き出されている。

濱 見ちゃいけないものを見ちゃったっていう気持ちになりますよね。本来は、別の誰かのためだけに向けられた顔を、「あたし、見ちゃった……」みたいな。

◎仮面を脱がない男たち

田 実は、映画『ゴースト』だけじゃなくて、僕がもうひとつエポックだと思った作品が、『ハチミツとクローバー』で。一番最初に、「人が恋に落ちる瞬間を、初めて見てしまった」っていうモノローグがあって。あれってすごい革命だなって思ったんです。ああ、すごい角度だ。ああ、そのシチュエーションを切り取るって、今まで無かったかもしれんって。で、要は、その誰にも見せない、自分でもそういう顔してるって意識してないっていう表情っていうのは本当に貴重っていうか……もう、無いわけですよ。もしかしたらそれを、見せてる映画なのかも。『ハッピーアワー』って。

林 そしたら、普通の劇映画で女優さんが演じてる場合、あまり発現しないものってことですよね?

松 普段の川村さんの顔じゃないけど、でも、演技として作った顔じゃない表情が劇中で映し出されているってことやんね。川村さんだけじゃなく、誰一人として、この出演者たちは顔を作ってない。

濱 人間社会っていうか、社会的なルールっていうか、装いの顔が剥がれてしまってる瞬間っていうのはありますよね。

田 成熟した大人でも、自失する瞬間というか、本当に社会からフッて自分が消えてる瞬間の表情っていうのが僕はあると思ってるので。それを映しているのが、『ハッピーアワー』なんだと思う。

濱 成熟するっていうのは、装うのがうまくなるってこと。でも、それにも関わらずってことか。

田 そう、そういう局面が、ドラマとして描かれている映画だと思う。現実だと、知っている人であればあるほど、その表情って見てはいけないものだと僕は思っていて。それを、スクリーンを通してバン! と見せられているわけで、しかもこの作品では演じてる人が僕の知っている人だったりもするから、もういたたまれないわけですよ。

濱 多分、演じてる当人たちも、自分の知らない自分の顔に出会っている。最初はやっぱり、それを見るのは恥ずかしいんだろうけど、だんだん他人みたいに見えていくんだと思う。だって、自分が見てない顔だから。鏡で見ている自分の顔とは違うはずだから。

林 自分の顔が分からないですもんね、普段は。周りの人の方がよっぽど自分の顔を知っているっていう。出演者たちの近しい人から、そういう感想ってあったんですか? 普段見ないような顔してたねって。

濱 どうなんでしょう。出演者が知り合いからなんと言われたかって聞いてない。確かに、女性はそういう顔を見せるんだけど、男性はどこまでもそういう顔を見せない映画だなって思いますね。そういう自失した顔を男性の出演者たちは見せなかった。

林 それは、何でですかね? 素人が演じているという点は同じじゃないですか。何で女性はできて、男性はそこの部分が外れないんですかね?

吉 最終局面にならないと外れないですよね、男性って。たとえば別れ話の時とかじゃないと。

林 やっぱり社会的な生き物だからですか?

田 枠組みに収まっている安心感ってあるんですよね。だから、そこから外れようとしない男性は少なくないと思う。女の人の方が、枠組みに対しての疑いがある。だから、社会から外れた瞬間の表情がフッと訪れるんじゃないかな。男は、そういう瞬間がきたとしてもスルーしちゃってるのかも、気づいてなくて。女の人の方が、感覚的に察知しているような感じがするんですよね。

松 男は、スルーもするし、我慢もしちゃうんじゃない? 飲み込んじゃう。子供のころから「男は泣くんじゃない」って育てられてきたし。俺らの世代(50代)は、弱いところ見せられないっていうか。

林 それは、世代的な「男ってこういうもの」という概念ですかね。

松 まあ、そういう時代だったしね。子供のころはよく泣いてたけど、やっぱり「男なんだから泣くんじゃない」って育てられたから。それが変なプライドとしてあるねんな。それ捨てなあかんねんけど。いや、でもやっぱり俺も男として何か……って気持ちになる。無意識にやっぱりプライドがある。だから、弱音が吐けない。でも、女性スタッフからは、それじゃあかんって言われる。その点、女の人は自由やん。

吉 女の人は口には出さないものの、表情には出るじゃないですか。「私怒ってるのわからへんの?」みたいな。

松 ……わからんわ!

吉 やっぱりわからないんですね。女性にブスッとした顔をされた時に、どう対応されますか?

