おっぱいは誰のもの? セックスワーカーを差別する「おっぱい募金反対署名」は善なのか

 今から約1週間前にchange.orgで立ち上がった『「募金」「社会貢献」にかこつけて女性の体で人とお金を集める「おっぱい募金」は2015年で終わりにしてください!』という署名活動が話題になりました。

 この署名活動は、「STOP!AIDS」の啓蒙と、ストップエイズ啓蒙活動団体を助成している「一般社団法人 未来支援委員会」への募金を目的とし、BSスカパー!の番組企画で毎年行われている、「募金(1000円以上)をするとAV女優のおっぱいが生で揉める」ことがウリの『おっぱい募金』というイベントの中止を訴えています。署名活動のステイトメントやコメントを読む限りでは、「おっぱいは誰のもの?」と憤りを覚えました。

 署名活動のステイトメントには、

“エロコンテンツ産業自体をなくしたり、人々が性的なことに興味を持つこと、性を商売道具にすること自体を否定はしません。”

 とありましたが、その後には、

“「募金」とは名ばかりで、寄付する人はおっぱいを触るための対価としてのお金を払っているだけだからです。実際には、おっぱいを触らせている女性たちがその対価として受け取るはずの「報酬」を(全部か一部かはわかりませんが)放棄することで、お金が集まっているだけではないでしょうか?”

“募金は本来、支援先に共感してお金を出してもらうものです。しかし来場者はおっぱいが揉みたくてお金を出しただけです。このような、偽善的で、性差別的なイベントを公に行う理由づけとしてエイズ撲滅を謳われては、エイズ対策のために真剣に戦っている世界中の人たちに対しても失礼ではないでしょうか?”

 というような言葉が並んでいるのですから、性嫌悪や職業差別と言われても仕方が無いように思いますし、コメント欄には、「もし自分がエイズ患者だったら、こんなイベントで得たお金で助けて欲しくない」「醜悪」という、あからさまに職業差別である言葉もありました。そのほかにも、「女性の身体で人を集めて募金と言う名の女性搾取金儲けをするのは許せない」というような意見が目立ちます。でも、その「女性の身体」は誰のものでしょうか。架空の誰かのものではなく、おっぱい募金に参加したAV女優その人のものであるはずです。

◎裸を商売道具にする女性は全員「搾取されている」のか

 おっぱい募金の反対署名には、企画におっぱい提供者として参加したAV女優の個人の意思を尊重せず、彼女たちを一方的に「搾取される女性」と決めつけるものが目立ち、AV女優が自らのスキルを生かして社会貢献することへの視線がありませんでした。

 AV女優にとって、裸は商売道具であり、「おっぱいを揉まれること」は仕事スキルの一つです。性産業従事者が、自分たちがより安全に仕事をするために自分のスキルを生かして行動するという視点がはじめからないというのは、自らの意思で性産業に従事し、誇りを持って仕事をしている女性の存在を無視することであり、「個人の意思」を尊重しないことであり、女性の人権の向上を目指すこととは真逆の発想です。

 鈴木涼美『AV女優の社会学』などを読むと、性産業の中には、女性を言いくるめたりすることで半ば無理矢理仕事をさせるなど、女性を搾取する場合もあり、こうしたことは改善されるべきことです。また、AV女優には、仕事に関するネガティブな感情を言葉にしづらい状況や、業界の悪い部分を指摘しにくい点もあるでしょう。AV女優がAV業界を悪く言うことは、一般企業で例えれば、営業が営業先で自社製品や自社の悪口を言い、それが上司にも筒抜けになるようなものなのですから。

 ですが、いくらそうしたケースがあるからといって、自らの意思で性産業に従事し、誇りを持って仕事をしている女性もいることを忘れてはならないのです。女性の人権の向上を目指すなら尚更にです。

 署名のステイトメントには、「エイズ対策のために真剣に戦っている世界中の人たちに対しても失礼」とありますが、セックスワーカーにとって、AIDSに関する知識や予防法が広まることは、仕事における危険を減らすことにつながりますし、「STOP!AIDS」の募金であるからこそ、性に関心はあるけど、真面目な募金には関心があまりないというような人たちにも広くアピールできることは悪いことではないと思います。

 「おっぱいを触らせている女性たちがその対価として受け取るはずの「報酬」を(全部か一部かはわかりませんが)放棄する」ともありますが、おっぱい募金におっぱい提供者として参加することは、AV女優にとっても宣伝活動になりますし、「手を消毒してからおっぱいを揉む」「入場者は写真付きの身分証の提示が必要」「会場は中継される」など、おっぱいを揉まれる女性への安全対策も比較的しっかりしているのではないでしょうか。

 それに、「募金活動がスカパーやAV女優の宣伝にもなることはけしからん」「100%下心がない募金活動以外募金と認めません」というなら、「音楽を聴きたい」という気持ちにつけ込んだチャリティーコンサートや、「ものが欲しい」という気持ちにつけ込んだチャリティーオークションなどは、全て「やるべきではないこと」になってしまいます。

 売名行為が全くなく、所属する団体の利益や環境改善も全くない募金だけが“正しい”募金なのだとしたら、募金の主催者は匿名顔出しNGで行わなければならなくなります。顔も名前もどういうことを行っているのかもわからない団体にお金を出すことを躊躇する人は少なくないように思いますので、良い活動のあり方とは思えません。

 おっぱい募金の中止を求める自由はありますし、AV女優をはじめとしたセックスワーカーたちがより安全に仕事が出来るようにするきっかけを作りたいというのであれば、それは有意義なことです。でも、今回の「おっぱい募金反対署名」のようなやり方は、はたして有用な方法でしょうか?

