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松山ケンイチ『ど根性ガエル』、『銭ゲバ』と対になって読み解く「フィクションとは何か?」

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『ど根性ガエル』(日本テレビ系)公式サイトより

 松山ケンイチは不思議な俳優だ。本来だったら荒唐無稽になる漫画やアニメのキャラクターを、リアリティのある人間として演じることができる稀有な才能を持っている。

 先日、完結した『ど根性ガエル』(日本テレビ系)のひろしも素晴らしかった。『ど根性ガエル』は、70年代に「週刊少年ジャンプ」(集英社)で連載された吉沢やすみの漫画を原作としている。少年・ひろしと、ひろしのシャツに張り付いた平面ガエルのピョン吉を主人公としたドタバタ人情喜劇はのちにアニメ化され、今もCMなどでおなじみの人気作だ。

 ドラマの舞台は、ひろしとピョン吉が出会ってから16年後。30歳になったひろしは働かずに毎日ぶらぶらしている。そして、ピョン吉はシャツからはがれかけており、死期が近づいている。脚本は岡田惠和。プロデューサーは河野英裕。2人が組むのは『銭ゲバ』『泣くな、はらちゃん』(同)に続いて3度め。どちらも、漫画/アニメ的な表現をドラマに取り込んだキャラクタードラマの傑作だが、『ど根性ガエル』では、平面ガエルのピョン吉がいる日常を完璧に作り出していた。

 ぴょん吉の声は満島ひかりが担当しているが、動き自体はVFXで動かしている。実写の俳優とアニメのキャラクターが同じ画面の中で演技している姿は映画『ロジャー・ラビット』のような、2次元と3次元の融合だと言える。役者たちは、合成前の何もないシャツと芝居をしているのだから大変だっただろう。そこで要求される芝居は、存在しないピョン吉が、さも実在するかのように振る舞うというパントマイムに近い行為だ。想像力が試されるこの難しい課題に役者陣は100%に近い形で応えている。中でも別格なのはやはり松山ケンイチだ。

 劇中ではピョン吉に引っ張られる形でひろしがジャンプしたり、水中に飛び込むシーンがあるが、漫画やアニメの中にしかないような無茶なアクションを松山は平気でこなしている。漫画/アニメの感覚をここまでドラマに持ち込めたこと自体に感動させられた。そういった映像面での達成があったからこそ、ひろし(人間)とピョン吉(キャラクター)の関係を通して描かれる“人間にとってフィクションとは何か”という『泣くな、はらちゃん』から続くテーマが生きてくる。

◎『銭ゲバ』『ど根性ガエル』を通じて見えるテーマ

 最終話。ピョン吉が消えて意気消沈するひろしたちの前に、ひろしと姿も名前も瓜二つの男(松山)が現れる。劇中で“ひろし2号”と呼ばれるこの男は、ひろしと同じように、かつては営業の仕事をしていたが会社をクビになり、帰る場所もないまま彷徨ううちにお金も底を突き、この町に流れ着いた。やがて、ひろし2号がきっかけで、ぴょん吉は復活するが、最後にヒロインの京子(前田敦子)を人質にとって、ひろし2号は立てこもる。そんなひろし2号を各キャラクターが総出で説得する姿が、ドタバタ喜劇として描かれているが、不穏な空気が最後まで残るのは、ひろし2号が“ピョン吉と出会わなかったら、こうなっていたかも知れないもう1人のひろし”だったからだろう。

 ここで思い出すのは、かつて松山が岡田と河野と組んでドラマ化した『銭ゲバ』だ。

 『銭ゲバ』は70年代にジョージ秋山によって描かれた漫画をドラマ化したものだ。顔に醜い傷を持つ貧しい生まれの青年・蒲郡風太郎(松山)が金の力で権力の座に上り詰めていくというあらすじは原作と同じだが、舞台は不況の中、派遣切りが吹き荒れる現代(放送当時2009年)の日本に置き換えられていた。

 悪の限りを尽くして権力を得ることと引き換えに、恋人や友人を次々と殺していった風太郎は、全てをやりつくしたのち、自暴自棄となり、体中にダイナマイトを巻き付けて自殺する。その死の間際、風太郎が夢想したのは、恋人や友人そして家族たちとの、あり得たかもしれない平凡だが幸せな生活だった。

『銭ゲバ』では平凡だが幸せな日常を垣間見せた後、風太郎の救いのない現実に戻ることでバッドエンドが描かれた。逆に『ど根性ガエル』では、“ピョン吉のいる下町”というフィクションの世界に、現実世界で疲弊したひろしが迷いこむ。

 同じ松山が演じていることもあってか、『銭ゲバ』の風太郎が『ど根性ガエル』の世界に迷いこんだかのような錯覚を起こす。同時に『銭ゲバ』の風太郎があのような破滅を向かえたのは、ピョン吉に象徴されるような、心の拠りどころとなるフィクションの世界を持ち得なかったからだと、気づかされる。

 松山は映画『デスノート』の国際探偵・Lを筆頭に漫画のキャラクターを演じることが多いが、一方で映画『マイ・バック・ページ』やドラマ『オリンピックの身代金』(テレビ朝日系)で演じたような反体制のテロリストを演じると光るものがある。2人のひろしの対決は、俳優としての松山が持つ二面性が際立った見事なラストだったと言えよう。
(成馬零一)

心をフィクションで遊ばせるゆとり、必要!

しぃちゃん

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