濱 いや、本当に、自分は一体どこで何を間違ったのか……って、記憶を辿りますよね。

松 だから、それはさっき田中くんが言った「男が最終的に負ける」っちゅうヤツやろな。

林 でも、その辿るっていうのは、彼女と一緒に辿るのではなくて、ブスッとしている彼女の横で、監督が頭の中で一人でぐるぐる辿っているわけですよね。

濱 そうそう。で、「あれですか?」って聞いて「違う」って言われて、「これですか?」って聞いて「違う」って言われて、何も分かってないっていうことに、なりますよね。

吉 ああ~。それで、彼女に説明を求めることはあるんですか?「じゃあ言ってよ、分からないんだから」みたいな。

濱 そりゃありますよ。

吉 そしたら、彼女は逆上する感じですか?「何でわからないの?」みたいな。

濱 逆上はしないにしても、「これこれこうだから怒ってる」ってちゃんと説明してもらったことは……ないような気がします。

田 女性は絶対、答えを言ってくれない。男だったら答えるんですよ。答えるっていうか、「お前、こういう時にこういうふうにせなあかんやろ!」とかって。女の人はそんなふうにはっきり言ってくれないもん。

吉 林さんは、自分が特別な関係の男性に対して、何で怒ってるのかってわかる時あります?

林 あの~女性はやっぱり、意味もなく不機嫌になるんですよ。

田 だから、それがズルいわけですよ!!

吉 や、違うんですよ。「これ!」っていう1つの事象じゃないんですよ。1つ1つはとても小さな出来事で、いちいち言うようなことじゃないんですよ。そういうのがちょっとずつ溜まっていって、ムッカー! ってなってしまうんですよ。だから、「何で怒ってんの?」って聞かれても、あれとこれとこれと……めっちゃある。もう言わへんってなる感じなのかなって。

林 イヤなことがひとつひとつ溜まっていってコップが満杯になるまでは静かに我慢しているけれど、許容量を0.1ml超えた瞬間に、こぼれてしまうんですよ。

吉 で、その0.1mlは男性には理解されにくい。

濱 え、そんなことでこんなふう(=怒り)になるの? みたいな。

吉 日々の積み重ねなんですよね。

(後編へ続く:後編は12月26日12時に公開予定です)

◎映画『HappyHour』

<上映館>
●東京都/シアター・イメージフォーラム 【03-5766-0114】 2015/12/12(土)〜終映日未定(1/8までは確実に上映)
●兵庫県/神戸 元町映画館 【078-366-2636】 2015/12/5(土)〜2016/1/1(金) ※12/31(木)は休映
●大阪府/第七藝術劇場 【06-6302-2073】 2016/1/23(土)〜2/5(金)
●京都府/立誠シネマ 【080-3842-5398】 2016/2/6(土)〜2/19(金)
●宮城県/せんだいメディアテーク(主催:幕の人) 2016/1/17(日)
●愛知県/シネマスコーレ 【052-452-6036】 2016/1/23(土)〜2/5(金)
●鹿児島県/ガーデンズシネマ 【099-222-8746】 2016/1/30(土)、1/31(日)
●長野県/松本CINEMAセレクト 【0263-98-4928】 2016/2/21(日)
●静岡県/静岡シネ・ギャラリー 【054-250-0283】 2016/3/12(土)~3/18(金)

<作品情報>
製作総指揮 : 原田将、徳山勝巳
プロデューサー : 高田聡、岡本英之、野原位
アソシエート・プロデューサー:靜 健子、HAYASHI Akikiyo
監督 : 濱口竜介
脚本 : はたのこうぼう(濱口竜介、野原位、高橋知由)
撮影 : 北川喜雄
録音 : 松野泉
照明 : 秋山恵二郎
助監督 : 斗内秀和、高野徹
音楽 : 阿部海太郎
製作・配給 : 神戸ワークショップシネマプロジェクト(NEOPA,fictive)
宣伝 : 佐々木瑠郁、岩井秀世
2015 / 日本 / カラー/ 317分 / 16:9 / HD

■濱口竜介 Ryusuke HAMAGUCHI / 監督 Director
1978年、神奈川県生まれ。2008年、東京藝術大学大学院映像研究科の修了制作『PASSION』がサン・セバスチャン国際映画祭や東京フィルメックスに出品され高い評価を得る。その後も日韓共同製作『THE DEPTHS』(2010)が フィルメックスに出品、東日本大震災の被災者へのインタヴューから成る『なみのおと』『なみのこえ』、東北地方の民話の記録『うたうひと』(2011〜2013/共同監督:酒井耕)、4時間を越える長編『親密さ』(2012)、染谷将太を主演に迎えた『不気味なものの肌に触れる』を監督するなど、地域やジャンルをまたいだ精力的な制作活動を続けている。現在は神戸を拠点に活動中。

(協力・神戸 元町映画館/構成・下戸山うさこ)

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