 主催者がAV女優の安全やAIDSに関する知識や予防法をより効果的に周知するために内容を再考することは悪いことではありません。

 しかし、それを訴える手段として、「もし自分がエイズ患者だったら、こんなイベントで得たお金で助けて欲しくない」「醜悪」というような言葉が書かれた「おっぱい募金反対署名の言葉(コメント含む)」のように、性産業やAV女優への差別意識があらわになっているものは適切ではないと思いますし、そこにある職業差別は無視して良いものでは到底ありません。

 いくらその差別的な言葉が「おっぱい募金」を企画した会社に対してのものであったとしても、企画に関わったAV女優の方への配慮に欠けることは明らかです。参加したAV女優の方のTwitterを拝見する限り、そうした職業差別や嫌悪の感情は、彼女たちに伝わっています。

◎身体は個人のものである

 おっぱいは、おっぱいのくっついた身体の当事者それぞれのもの。「お父ちゃんのもの/赤ちゃんのもの」なんて歌った歌もありましたが、どちらのものでもなく、おっぱいがくっついた身体で生きている人それぞれのものです(母親や父親に課される義務は、子供を虐待せずに育てることであり、“完全母乳”にこだわる必要はありませんから)。

 女性の人権を真に考えるのであれば、「女性の身体が搾取されている!ハイ!性差別!」というような脊髄反射だけではなく、「おっぱい募金のおっぱい提供者たちがどのような条件や心境でその仕事をしているか」を考えてみても良いのではないかと思います。

 「おっぱいで募金を募る行為自体の暴力性」や、参加AV女優のおっぱいだけでなく世の一般女性たちのおっぱいまで“消費して良いもの”と誤解される懸念、ひいては「女の体は消費物」という概念が社会に存在することについては今回は論じません。現行の日本社会が男女の権利について非対称であることは根深い問題で、たとえば「男性が美女の胸を揉む募金」は成立するのに、「女性がイケメンの股間を揉む募金」は成立しません。おそらく「股間を触らせてくれるイケメン」が待ちの姿勢で立っていても、そのイケメンの女性ファンの多くは、彼の股間を触りたいわけではないかもしれません。そうしたことに関しては、またいつか。

 さて、「おっぱい募金」は結構前(今年で13回目のイベント)からあったのに、ここにきて反対署名活動が起こるというのは、最近の社会の性嫌悪傾向や、2020年オリンピックに向けての都市のジェントリフィケーションなど、ここ最近の社会の過剰クリーン化路線と関連しているように思います。

 こうした問題で「外国人に見られても恥ずかしくない○○」と言われる場合、そこで想定される外国人は決まって西洋白人であることにも違和感があります。いくら日本のジェンダーギャップ指数が世界104位であり、ジェンダーギャップ指数の少ない国に西欧が多いとはいえ、文化やコンテンツにはその国独自の価値観や歴史があるのだから、西欧の価値観をそのまま輸入するよりは、適宜ローカライズした方が有用であると個人的には考えています。特に都市のジェントリフィケーションに関しては、「日本に観光にくる外国人」は、西欧の白人よりもアジア人が圧倒的に多いにも関わらす、未だに「西欧の白人」を基準にし続けるのはなぜなのでしょう。

 私は今回の『おっぱい募金』反対意見に対して、「やらない善よりやる偽善、やる偽善を批判する善よりやる偽善」の方が社会貢献になると思いますし、「おっぱいは、おっぱいのくっついた身体の当事者それぞれのもの」であると思います。

 尚、“募金でお金を集めている以上、この募金を受けてどのような活動が実現したか、募金先の団体はその活動結果も公表するべきです。”という視点だけは、「おっぱい募金反対署名」の中で妥当なものだと思いました。

柴田英里
現代美術作家、文筆家。彫刻史において蔑ろにされてきた装飾性と、彫刻身体の攪乱と拡張をメインテーマに活動しています。Book Newsサイトにて『ケンタッキー・フランケンシュタイン博士の戦闘美少女研究室』を不定期で連載中。好きな肉は牛と馬、好きなエナジードリンクはオロナミンCとレッドブルです。現在、様々なマイノリティーの為のアートイベント「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」の映像・記録誌をつくるためにCAMPFIREにてクラウドファンディングを実施中。

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