[連載]おばさんになれば"なるほど"

“ただのおばさん”を敬遠した「クロワッサン」症候群、中年女性の胸にくすぶる思い

少女から女性へ、そしておばさんへ――全ての女はおばさんになる。しかし、“おばさん”は女性からも社会からも揶揄的な視線を向けられる存在でもある。それら視線の正体と“おばさん”の多様な姿を大野左紀子が探っていく。第8回は「クロワッサンな人」。

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 「クロワッサン」(マガジンハウス)はアラフォーの主婦をターゲットとした女性雑誌ですが、1980年前後は若い女性に「自立」を促す啓蒙雑誌として有名でした。「わたしの転身」「結婚からの解放」「新しい女性論の時代」「離婚志願」「女の転機」「子供を作らない生き方」などという特集に頻繁に登場して自らの生き方を語ったのは、桐島洋子、向田邦子、犬養智子、加藤登紀子といった人々。いずれも当時は独身か、いわゆる普通の結婚はしておらず、知的・芸術的分野で活躍中の、読者より一世代上の女性たちでした。

 「女の時代」と言われた80年代の幕開け、「クロワッサン」の論調に強い影響を受け、「結婚なんかしたら家庭に縛り付けられて自由がない」と独身を選択したものの、女一人で生きていく現実は雑誌の文化人が語るほどステキではなく、結婚せず子どもももたないまま、やがて中年となってジワジワわき起こる「はたしてこれで良かったのか?」という自信の喪失と焦り。こうした現象を指して「クロワッサン症候群」と呼びました。88年に刊行された松原惇子の『クロワッサン症候群』(文藝春秋)が語源です。

 松原氏は後に、「結婚はしたもののキャリアにあこがれ、主婦になりきれない不完全燃焼の妻」も、ある意味で「クロワッサン症候群」だと言っています。つまり女は結婚しなくてもしても、後悔したり不安になったり欲求不満に陥るということですか。全ての中年女性の心のどこかに「クロワッサン症候群」は巣食っていると。……そうかもしれませんね。私にも心当たりがあります。

 書籍『クロワッサン症候群』で取り上げられた女性たちはもう60代に差し掛かっていますが、「女は自立せよ」というお題目に影響を受けた人はその下の世代にもたくさんいました。親や世間の価値観に従って易々と結婚していいのか。女には子育てしかないのか。仕事をもって誇り高く生きていきたい。ただのおばさんにはなりたくない。

 文化人のプロパガンダを真に受け、自分の生き方について悩んでしまうのは、ある意味マジメな人です。家は中流の上で小学校、中学校、高校と概ね「いい子」。ただ理不尽なことには敏感で、男子から「もっと女らしくしろ」とからかわれれば「そんなもの押し付けないでよ」と怒り、親から「女の子なんだからそう勉強しなくても」と言われれば「女とか男とか言うのおかしい!」と反発する。反面、被承認欲が人一倍強く、「人とは違う自分」像を追い求め、理想も高い。そういう女子が大人になって、「クロワッサン」からのメッセージをキャッチしたのです。

 81年、向田邦子が飛行機事故で亡くなり、翌年、桐島洋子が結婚した後、重要なメッセンジャーを失った「クロワッサン」は、「生き方指南」から目の前の衣食住をテーマとした中年向け女性雑誌へと徐々に軌道修正していきました。ここ数年の特集をいくつか取り上げてみると、「大人の変身美容」「美しい40代の作り方」「その食習慣では太ってしまう」「おしゃれ着痩せ術」など、アンチ・エイジングを前面に押し出した内容。雑誌は時代と寝るものだから「そういう時代なんだなぁ」と思いますが、光文社の雑誌「VERY」「STORY」「HERS」ほどにはファッションの方を向いておらず、セレブ主婦志向が薄く、どこか「カルチャーおばさん」臭さが残っているところが、マガジンハウスという感じではあります。

 そんな中で、大なり小なり「クロワッサン症候群」に罹患した女性たちの進路は、もちろんいろいろです。遅くに結婚した人もいれば独身を通した人も、結婚後離婚した人も。仕事を続けた人もいれば、子育てで離職した人も、子どもをもたなかった人もシングルマザーになった人も。私の半径30メートル以内を見回しても、一通りのパターンが出揃っています。

 しかし「クロワッサンな人」の匂いは、なんとなく共通しています。NHKの教養番組を好み、カルチャースクールに通った経験があって、エコ生活とボランティア活動と芸術・文化に深い関心をもち、何事についてもマジメで勉強熱心。そう、この連載で取り上げている8つのタイプのいくつかに「クロワッサンな人」は被っているのです。

 あれから30年たって中年も後期に突入している現在、「はたしてこれで良かったのか?」と思い悩むことはありません。もう「これでよし」とするしかありません。でも多勢に流されるのはお断り。少しはとんがりたい。そこに、「ただのおばさんで終わりたくない」という自意識はしっかり残っているのではないでしょうか。

大野左紀子(おおの・さきこ)
1959年生まれ。東京藝術大学美術学部彫刻家卒業。2002年までアーティスト活動を行う。現在は名古屋芸術大学、京都造形芸術大学非常勤講師。著書に『アーティスト症候群』(明治書院)『「女」が邪魔をする』(光文社)など。共著に『ラッセンとは何だったのか?』(フィルムアート社)『高学歴女子の貧困』(光文社新書)など。
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