[官能小説レビュー]

「お医者さんごっこ」はなぜ楽しかったのか? 谷崎潤一郎『少年』に考える“子どもと快楽”

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『谷崎潤一郎マゾヒズム小説集』(集英社)

 10歳前後の自分を思い返すと、大人になった今では背筋が震えるような思い出がいくつか蘇る。最もゾッとするのが「お医者さんごっこ」だ。
 
 幼い頃何も考えずに「お医者さん」と「患者」を演じ、友人である男の子の前で服をまくりあげたり触診するという「ごっこ遊び」を楽しんでいた人もいるのではないだろうか。また、ある程度分別がつく年齢になっても、いじめか遊びの境界がわからない程度に、友人をからかうことがあった。男子が女子のスカートをめくったり、男子同士であれば、ズボンを下ろしたり……。

 社会のルールにおいて、やってもいいことなのか、それともいけないことなのか。あの頃行った行為の理由は、今振り返ると純粋に「気持ちいい」からだったのだろう。今回は、そんな時代を思い出せる奇才・谷崎潤一郎の代表作『少年』を読み解いてみる。

 主人公の栄は、ごく一般的な10歳の少年。ある日、金持ちの坊ちゃんである同級生の信一に声を掛けられ、彼の自宅で開かれる祭りに招かれる。信一は、泣き虫で気が弱く、常に女中を傍に従えていることから、遊び相手が1人もいなかった。

 そんな彼が声を掛けてきた。よく見れば、やはり品のある容姿を持つ信一に「選ばれた」という喜びから、栄は彼の自宅に行くことになる。
 
 自宅に招かれた栄は、信一の振る舞いに驚く。甲高い声を上げ、姉である光子を涙ぐませるほど強気に振るまう信一は、普段学校で見かける臆病な姿など微塵も感じさせない。また、学校のガキ大将である仙吉をも家来のように扱っていた。愛らしい顔立ちをした信一は、普段後輩を虐めている仙吉に唾を吐きかけ、縛ったり叩いたりと、残酷な「遊び」に興じていたのだ。しかし翌日学校へ行ってみると、相変わらず仙吉は弱い者いじめをし、信一は運動場の隅で背を丸めていじけていた。

 信一の女中に声を掛けられ、再び彼の家に招かれることになった栄。そこには光子と信一、そして仙吉の姿があった。4人は不思議な「ごっこ遊び」を楽しむ。信一は栄と仙吉を犬とし足を舐めさせ、小刀で傷でつける。彼らは相手を痛めつけることに快楽を見出すが、ある日、いじめられ役であった光子は、とある秘策に出る――。

世界よ、これが日本の純文学である

しぃちゃん

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